カレーチャレンジ

 キャンプといえばカレー。まあわかる。

 野菜を肉を切って煮込むだけなので、普段料理をしないお子様でもチャレンジしやすいアウトドア飯である。


 さて、オレはこれからともにカレーを作るメンバーを観察する。

 あみだくじとかいう100パーセント運によって集まった即席チームだ。


「くどうのどかです。5歳でーす」


 もうすぐ13になるオレとほぼ同じ年齢であろう少女は、手を3の形にした。

 ボケじゃないからつっこまない。

 自己紹介ができるようになったのが5歳なのか。オレのアネキより賢いぞ。


「……ぅ──ぅぅ──」

「この子はけんすけくん。小学四年生で、好きなものは唐揚げです」


 本人の代わりにボランティアのお兄さんが紹介していると、いきなりけんすけくんの目が輝いた。「唐揚げ」に反応したのだろう。なるほど、この子は食いしん坊だな。


 そして、保護者らしき女性が2人。

 茶髪ママとガングロママ。ギャルである。

 障がい児とボランティアは基本セットで行動しているがその他の家族は自由なので、この二人がのどかちゃんとけんすけくんの母親というわけではない。


「キャンプ自体がはじめて! 小学校で夏休みキャンプがあったんだけど、夫が大反対で!」

「わかるぅ。うちなんて、妹も拒否。こんな変なお兄ちゃんと一緒にいたくないってぇ」


 ギャルママ同士、さっそく意気投合している。

 そうか、普通のキャンプだったら参加できなかった子もここにはいるのか。


 身体に障がいがある人の方が、本人の意思がある。諦めて行動に制限をかける。


 でも知的障がい者は、周りの人が調節する。危険だから。周りの迷惑になるから。楽しめないから。言いたいことはわかるよ? だからって、最初から否定するのは違う。出来なくても失敗でも発見できるのは素晴らしいというスタンスでのぞめばいいのに。みんな、真面目すぎるよな。


 せっかくのキャンプだ。せっかくのカレー作りだ。ぜひ参加してほしい。でも、どこまで介入できる?

 

 テーブルの上には、米と肉とにんじんと玉ねぎとじゃがいも……あ、これは、野菜の皮剥きからですか。


「あの、オレは何をすれば?」


 オレはボランティアに質問をした。

 もし自閉症のけんすけくんのどかちゃんを基準に行動するのであれば、この二人が司令塔で、オレとギャルママさんがサポートといったところか?

 ところが、声をかけられたボランティア二人は、オレの問いかけが意外だったようで、顔を見合わせたまま固まってしまった。


 いや、自分なんかはリーダーシップを発揮するキャラじゃないんで……あ、よければあなたが……いやいやいや! 従いますので!

 ──という反応をほぼ同時にしている。

 無言で意気投合してんじゃない! 息ピッタリだなあ。二人でリーダーになれよっ!!

 周りを見てごらん! 他の班はすでに取り掛かってるから! 譲り合いしている場面じゃねーんだよっ!!


