第7話


 最近はよく、この時代の大昔の話や、文明以前のことを調べては話題にすることが多くなっている。そんなときのお偉いさん方の言葉が俺は気に入らない。そんなに大昔に、今と同じような技術があったなんて信じられない。これは凄いことですよ。今とはまるで時代が違うんですから。なんてことを言う奴らの脳味噌が、俺には理解し難いよ。

 確かに大昔や文明以前の人達は、今とは違う世界に生きていたのかも知れない。文化が違くても、人の考え方は似たようなもんだ。いつの時代だって、似たようなことを考え、その考えを具現化しようとする。文明以前でもきっと、銀河系を飛び越えたことくらいあるはずなんだよ。最近、そんな証明になりそうな形のある本を発見したとかなんとかって噂を聞いたことがある。

 俺が思うに、文明以前の世界は、きっと今より楽しかったはずなんだ。だってそうだろ? 文明以前の世界を真似して、この世界は楽しくなった。まぁ、おかげで今までなかった争いが生まれたのも事実なんだけどな。

 俺たちの音源は、この国ではあまり、売れなかったんだ。勘違いするなよな。人気がなかったわけじゃない。小さな国だからな、タブレットを欲しがる奴より、直接見たいって奴の方が多かったんだ。当時はようやく転送が一般的に普及したばかりだったけど、俺のおかげで、この国での普及率は早かったんだ。タブレットの方が、馴染むのに時間がかかったよ。まぁそうだよな。薬みたいなもんを飲むのは、誰だって好きじゃないからな。最初は誰もが、それを噛まずに飲み込んでいたんだ。ピートはちゃんと宣伝で説明したのにな。薬のようなその形を噛むのは、結構な恐怖なんだよ。以前の薬は、それは苦くてとても噛めやしなかったからな。っていうか、飲み込んで胃で溶かすっていうのが当初の薬の考え方だったんだ。それも今じゃ違う。薬っていうのは、直接患部に届けてこそだからな。

 ノーウェアマンは、あっという間に世界を変えた。音楽っていう概念を世界に植えつけたのは、間違いなくそいつらだ。俺たちは、世間的には二番手なんだよ。まぁ、音源を世に出したタイミングは俺たちの方が三日ばかり早かったんだがな。そのことが世間に認められたのは、何年も先になってからの話だよ。

 あいつらが売れて、俺たちは得をした。似たような奴らがもう一組いると、話題になったんだ。しかも遠く離れた国で、妙な楽器を使っていると、話題には事欠かない連中が、俺たちだった。俺たちのライヴは、ノーウェアマンとはまるで違う。なんていうか、無計画なんだよな。ステージに飾り付けをしたことなんて一切ない。曲順だってきちんとは決めない。その場の思いつきで動くだけだ。まぁ、ステージってやつは変幻自在だから、今では誰もが自然とショウマンになってしまうんだけどな。イメージしたままにステージが動くんだ。背景が変わったり、突然花火が上がったり、人や物が登場するのも自在だよ。事前の準備が必要なく、頭で思い描くだけでいいんだから凄いよな。

 俺たちは、ときにはそんな演出もするが、基本は六人だけで勝負する。もともと爺さんの地下室から始まった俺たちだ。狭っ苦しい場所で汗かきながらってのが一番楽しめるんだよ。いつかまた、あの場所で演奏したいと思っている。

 ノーウェアマンとライクアローリングストーンは、世界を変える。そんな言葉はもう過去だ。世界は確かに変わったんだからな。

俺たちの人気は、世界に様々な影響を与えた。単純に音楽を楽しむ者もいれば、真似をする者もいる。そして、人気が出るってことは、同じくらい批判も出るってことだった。まぁ仕方がないよな。音楽とはなんなんだ? なんていう論争もあった。音を楽しむなんて理解ができないとか、今では意味のわからないことを論じ合っていたよ。

