第4話


 今の世の中は本当に便利だよな。ナオコは故郷のエジプトを中心に世界で活躍している。娘達には俺の意思が伝わったようで、俺とはまるで畑違いの世界で暮らしている。長女のナオミは、月にいる。文明以前から人間は宇宙に飛び出そうとしていたって噂だが、どこまでの技術があったのかは謎だよ。残念なことに、地上にはあらゆる痕跡が残されているらしいが、宇宙にそれらしい痕跡は一つもない。地球の軌道に物体をのせるなんてこと、今は学校の授業ですらやっているからな。それに加えてこの世界には転送装置がある。転送装置ってのは、宇宙でも利用可能なんだよ。まぁ、

無闇矢鱈に行けるってわけではないけれどな。宇宙への転送には特別な許可が必要なんだ。もしも許可なしで行けば大変なことになる。なんせ宇宙空間はこことは違うからな。きちんと許可を取って、安全な日に、安全な格好で、安全な場所に転送する必要があるってことだ。呼吸もできずに破裂するなんて嫌だからな。

 ナオミは月で、ハンバーガーショップを経営している。ハンバーガーは今や地球食だからな。全世界のソウルフードだ。噂じゃこれも文明以前からあるらしいが、食べ物の起源を辿るって行為ほど無意味なものはない。食べ物の創作っていうのは、どれも似たり寄ったりだからな。いくつかのパターンに別けてしまえば、それでお終いだろ? まぁ、味付けは無限大だったりするけれどな。俺は正直、食には疎いんだが、食べ物なんて身体に入ってしまえばそれまでだ。美味しいって感じさえすればなんでもいいんだよ。って言うのはまぁ、俺個人の意見だ。身体に吸収される儚さを、一瞬の輝きで散っていく花火に例える奴もいるくらい食を尊重する趣きもあったりするんだがな。俺には理解できない。ハンバーガーは好きだが、普段の俺は栄養クッキーしか口にしないからな。あれは本当に便利だろ? 口に入れるだけで必要な栄養を賄える。味だって悪くないしな。なんせ一番の魅力はその手軽さだ。時間もかららないし、口を動かす必要もない。ただそれを口に入れるだけだ。後は勝手に溶け出し、身体中へと栄養が巡っていく。俺は自分で学校に通うようになってからはずっとそのクッキーを利用させてもらっているよ。俺はしたことがないが、クッキーなら、歌いながらでも食事ができるからな。

 俺が子供だった頃は、クッキーが食事の主流になっていた。乳歯ほどの大きさで、口に入れるとすぐに気化してしまうんだ。時間を使わなくてもいいってのが一番の魅力だったな。食卓に着かずとも食事ができるしな。忙しい俺にはピッタリだったんだよ。学生時代は今よりも忙しかったからな。やりたいこともやることも多く、食事の時間は睡眠時間同様に無駄だったんだよ。まぁ、家族と食卓を囲み、会話をしながらの食事が大切だってのは理解できるが、食事をしながらじゃなくとも団欒の時間は持てるからな。睡眠だってそうだ。この世界には仮想睡眠メガネがあるからな。あれをかければ一時間で一日分の睡眠が確保される。メガネってのは本来、視力矯正用の器具なんだが、今ではそんな使い方をする奴は一人もいない。これもまた文明以前からの品物だよ。こいつについては、俺は証拠を掴んでいる。文明以前の形のある本で見かけているからな。俺には当時の詳しい用途は分からなかったが、調べるとすぐに答えが見つかった。文明以前の世界では、目が悪くて困ることが多かったらしいんだ。今では考えられないよな。今じゃ例え目玉がなくたって、スティーブが映像を脳裏に届けてくれる。寝ながらだって、三百六十度の景色を確認できる。とは言ってもまぁ、肉眼で見ることを求める奴らは多いんだ。俺もそうだが、映像を通してよりも、肉眼で見る方が外面も内面もよく見えるってもんだ。特に真実を見るには肉眼の方が信頼性に増す。だから俺たちは、目が悪くならないようにできているんだ。視力の低下がほんの少しでも感じられると、スティーブが内側から処置してくれるんだよ。目や耳、鼻に関する異常なら、スティーブの力だけで直すことがほぼ可能だ。まぁ、どんなことにも例外はつき物だがな。俺たちは、クシャミをすることさえ難しい身体なんだよ。鼻の穴に綿毛の草花でも突っ込まない限り不可能なんだ。まぁ、子供の頃にはそんな遊びが流行っていて、俺はしょっちゅうクシャミをばら撒いていたんだけどな。