 俺たちの存在は、世界で認められるようになった。人気があるからってだけでなく、その活動を目の当たりにした奴は皆、その現実を受け入れざるを得なかったんだな。批判をぶつけていた奴らも、俺たちのライヴを観れば心が騒ぐんだ。理解はできなくとも、楽しいって気持ちを偽ることもできない。批判は消え、いつしか音楽を自然と楽しむようになっていった。新しい文化の始まりなんてこんなものなんだよな。音を楽しむ自然な行為に、世界が自然と馴染んだだけだ。俺もそうだが、この世界の誰もが、音楽のなかった時代を思い出すことさえしないんだ。っていうか、できないでいるってのが事実だな。あまりにも自然すぎる行為に、 過去を思い出すことができないんだよ。そりゃそうだって、今では思う。今生きている若者たちは、母親のお腹の中にいるときから音を楽しんでいるんだからな。外から聞こえる音と、内なる母の響きをな。

 街に音楽が溢れると、世界が楽しくなるんだ。不思議だが、本当だ。音楽が止まると、人は哀しみやら恐怖やらを感じるものなんだよ。俺はいつだって、真夜中だって、頭の中ではなにかが鳴っている。無心になることは、恐怖の他ならない。

 と言っても、それは俺の個人的感想だな。一般的には、寝るときくらいは音を消すようだ。起きているときも、無音を追求って輩も大勢いるよ。まぁ、無音っていうのは、音があってこその無音なんだけどな。動があってこその静、それと同じだ。無音の追求っていうのは、いわば自然の音を探求するってことだな。俺はそう捉えているよ。己の鼓動、草木のざわめき、空気の流れを感じれば、それが音楽なんだ。そんな自然の音を探し、楽しむのが無ってことだな。

 まぁ、俺は正直、無なんてものはわざわざ探求するもんじゃないと考えているよ。だってそうだろ? 無っていうのは、音と同様に、自然な存在なんだよ。名前は忘れたが、おかしな作曲家でさ、四・二一なんていう曲を発表した奴がいる。四分二十一秒間、なにもしないってだけだ。音源では無音を流す。ライヴではなにもせずにその場でそのときの気分で突っ立っていたり座ったり、思いのままの四分二十一秒間をやり過ごす。奴が言うには、無音の間に起こるざわめきや空気の流れ、漏れて聞こえる街の騒音を楽しんで欲しいっていうのが狙いだそうだ。まぁ、気持ちはわかるが、俺としてはありきたりすぎてつまらないな。俺たちの曲にも、数秒間のブレイクは存在する。ライヴでも、静けさを作り出す工夫はしているんだ。開場時にはガンガンに俺たちのジャムセッションを流し、観客がいっぱいになり、期待が高まった頃に音を止めるんだ。空調さえ止めてしまう。時間はそのときによって違う。俺たちのライヴは、そんな無から始まるんだ。そして最後も、音は全て消してしまう。観客の足音や話し声だけが会場に響くんだ。それもまた、音楽だって思わないか? 最近では余計なビージーエムを流す奴もいるが、俺には邪魔で仕方がない。あれをしてしまうと、楽しかったひとときに浸りきれないんだよな。まぁ、クールダウンするにはもってこいだが、それをしたくないって思わないのかね? 俺はライヴ終了後、その興奮のままに新しい曲を作ったり、妻や仲間と楽しんだりするのが好きなんだけどな。いまだにね。

 音楽の文化が世界に溶け込むと、不思議なことに、世界は少し、暴力的になったんだ。溢れた笑顔の裏には、当然怒りや哀しみが存在する。まぁそういうことだ。音楽によって、内に篭っていた感情が露わになったんだよ。音楽は世界を変えた。それはいい意味でもあり、悪い意味でもあるってことだ。

 この世界の歴史上、戦争が始まったのは初めてのことだった。俺はまさか、そんな未来がすぐ先に待っているとは思っていなかったよ。平和とは言い難かったが、争いも確かにあったが、戦争にはならなかった。世界という枠の中で、それぞれの国が共存していたんだ。

 人の感情ってのは、恐ろしくもあるが、俺としては当然であり、なくてはならないものだと思っている。長い間抑えられていた感情が、音楽をきっかけに爆発した。俺たちは、ようやく人間に戻れたってことだ。

 戦争は、哀しい。けれど、戦うことは、生きるためには必要なんだ。不思議だが、戦争をきっかけに、世界中で、街の治安はよくなっている。どこにぶつけたらいいのかわからなかった怒りの矛先を見つけたからだろう。心にたまった不満の正体を知り、戦ってもいいんだと心が理解をした。感情ってのは、内にこもったままではダメなんだ。外からの感情を知ることで、この現実を理解する。周りがなにを感じ、なにを考えているのかを知らなければ、どんな感情も独りよがりで終わってしまうからな。音楽ってのは感情のぶつけ合いだ。人が成長するのにはもってこいなんだよ。聞く側も聞かせる側も同じようにな。しかしまぁ、今ではちょっとおかしな音楽も存在する。俺がいうのもなんだけど、音楽は金になるんだ。そのシステムを作ったのはノーウェアマンだけど、俺もたっぷりとその恩恵を受けている。まぁ、生きるために金は必要だから、俺はラッキーだったと思っているよ。感謝もしてるいし、金なんていらないとは言わないな。だがな、金のために音楽を楽しむことはできない。金ってのはあくまでも結果なんだよ。金がチラついた音楽は、聞いていてつまらない。そんなおかしな音楽が、今では世界に溢れている。まぁ、この国はまともな方だ。ノーウェアマンのいた国は、異常なほどにそんな音楽で溢れている。まともな奴らを探すのが難しい。ゼロってわけじゃないんだけどな。

 金のための音楽はクソだが、それを喜ぶ連中がいるのも事実だ。こんな時代だからなのか? クソみたいに金の匂いしかしない音楽に夢中になり、自分もまたそんな金目当ての音楽を始めようと憧れる。つまらない輩が溢れているんだ。仕方がないか。今の時代、教師も医者も政治家も、警察官だって金目当てだからな。金を目的としないでなにかに従事しているのは、俺たちくらいなのかも知れないな。なんてことを散々稼ぎまくった俺がいうと嫌味でしかないよな。しかしまぁ、それは事実だ。俺たちは、一度も金を欲した事はない。金のために音楽を奏でたことなんてただの一度もないんだよ。

 タブレットで音源を発表したときもそうだ。当初は金なんて取らなかった。地下室でのライヴも同様だよ。俺たちは少しも要求していない。聞いた人間が、自らの意思で金を落としていくんだ。俺がいくらいないと公言をしても、金は集まってくる。だから俺は、全ての音源やライヴに対してではないが、集まった金の全てを寄付することをよくしている。俺は残念なことにバカでも無責任でもないからさ、そういった団体を通しての寄付なんてしない。自分の目と足で確かめるんだ。自らの手で寄付金を届けるようにもしている。周りを信用していないとか、目立ちたいとかの理由じゃないのはわかるだろ? 俺は金と一緒に、この心を届けたいんだよ。そのためにはやはり、顔を出す必要があると思わないか?

 金を欲しがる人間の気持ちは、俺にだってわからないわけじゃないんだ。金がないとなにもできない。生きて行くことさえできないんだからな。まぁ、今では少しばかり自由になっているから、金を得ること自体は難しくはない。以前とは大違いだな。俺が子供だった頃はまだ、貧乏人は子孫も含めて永遠に貧乏なままってのが当たり前だったんだ。今のように自分次第でのし上がるってのは、よほどの運がなくちゃ無理なことだった。俺たちのようにな。