 メガネをかけるのは、視力を矯正するってのが最初の目的だったようだが、いつの日からか、ファッションアイテムに変わっていったそうなんだ。

今の世界でも、俺が生まれたころにはまだそんなメガネをかけている奴がいたもんだ。って言うか、俺の親父がそうだったからな。まぁ親父の場合、ファッションと言うより、視線を誤魔化すためだったようだがな。他人に瞳を覗かれるのが嫌いだったんだ。

 そんなメガネの形をした仮想睡眠装置は、俺にはなくてはならないアイテムだな。あれを使うことで、俺の自由が長くなる。曲を作ったり、遊んだり、酒を嗜んだりする時間が増える。最高の発明だと俺は感じている。ただ、これは完全な主観的意見なんだが、メガネってダサいよな。肢を耳にかけるってのがまずダサい。鼻にまで支えを引っ掛けるんだ。特に俺は、それが我慢ならないんだ。耳の痛みだけならまだ我慢ができるが、鼻へかかる重みとあの違和感だけは我慢ができない。なんだか催眠術にでもかかっているようであり、無理矢理寄り目にされているようでもあり、眉間に得体の知れない圧力がかかるんだよ。さらにその形も俺好みじゃない。丸だか四角だかの薄い透明な板がいつも目の前に浮かんでいるんだ。なんども言うが、ダサいよな。親父がかけていたのは黒い板のメガネだったが、それでもやっぱりダサかった。今でもたまにかけている奴を見かけるが、親父を思い出す懐かしさはあるが、ダサいなって感情が芽生えないことはない。

 仮想睡眠メガネは、耳にかける肢も鼻にかける支えもない。目の前を邪魔するものもない。目を瞑ってしまうからな、それは邪魔じゃないって言う意味だ。ジェリー状の丸い板を両目に乗せるんだ。立っていても落ちることない粘着性があり、貼り付けると即時に睡眠を誘う。これをメガネと呼ぶには抵抗がある奴らもいるが、物の名前ってそういうもんだ。なにかになんとなくでも似ていれば、そんな名前を付けてしまうんだよ。新しく考えるより全然楽だからな。まぁ、名前なんてどうでもいい。俺はこの仮想睡眠装置がお気に入りなんだ。

 睡眠時間と食事時間を削った俺を、つまらない奴だと娘はよく言っているよ。ナオミは、食事をクッキーで済ませる俺が気に入らないようだな。

とは言っても、俺だってたまにはまともな食事を摂ることもある。ナオミの店にはよく顔を出すしな。あの店の味を決めたのは俺なんだぜ。って言っても俺は、いくつかのハンバーガーの中から一つを選んでこれが美味いって言っただけなんだけどな。

 次女のナミコから言わせると、睡眠だってしっかり摂ることは大事なんだそうだ。仮想睡眠装置では身体の疲れは取れても、心の疲れは取れないって言われたよ。俺はそんな風には思えないが、夢を見ないのがその証拠なんだとさ。確かに俺は、夢を見ない。けれどそれは、寝ている間だけの話だ。起きている間は、夢しか見ない。夢ってのはさ、空想とは違う。叶えるための目標みたいなもんだろ? 俺にとってはだが、叶わない夢はない。なんせ俺は、叶うまで夢を諦めないからな。例えどんな無茶な夢でもな。

 寝ているときに見る夢は、心を癒してくれるそうだ。見る夢によって、その日の心の状態を知ることができる。そんなことになんの意味がある? 心ってのは、己自身だろ? 癒すもなにもない。心のコントロールは、己ですればいいんだ。とは言っても、俺だってバランスを崩すことはあるんだがな。酒に溺れたり、ちょっとおかしな草木やキノコに手を出したりすることもある。まぁ最悪俺は、スティーブに頼ることにしているんだけどな。スティーブによって内側から癒してもらうのが確実なんだよ。その日の心の状態も、スティーブは俺自身よりもよく理解してくれているからな。

 けれどまぁ、こうは言っちゃなんだが、スティーブってのは嫌われ者だろ? 心をスティーブに晒すのが裏切りだと感じる奴がいまだに多いんだよな。俺がこんな発言をすると、そっち側なのかなんて疑われるが、よく考えてみろよ。俺たちは生まれながらにスティーブに監視されている。支配されていると言っても間違いじゃない。心の問題なんてな、遠にお見通しだろ? 利用できるもんは利用するのがスマートなやり方なんだよ。夢に頼る理由が分からない。