 しかしまぁ、俺たちもそうだが、他人になにかを与える仕事っていうのは、金を求めるべきじゃないんだよな。金の匂いがちらつくと、なにをしても鼻につくんだ。どんなにいい事を語っても、いい音楽を奏でても、その全てが無意味になってしまうほどに臭うんだよ。なにもそれは、音楽に限った事じゃない。というか、音楽で金儲けをしようっていう輩は、俺は好きじゃないが、ある意味まともだよ。なんだかんだ偉そうなこと言っても、音楽ってのは一つの産業になってしまっているからな。それもこれも俺たちが稼ぎまくったせいでもあるんだ。ライクアローリングストーンとノーウェアマンの稼ぎはさ、たったの半年でこの世界の年度予算を超えたらしいからな。俺たちの音楽に純粋に憧れた奴も多いが、その稼ぎ出した金額に憧れる奴も当然多いんだよ。まぁ、そんな憧れだけならまだ許せるが、俺が嫌なのは、音楽を利用しての金儲けだよ。金が欲しいのはわかるが、音楽で稼ぐのも悪くはないが、利用するってのがダメなんだよ。まぁ、俺の周りにはそんな奴らが多く集まるんだけどな。運がいいことに、俺たちはそんな奴らの力を借りなくても十分音楽を楽しめるんだ。そういう段取りが初めからできていたからな。しかし俺たち以外の後発はちょいと話が違うんだ。俺たちの儲けぶりを見た連中が、音楽を味気ないビジネスにしようと近づき、利用したんだ。まぁ、こいつはあんまり言いたくないが、ノーウェアマンのショウがその一役を担っていたんだよ。ショウは金の亡者じゃないが、ビジネスの天才でもあった。あいつは望むと望まざるとに関係なく、多くの金を生む方法を考え、全てで成功している。俺たちはただ、その恩恵を受けただけに過ぎない。

 ノーウェアマンの功績は大きいよな。いい意味でも、悪い意味でもだ。ショウはいまだに多くの金を稼いでいる。死んでからもう、三十年も経つのにな。

 音楽ってのは、認めるのは嫌だが所詮は商売だ。だがな、先生って呼ばれる奴らは、それを商売にしちゃまずいだろ? 警察官も同様だな。金のためじゃなく、人のために動くからこそ尊敬され、先生と呼ばれるんだよ。命を守っているとか、教育をしているとか、秩序を維持していると、そんなことを理由に金銭を求めるなんてナンセンスなんだよ。そういう立場だからこそ、金で動いちゃダメなんだよ。金なんてなくても命を守る覚悟がない奴に、命を預けるなんて無理だろ? 教育者についても同じだよ。まぁ、今の時代、そんな先生はどこにもいないんだけどな。仕方がないよな。俺たちだって、そんな先生がいないとわかっているから、本気で信頼なんてしていない。尊敬できる先生は、政治家も含めて一人もいない。悲しい現実だよな。本気で信頼される奴なら、金なんて求めなくても自然と集まるんだ。勘違いしないでくれよ。信頼でなく、恐怖と権力で金を集める奴もいるからな。っていうか、この時代の先生って奴で金を得ているのはそんな奴らだけだ。

 まぁ、どうでもいい話になっちまったな。金の話はどうでもいいよな。俺たちはなにをするにも金を使わなければならない。この文章にだって、読む側は幾らかの金を払っているんだよな。俺は形のある本にこだわり、真似をして売り出しているが、現実にこれを読んでいる奴らはほとんどがスティーブを利用しているはずだ。スティーブの利用には金がかかるからな。検索をすればその内容に見合った金額が、転送についても同じだ。まぁ、勝手に保管庫から引き出されちまうんだけどな。

 これは最近知った話だが、文明以前には金にも実体があったそうだ。持ち運び、取引に利用していた。今でもたまにある現物交換の発展形だな。金を手に持つってのは、表現上の言葉だと思っていたが、実際にそうしていた時代の名残なんだろうな。今と文明以前とでは文字も言葉も異なってはいるが、伝わっている事も多いって事なんだろうな。都市や国の名前もそうだし、概念的な事は、それほど変わりがないって事だ。

 金は全てスティーブの中の保管庫が管理しているんだ。受け取るときも支払うときも、全てスティーブ任せだよ。中身を知りたいときは聞けばいい。簡単に教えてくれるよ。まぁ、本人のだけだけどな。金の転送も簡単だ。俺たちの世界では、金を奪うのは不可能に近い。相手を騙して奪う方法もあるが、とても難しい。どんなに頑張って人間を騙したとしても、スティーブまでは騙せないんだよ。それでも騙そうと躍起になる連中は多い。毎日のようにそんな輩が捕まったとのニュースが流れているよ。