 けれどな、ナミコは俺のそんな考えを否定する。夢に表れる意識は、スティーブさえ気がつかない深層心理の表れなんだとさ。ナミコは、夢診断をメインとした夢の研究を仕事にしているんだ。まぁ、学校の先生ってわけだ。この世界では、なにかの研究をするには先生になるのが都合いいからな。中には企業に属していたり、フリーで仕事したりしているのもいるが、それってあまり金にはならないそうだ。政府側の立場である先生ってのが一番都合よく研究できるってわけだ。色々制限はあるらしいが、そこんところは学者らしく上手く渡る方法があるんだよ。政府側の奴らは、結局のところバカだからな。専門用語を並べながら、下手に話を進めると、簡単に研究を進められるってわけだよ。と言ってもさ、御存知とは思いますが・・・・ なんて前置きを入れるだけなんだけどな。

 ナオミとナミコは年子なんだ。二人は仲がいい。ナオミもナミコも、初めは学校で宇宙の勉強を専攻していたんだ。ナオミはその経験とそのときの仲間を頼りに月へと渡った。ナミコは、宇宙で暮らすことへのストレス軽減のための研究として、夢診断を選んだんだ。

 二人が宇宙に興味を持った理由は、俺にあるそうなんだが、俺には心当たりなんてなかった。説明をされても、いまだに理解できていない。俺はただ、歌を宇宙に届けただけだ。あれはなんとなくの思いつきで、光の波に音楽を乗せ、宇宙に解き放ったんだ。光ってのは、驚くほど遠くまで届くんだよな。俺たちの音楽は、今頃全宇宙で鳴り響いている。

 宇宙開発が本格的に始まったのは意外と新しいんだ。俺が子供の頃にはまだ、月へ行くのが精一杯だった。防護服を着て、飛行型のスニークで飛び出してく。地球の軌道から月へと飛び出すのは簡単だ。そういった計算はスティーブが得意としているからな。エネルギーの問題もない。光っていうのは、宇宙空間でも得ることができるんだ。宇宙への旅は、月へ向かうことがその第一歩だった。

 月の開発は、意外と時間がかかったんだよな。ナオミは運が良かった。予定通り進んでいたら、第一陣の移民に選ばれることはなかっただろうからな。月への移住計画は、十年遅れて実現された。ナオミが宇宙の勉強を始めた直後くらいに計画は発表されたんだが、当時のナオミに移民になる資格はなかった。第一陣になることは諦めざるを得なかった。月への移住は大人気だったが、第一陣に限っては資格さえ得ていれば全員選出されることになっていたんだ。こんなチャンスはないよな。第二陣も予定はされていたが、選考基準がぐっと厳しくなるって噂だった。計画が十年遅れたおかげで、ナオミは資格を得ることができ、そのまま月に旅立ったよ。今では月への転送も可能だが、当時はまだスニークに乗って飛んで行くしか方法はなかったんだ。転送装置は月にはまだなく、最新技術でも月への転送にはリスクが大き過ぎたんだ。

 ナオミは月で、飲食店を経営することを義務づけられていた。移住者にはそれぞれの技能や経験にともなった仕事が割り振りされるんだ。ナオミが移住した当初、月はまだ、人が生活するには不十分な世界だった。と言ってもそれは、計画が遅れたせいではない。計画通りの不十分だったんだ。自らの力で月で生活できるように開発していくのが第一陣の役目ってわけだよ。計画が遅れたのは、そのための準備が遅れたっていう意味だ。月では調達できない資材を運んだり、人が生きていける空気や飲食に対する環境を整えていたんだ。

 移住者は、自らの力で今の月世界を作っていったんだ。ナオミはそこで、労働者を支えるハンバーガー店を経営した。もちろん、それ以外の仕事もしていたんだ。住居や道路などの整備にも力を貸したそうだ。転送装置の発展にも貢献している。なんせ俺の娘だからな。祖父の血が流れているってわけだ。

 俺はナオミから、ちょっと不思議な話を聞いた。月へ行ったのは、この世界の人類が初めてのはずだ。しかし、ナオミは道路整備の手伝いの最中にあるものを発見した。俺は実物を拝見しているから確かなことが言える。あれは間違いなく、明らかに文明以前の世界の品物だよ。

 ナオミはそれを、砂の中から探し出した。布でできたタオルのような大きさのそれは、赤青白の派手な模様だった。俺は最初、スティーブに送られてきた画像で見たんだが、すぐに思い当たったよ。青の中に散りばめられた白い星、赤と白のストライプ、印象的だよな。俺はそれを、形のある本の中で見ていたんだ。つまりは文明以前の品ってことで疑いはなかった。

 俺はナオミに、それのことは誰にも話すなと言ったよ。文明以前の人類が月に渡っていたなんてことは、きっと、知ってはいけない秘密だからな。スティーブに知られた画像もすぐに削除をさせ、適当に情報を操作して誤魔化した。タオルのようなそれは、俺が月に行ったときに預かったよ。それがなんなのかはいまだにはっきりしていないが、危険なことに違いはない。

 宇宙開発には、文明以前の文化からの影響は一切ないはずなんだ。文明以前の人類は、月はおろか、大気圏さえ突破していないことになっている。確かにそんな証拠は一つもないが、俺だけは知ってしまった。俺はこの秘密を、ナオミにも説明していない。ただ、タオルのようなそれのことは忘れてくれと、真剣な眼差しで伝えただけだ。ナオミは賢い。たったそれだけで、俺が言いたいことを理解してくれたよ。

 ハンバーガーの味は、月へ飛び出す前に決めていた。月へ行ってしまえば、連絡は取れるが転送はできない。会えない時間が長いってことが、あんなにも辛いとは初めて知ったよ。宇宙への転送が可能となったことは、あまりにも喜ばし過ぎる。

 俺たちは、当然のように月でもライヴを開催している。今では太陽系の全ての星に、人類が暮らし、転送で行き来ができるようになっている。銀河系の一部にも人類は進出しているが、いまだに未知の知的生命体とは出会えていない。微生物やら植物やらはいるんだが、アリンコほどの生命にも出会えていない。

 宇宙は俺たちの想像以上に広い。いつの日か、地球外生命体に出会えると感じている。スティーブを搭載した光装置を宇宙に飛ばし、今では銀河系の外へ飛び出しているが、いまだに出会えていないのは悲しいことだよな。宇宙にはいくつもの銀河があるが、光装置が届いた銀河はまだ三つだ。まだまだこれからの話なんだよな。宇宙を知るには、それなりの時間が必要ってことだ。宇宙には外側の世界があるかも知れないっていう話もあるしな。まずは宇宙全体を知ることから始めているってわけだ。地球のことすらその全体の把握には至っていないのにってことは気にするな。

 三姉妹の末っ子は、ガメクリエイターをしている。今や大人気の最新の職業だよな。末っ子のミナオは、俺以上の天才かも知れないんだよ。二人の姉より七年遅れて生まれてきたミナオを、俺は特別甘やかした。その結果なのかどうかは分からないが、とんでもない世界を作り出そうとしている。まぁ、ミナオはそれを学生時代から始めていて、目が出てきたのは最近の話なんだがな。ようやく時代が追いついてきたんだろうな。これからまた、世界は変わっていく。しかしそれは、残念なことに、俺が生きているうちには間に合わないだろうな。表面的な世界はあっと言う間に変化を見せる。今がまさにそうだが、内側からの変化を見せるのには時間がかかる。長ければ数十年だ。早くとも五年はかかるだろうな。音楽で世界が変わったときもそうだった。五年後からなんだよ。内面の変化が見え始めたのはな。まぁ、こんなことを言うと、周りは必ずこう言うんだ。お前はまだまだ死なないってな。俺はいつ死ぬんだろうな? そんなこと、どうでもいいか? もしも生きていて、世界が変わっていく様子を酒でも飲みながら眺められれば最高なんだけどな。娘が作ったガメで世界が変わっていくんだ。是非ともその後の世界を味わってみたいものだ。

 ミナオは学校で、教育学を学んだ。主に小さな子への教育だ。幼児教育ってやつだな。俺が思うに、一番大変で、一番大事な教育期間だよ。まぁ、本来ならな。そいつをおろそかにしている学校は多い。まぁ、学校だけでなく、家庭での教育も重要で、そいつもまたおろそかにされていることが多いんだけどな。っていう俺もまた、おろそかにしてきたのは否めない。

 俺はミナオが学校でなにをしていたのかを全く知らなかった。何十年も経ち、こうしてガメが話題になってから初めて知ったんだよ。けれどまさか、そこでの勉強からこんな発想をするなんて不思議だよな。これは全くの個人的予想に過ぎないんだが、このガメってのは、文明以前の産物からアイディアを頂いたんじゃないかって思うんだ。