 この世界は、いつの時代だって悪い奴らが消える事はない。金を騙し取ることができないのなら、別の方法を考えればいいだけなんだ。騙し取るのは金だけじゃなくてもいい。物を騙し取るのは当然として、心を騙す事もある。まぁ、つまらない音楽で金儲けしている奴らも、そんな輩の一部なんだよな。

 俺たちは、世界を旅していた頃に一つの過ちを犯している。当時はまだ、転送技術が固定式だったからな。俺たちはトヨタで旅をしながらのツアー中だったんだ。アメリカ辺りを中心に回っていたな。あの国は、なんていうかおかしな国だよな。世界で一番大きな国で、人口も一番だ。犯罪率も国民の満足度も、金持ち率も貧乏率も、なにもかもが世界一なんだ。しかしまぁ、残念なことに、音楽については後進国だな。あの国は、今の文明社会の初期に、色を捨てたんだ。今の言葉や文字を作ったのも、あの国だって噂だ。スティーブの開発も現実としてはそうらしいな。まぁ、俺はそうだと確信している。そじゃない方が面白いんだけどな。戦争が始まったのも、あの国の暴走を止めようとする国民の意思が働いているんだ。あの国は、なんでもかんでも一番じゃないと嫌なんだよ。俺は正直、好きじゃないな。あんな事が起きたからだけじゃなく、なんていうか、野蛮な国だ。

 けれどアメリカは、文明以前の音楽を生み出した国だったかも知れないんだ。俺はいくつかの形のある本で、USAの文字を見ている。ショウの話では、ウーサと読むようだ。そしてそのウーサは、アメリカのことを指す別語らしいんだよ。USAは、文明以前の音楽の発祥地だとショウは言う。当時は今よりも多くのジャンルが音楽にはあったそうだ。その全てが、USAから発信されたと言うんだ。そしてそのUSA生まれの音楽を発展させたのがUKであり、二つの国が音楽先進国と呼ばれていたそうだ。しかしまぁ、今となってはどうでもいい話だ。

 文明以前のウーサでは、奴隷や労働者たちが音楽を生み出したって話だよ。まぁ、当時は今の世界とは違い、誕生する前から音楽で溢れていたはずだけどな。俺はバカじゃないからさ、気づいているんだよ。この世界はさ、明らかになにかの意思で音楽を闇に葬っていたんだ。音楽だけじゃない。文明以前の文化を隠している。それはきっと、ウーサの仕業なんだよ。

 ウーサで生まれた音楽は、ショウが言うにはだが、それは素晴らしく、トラディショナルなものだったらしい。そんな言葉で言われても、俺にはよくわからない。ショウもまた、よくはわかっていなかったそうだ。形のある本で知り得た情報から、なんとなく発した言葉だそうだよ。しかし、今になって思うと、少しはわかるような気がするんだ。つまりはそれって、今の世界でいうノーウェアマンやライクアローリングストーンのことを指しているんだろ?

 ウーサについての評判は、今の世界でも、文明以前でもよくはない。文明以前のことを詳しく知るものはいないが、ほんの少し出回っている形のある本を手にし、解読しようとしている奴らはいる。そんな奴らは、ほとんど必ず、アメリカには逆らうなと言うんだ。理由は簡単だ。アメリカは、全てを滅ぼす原因だからだそうだ。この世界が一度滅んだのは、文明以前のアメリカによる暴走のせいだそうだよ。

 この世界の始まりは、アメリカにある。それは俺だけじゃなく、この世界の全てが知っていることだ。しかし、どのような始まりだったのかは誰も知らない。当時の様子を描いた形のある本なんて存在もしていない。全てを知るには、スティーブを頼るしかないんだ。そのスティーブの話も、なんだか神話じみていて真相に難しい。