 最初のガメは、スティーブを使って映し出した映像にブロックを積み重ね、縦でも横でも斜めでもどこでも構わないから七つを直線に並べたら勝ちっていう遊びだったんだ。もちろんそれも、俺の娘が考え出した。

 勝負は二人で行うのが標準だ。三人以上でもできなくはないが、楽しさは下がり、難易度は上がる。最終的には必ず、二対一の構図ができてしまう。いじめの道具にする輩もいるそうだ。ガメは通常ブロックの色を選ぶところから始まる。選んだ色の濃淡で順番が決まるんだが、濃い方が先か淡い方が先かは、スティーブがその都度決めている。

 このガメは、学校で大流行りだったそうだ。特に低学年に人気だった。当時の遊びってのは身体を使う遊びがほとんどだったからな、頭を使う新しい遊びに誰もが夢中になったんだよ。

 その後、ガメは進化を続けていった。ブロックをただ重ねるだけではなく、上から落ちてくる様々な形をしたブロックの塊を決められた範囲内で自由に向きを変えながら好きな場所に落としていく。横一列がブロックで埋まると、その横列全てのブロックが消えていく。次から次へと落ちてくるブロックを、重ねては消していく。それだけの遊びだ。範囲内をブロックが一つでも超えてしまうと終了。実に単純で、中毒性のある大人でも楽しめるガメだよ。俺も一時期、はまり込んでしまった。娘が作ったガメだとは知らずにな。

 そのガメは、ネルヤと呼ばれている。ガメが進んでいくと、ブロックの落ちてくる速度が速くなったり、対戦型を選択すると相手が消したブロックの一部が下から突き出てきたりと、飽きのこない作りになっているんだよな。ミナオは天才だって、俺だけでなく世界が認めていたよ。

 しかし、ミナオが本当に世界を変えるガメを作り出すにはそれからも長い時間がかけられている。

 ネルヤは世界中に愛され、ガメの存在がただの子供の遊びではないと認められるきっかけになったんだ。その後、多くのガメが作り出されるきっかけにもなった。スティーブで遊べるガメが大量発生したんだ。けれどまぁ、どれも発想が似たり寄ったりだったよ。ミナオの真似をした亜流が増えただけだったからな。

 そんな中、ミナオはまた別のガメを生み出した。主人公が縦横自由に冒険をする物語風のガメだ。そうはいってもまぁ、敷かれたレールの上を進むってだけだったんだ。それでも革新的で、大ヒットしたよ。その後、少しの間は空いたが、自分で選択肢を選べる物語としてのガメを作り出したんだ。これが今に繋がる世界を変えるきっかけになったんだよな。アルプジーと呼ばれるジャンルのそのガメは、プレイヤーによって結末はもちろん、その過程も、物語の方向性までもが変わってしまうんだ。まるで人生そのもだっていう奴もいたよ。けれどそれだけではやっぱり、ただのガメでしかなく、世界を変えるほどの力はなかった。当然のように模倣品も多く出現したが、それが限界だったんだよ。

 ガメが大いなる進化を遂げたのは、スティーブからの呪縛を解いたからだ。スティーブを利用して作り出されたガメが、スティーブを必要としなくなったとき、ようやく革命が訪れたんだよ。

 ミナオが生み出したガメは、ミナオの手により自由になった。どういう意味かは、この世界の住人なら分かるだろ? 今やガメは、どこにいても、誰とだって、どんなメディアでも楽しむことができるんだ。さらに言ってしまえば、時代さえも超越してしまう。

 最新のガメはまるで、仮想現実なんだよ。しかも、過去にも未来にも行き来ができる。簡単に言ってしまえば、夢の中で遊ぶことができるって感じだな。今やもう、スティーブを通しての映像には頼らないんだ。現実に行動を起こし、現実のガメを楽しみ、攻略していく。俺はまだ実際に試していないから分からないが、なかなかに楽しいそうなんだ。トイミンタなんて呼ばれている。

 スティーブには頼らないが、トイミンタをするには装置が必要だ。眼球に薄っぺらで柔らかい円型の装置を取り付けるんだ。俺にはちょっと気持ちが悪い。コンタクタっていう名前だ。そいつを二つ、両眼に取り付ける。コツはあるそうだが、慣れると自然に取り付けられるそうだ。眼の中に生じる違和感も、数秒でなれるらしい。コンタクタには、画像が映る。その画像を見ながらガメを進めていくんだ。画像は現実の世界とリンクしているから、目の前が見えなくなる危険はないように工夫されている。