 この世界を作ったと言われる神様が、この世界に息子を落とした。その地がアメリカであり、世界の中心がアメリカであるという話が残されている。聖話、なんて呼ばれているはずだ。その息子の名前が確か、クリストだったはずだ。アメリカじゃ、そんな名前の宗教も盛んらしいからな。文明以前からも続いているんだかいないんだかって話だよ。形のある本の中で、その文字を見たってショウは言っていたよ。クリストの象徴でもある十字架マークは、いたる地に残されている。有名になった頃のショウは、これで俺もクリストになれる。なんて発言をして一部から非難を受け、一部から賞賛された。

 クリストについての話は、俺なんかがしなくてもいいよな? 正直俺は、無心論者なんだよ。この世界の九割がクリスト信者だと発表されているが、それは表向きだな。実際のところ、九割が無心論者だよ。後の一割の中で、いくつかの宗教がその存在価値を争っているってのが現実だ。クリスト教ってのは、アメリカじゃ有名かも知れないが、現実にはただの飾りだな。宗教ってのは、一種のファッションなんだよ。

 俺のいる国は、特に宗教に無関心だ。一年中雨ばかり降っているジメジメした国だからな。神様なんて寄りつかないんだよ。って俺は考えているよ。しかし、ノーウェアマンのいる日本では、別の神様が崇められているんだ。ほっとけさんとかってショウは言っていたよ。それもまた、文明以前にも崇められていたって話だよ。なんだか宗教ってのは滑稽だよな。それがもし本物だとしても、偽物であったとしても、誰もその存在を確かめたことはないんだ。なんとなく感じるのが精一杯なんだよ。しかし、その感じるっていうのが大切なんだよな。いつどんなときでも都合良く感じることができる存在が神様なのかも知れない。そう考えると、俺にも神様はいるんだ。死んだ爺さんがそうだよ。あの家の地下室ではもちろん、どこにいるときだって、俺は常に爺さんを感じながら生きている。

 アメリカっていう国は、そんな宗教を盾に取り、この世界の中心だと主張してきた。別にそれでも構わなかった。どうでもいいんだよ。世界の中心は、常にこの胸の中だ。俺にとっては俺の胸だし、お前にとってはお前の胸っていう意味だよ。そんなことはどうでもいいってことだな。俺には興味がなかったし、世界中の国もまた、興味がなかった。だからこそ世界は回っていたんだ。偽りの平和を願いながらな。

 俺は正直、アメリカツアーには乗り気じゃなかった。けれど仕方がないよな。一応は世界の大国だ。ファンが待っているとなれば、行かないわけにはいかないんだよ。それで結局、事件が起きたってわけだ。最悪だが、あれが世界を本当の意味で変えるきっかけになったんだよな。単純な音楽だけの力でも、世界は大きく変わったが、今のように、本当の意味での変革が始まったのは、あの日以降なんだよ。あの日がきっかけで、戦争までもが巻き起こった。哀しい現実ではあるが、人間らしい世界の始まりは、残酷なものなんだよ。

 ライヴ中に、事件が起きた。人が、幾人も死んだ。しかも、俺の目の前でだ。情けないことだが、俺にはなにもできなかった。ただそこで、いつものように歌い続けるだけだった。演奏が止んでも、歌を止めることができなかったんだ。俺は滑稽にも、目の前で誰かが死んでいく姿を眺めながら、幸せになりたいなんて願いを込めた歌を歌っていたんだ。

 アメリカ人は、常に武器を携帯する。しかも、物理的な武器をだ。あれは危険だよな。誰が持っても、ただ振り回すだけで人体を傷をつけることができる。引き金を引けば、玉が飛び出るタイプもある。どちらも俺は持っていない。あの日は、そんな武器を持った連中が集まり、殺し合いを始めたんだ。

 まぁ、俺たちは、もっと簡単で単純な武器を生まれながらに備えているんだけどな。スティーブを埋め込む本来の理由は、そこにあるんじゃないかって話だ。逆にスティーブを埋め込んだからこそ芽生えた能力だという奴もいるがな。つまりはいまだに、未知の能力なんだろうな。俺たちの武器は、スティーブに制御されなくては危険すぎる。物理的な武器との危険さとはレベルが違うが、スティーブが働いていればなんの問題もない。しかし今、その制御を外そうとの動きがあるが、それの詳しい話はまた別の機会にだな。当然、俺としては反対だしな。