 トイミンタは、歩きながら行うガメだ。日常の中に紛れ込んだ敵をやっつけたり、宝物を探したり、仲間を見つけたりしていく。もちろん基本は仮想現実であり、本当になにかをするわけではないんだが、ガメを通して本当の友達を見つけたり、遺跡やら未知の生き物を発見したりすることはあるんだ。それを聞くだけで、人気になる理由は理解できる。まぁつまりは、現実と空想が入り混じった世界を楽しむことができるんだ。しかも、スティーブの存在を無視しながらな。そこが革新的で、世界を変える可能性に満ちていると言われる所以だ。

 トイミンタの凄いところは、実際の街の情報を取り込み、それをガメに反映させることは勿論のこと、その情報を更新できることにある。情報ってのは案外いい加減なものだからな。それはスティーブを使っている俺たちなら十分に理解しているだろ? スティーブの情報は、なかなか更新されないんだよな。世界中の意見をまとめているから当然といえば当然なんだが、それがいけないんだよ。世界中の意見ってのは、案外役に立たない。主観的で自分勝手な意見が多いんだよな。それじゃよくないだろ? 本当に役に立つ情報ってのは客観的でありながら個人の意見をしっかり言えてるんだよな。スティーブの情報は情報過多ってことだ。トイミンタではそうはならない。なぜかって? 実際にその場で感じた情報だけを更新していくからだよ。映像を見ただけで勝手な意見をいう奴の情報は受け付けない。知り合いからの情報や、多分なんていう想像も受け付けない。想像ってのは、たいていが間違いだからな。想像力のある人間ってのは、勝手な想像で会話をしないもんなんだよ。俺はいつも想像ばかりだ。だって仕方がないよな。俺ってまったく想像力のない妄想男なんだ。

 トイミンタの遊び方にはもう一つ重要な要素があるんだ。それは、転送だよ。転送をすることでしか進まない物語が織り込まれているんだ。トイミンタにはしっかりとした世界観が存在する。ただ単純な冒険とは違うんだよ。架空世界からやってきた戦士とともに、誘拐された姫を救い出す。架空世界からは姫を誘拐した敵の仲間も、戦士の仲間もこの世界に迷い込んできている。敵をやっつけながら仲間を探し、姫の居所を突き止めていく。敵をやっつけると得られる情報を元に、転送を繰り返し、世界中を旅しながらガメを楽しむんだ。

 ナミオはこのガメを数年前に生み出した。世界中で大人気なのは勿論だが、スティーブを使わないそのシステムに世界は注目をした。転送装置との連動も、面白い試みだった。コンタクタと転送はつながっている。コンタクタ同士も繋げることができ、スティーブの代わりになると言われ、今まさにそんな動きになりつつあるんだ。コンタクタでの転送も、ある程度は可能なんだ。スティーブとの連動も可能なんだが、どういうわけか、世界はスティーブとコンタクタを別物として分けている。

 スティーブにだって転送機能はついている。まぁ、実態あるものの転送はできないんだがな。音声と画像、それから文字と匂いくらいだな。コンタクタと同レベルだ。しかし、これはあくまでも噂だが、スティーブ以前から転送の実験は始まっていたそうなんだ。スティーブは文明誕生以来から存在するって噂だから、転送は文明以前から存在するってことだ。まぁ、噂としては怪しい部類に入るな。当時は食べ物を送ることから始まったそうだ。ただ送るだけなら意外に簡単だったそうだ。誰が発明したのかは覚えていないが、確か日本人だったはずだよ。あの国の人間は、発明好きが多いようだな。スニークそのものの発明はしていないが、ホンダもトヨタもヒノも、日本人が手を加えて世界に広めたものだ。

 パンを転送すると小麦粉になる。肉を転送すれば生き物の死骸だ。それが最初の成功だった。しかし、一緒に転送した皿を送ることはできなかった。その場で割れたりドロドロに溶けたりとしたようだ。それでも少しずつの改良を続け、元の形そのものに転送する技術を高めていった。形ある物の転送は、すでに数百年前には完成されている。おかげで俺たちは、食事や買い物の楽しさを知らなかったんだよ。まぁ、俺は今もまだ知らないんだが、そんな楽しみを見出している若者が最近は増えているようだよ。

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