 一人の男が拳銃の引き金を引いた。拳銃ってのは、玉が飛び出る武器の名前だ。その男が、客席で、前の女の頭にぶち込んだ。演奏がうるさくて銃声なんて聞こえなかった。周りで上がる悲鳴にも気がつかない。しかし、吹き出した血飛沫が、ステージにまで飛び散った。その男は客席の二列目に立っていたんだ。銃弾は貫通し、そのとき俺がぶら下げていた六弦に突き刺さった。ライヴ中に俺が六限をぶら下げることはよくあるんだ。と言ってもまぁ、年に数回程度だな。一度のショウでは一曲しか弾くことはないんだけどな。血飛沫は、俺の全身を点々と染めていたよ。そんな俺の姿を見て、観客もメンバーも静まり返った。けれど俺だけが、歌うことを止めなかったんだ。っていうか、止めることができなかったんだ。

 俺が歌い続けている間に、俺の姿を見て逃げ出す奴もいたが、ただ固まるだけの奴や、興奮を増す奴らもいたんだ。最悪だな。興奮に身を任せ、固まった奴らを武器を使って殺したんだ。それだけでは興奮が収まらず、こうした奴ら同士での殺し合いまでもが始まった。俺以外のメンバーはスタッフに引き摺られてステージを後にしたが、俺だけは歌を止めなかった。スッタフは、俺に近づくことができなかったようだ。俺はまさに、狂気の真っ最中だったんだ。

 その事件の結果、死者は確か、二十三人だったはずだよ。最悪の結果だが、俺は無傷だった。メンバーもみんな、かすり傷一つ無かった。唯一は、俺の六弦に穴が開いただけだ。

 多くの犠牲がでたにも関わらず、俺たちはアメリカツアーを続けた。っていうか、そうせざるを得なかったんだ。俺は当然、拒否したが、面倒な契約の問題と、アメリカっていう国のモラルの問題でそうなってしまったんだ。後悔はしているよ。しかし、おかげで世間が騒いでくれた。

 スコットランドに戻った俺は、きちんと謝りの言葉を残した。当然だよな。俺が悪いかどうかが問題じゃなく、ライクアローリングストーンのライヴで事件が起きた。それが問題なんだ。世界中は、俺を許してくれた。しかし、アメリカは違う。それは、アメリカ国民がっていう意味じゃない。あの国は、誰もが罪を認めない。というか、なにが悪いんだというだけだ。国民個人の話じゃなく、そういう国ってことだ。あの事件後も、あの国だけは変わらなかった。世界の意思とは反対に、独自の道を進んでいる。

 事件後、物理的な武器の所持を禁止しようという流れが世界で巻き起こった。アメリカだけが反対をし、いまだに所持を続けている。他の国では、物理的な武器は所持も製造も禁止されている。国民からの反発も出ていない。アメリカでも、当然物理的な武器を所持することへの反対はある。しかし、ああいう国だ。論争はしても、結果は見えている。虚栄心の塊って怖いよな。反対はしても、現実に武器を捨てることを怖がっているんだよ。それこそが、アメリカが世界一にこだわる理由でもあるんだろうけれどな。

 物理的な武器を捨てたアメリカ以外の国も、やはり物理的な武器を持った人間は怖い。その対処法としてまず、物理的な武器の持ち込みを禁止している。しかし、どんなに禁止を謳ったところで、守らない奴は多い。スティーブを使った検査には、抜け道がある。アメリカ国内ではもちろん、国外でも事件は多く起きている。アメリカ人の物理的な武器での事件を止めることは難しい。そこで他の国の奴らが考え出したのが、スティーブによる制限の解除だよ。ある種の条件により、体内に埋め込まれた武器の利用が可能になるんだ。といっても、自己管理のできるものでなく、自然に解除され、本人の意思とは別に作動する。それは少し危険でもあるが、今のところは誤作動も過剰反応もなく上手くいっている。

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