 二人とも相手に合わせてくれるタイプか。だからあれこれ指示を出すのは苦手なんだな。


「まずは、皮剥きしまーす」


 とても可愛らしい声でのどかちゃんが言った。

 うんそうだ。まずは皮剥きからだ。


「のどかちゃん。ピーラー使える?」


 オレがピーラーをのどかちゃんの手元に近づけた。無反応。どうやら、やらないようだ。


「じゃあ、オレが皮剥きしますね」

「お願いしまーす」


 おお、そんな言葉がけをしてくれるのか。

 それなりに意思疎通ができる自閉症っているのか。


「それじゃあ、あたしご飯炊く係でぇ。カレーできてもご飯まだだったら悲しいしぃ」


 ガングロママが、米の入ったビニール袋を傾けた。たぶんその時の音に反応したのだろう、けんすけくんが米をじっと見た。


「今からこの米を洗ってぇ、この黒い入れ物で炊くの。ついてくる?」

「…………」


 けんすけくんは立ちあがり、のそのそとガングロママについていく。

 続いてボランティアも立ち上がる。


「あの、お手伝いします」

「へーき、へーき。それよりカレー作りに参加してよぉ。か・な・り時間がかかると思うからさ。火おこしとご飯はあたし達がやっとくから、みんなはカレー作りをヨロ!」

「ラジャー!」


 元気よく返事する茶髪ママ。

 どちらもチャラいし、メイクのセンスが似ているから、意気投合も早い。


「にんじんも剥きました。カット、お願いしまーす」


 オレは、合流したけんすけくんのボランティアにんじんを押し付けて、ジャガイモにとりかかる。

 だが、料理をあまりしないのか、包丁を持ったまま固まっている。どうしようと、困惑を口からこぼしている。

 そこへ、のどかちゃんが助言する。


「乱切りにします」

「……へ?」

「乱切りにします」


 声が大きくなった。違うよのどかちゃん。乱切りがわからないんだよ。


「乱切りか。細かく切り刻むの?」

「みじん切りじゃありませーん」

「あー……乱切りってよくわからないな。どうやって切るか教えてくれる?」

「…………」


 どうやら、説明はできないようだ。

 のどかちゃんは、キョトンとしている。まるで常識が通用しなくて、呆気に取られているようにも見える。


 こちらが意味を知らないばかりに、言葉が伝わらない。普段とは反対の立場にいる。


「奥さん。乱切りって何っスか?」


 オレがこっそり尋ねると、茶髪ママは「奥さんて!」とウケていた。


「さあね! あたしも知らない! 子供の口に入る大きさなら、形にこだわる必要はないんじゃない?」

「マジそれな」


 おっと、口調が移ってしまった。


「しかしアネさん。指示通りにしないと、のどか嬢の機嫌が損ねるのでは?」

「アネさんて! でもにんじん担当くんはわからないわけで……おーい、のどかちゃん。乱切りできる?」

「できまーす」


 できるのー⁉︎

 驚くオレ達をよそに、のどかちゃんは包丁を奪うとにんじんを切りはじめた。にんじんを鷲掴みにし顔を包丁に近づけているけど刃物に怯えていない。むしろ慣れている。


 自閉症に包丁を持たせるのは、赤ん坊に包丁を握らせるようなものだと思い込んでいた。

 オレ達が制限してどうする!


「なーんだ、できるじゃん。サイコー!!」


 茶髪ママが盛り上げると、のどかちゃんはウフフと笑った。

 そして、笑いながらオレに指摘する。


「ジャガイモの皮がついてまーす」

「はーい。下手でごめんなさーい」


 ジャガイモはかなりデコボコなので、ピーラーでは綺麗に削り取れない。

 苦戦するオレにのどかちゃんはアドバイスをしてくれた。


「お母さんは、アゴでとります」

「アゴ⁉︎ 食材に口つけるのは衛生的によろしくないような……」

「アゴはここです」


 そう言って、のどかちゃんは包丁の角っこを指差した。包丁使うの? うん無理。


「オレはのどかちゃんのお母さんじゃないので無理でーす」


 手洗い場でジャガイモについた土を洗う。ごく僅かに残った皮がちらほらと……のどかちゃんジャッジで即アウトだな。

 オレは頑張った。あとはボランティアに押し付けよう。

 ジャガイモの芽は毒だが、皮には栄養があるだろう。違ったらごめん。


「誰かぁ。一人だけ来てぇ。火ぃつかなぁい」

「行きまーす」


 ちょうど手が空いたので、かまどのヘルプへ行く。

 苦戦しているガングロママの後ろで、けんすけくんが唸っている。


「なんかぁ、新聞紙に着火したんだけど、それから木に火が移んなくてぇ。マジ意味わからなくね?」

「マジ? てかこれ、薪をジェンガーのように組み立ててみたら? 風の通り道を確保すればイケるっしょ」


 おっと、口調が移った。すごいなギャルは。感染する。


「君、経験者?」

「一回だけ、家族でキャンプしたので」


 たった一回というのもずっと前である。ほとんどうろ覚えだけど、それなりに楽しかったことは今でも覚えている。

 薪を組み立ててみると、うまくいった。


「やべぇ。天才じゃん」

「でも火力や向きの調整はできないので。あしからず」

「いーの、いーの。火があればご飯は炊けるしカレーも作れる。それじゃあけんすけくん、ご飯を火の上に置いて」


 けんすけくんはそっと飯ごうをおくと、まじまじと火を眺めだした。


「ところで、けんすけくんはお米を洗ったのですか?」

「ううん。興味津々で洗うところを見ていたよ」

「好奇心が旺盛ですね」


 やりたがったり、質問をしたりしないけど、好奇心が旺盛。

 オレのアネキも参加はしないけど、見るのは好きな性格だったな。


「いろんなものに興味を持つって素晴らしいよぉ。才能だわ。ウチの子なんて、食にしか脳がない」


 ガングロママは呆れて大きなため息をついた。


「美食家ですか」

「ただの大喰らい。ほら、あそこ。何にもしないでボーッとしているデカブツ」


 デカブツですぐに見つけた。

 大柄な体型のせいで、高校生以上に見える。口を半開きにして、黒目を空に向けている。

 このぼんやりとしている様が、いかにも自閉症っぽいと思うけどな。


「いろんなタイプの自閉症がいるのですね。のどかちゃんのように、指示を出したり料理ができる自閉症ははじめてです」

「ウチの子、チャーハンなら作れるよ」

「え⁉︎」


 う、ウソでしょ?

 だって見るからに協調性どころか自主性もあるように見えないんですけど。

 食に対するこだわりが強いから、簡単な調理をするだけの知能はあると? でもチャーハンって、難しくないか?


「中学にあがってからレンジで温めるすべを覚えて、そのうち炊飯器の使い方もマスター」

「食に関すると知能があがるのですね」

「そう、賢くなる。ここまできたら、ご飯を炊いて、冷凍のミックスベジタブルと炒めるチャーハンくらい作れるわな」


 レンジを使える? それだけでも充分すごい。そのうえ、炊いたり炒めたりできるなんて……。


「めっちゃ頭いいですね」

「だが詰めがあまい。食べ終わったら洗わずに棚に片付ける。だからもっと怒られる」


 怒られるから隠すのか。これは賢い。本当に自閉症なのかと疑うレベルのIQの高さである。

 ……うん。わかってる。さっきから、偏見で人を見ている。

 姉を基準に自閉症の人物像が形作られたばかりに、簡単な会話ができる子や一人で料理ができる子に驚きを隠せない。

 自閉症は、知能に偏りがあると聞いたけど、思っていた以上にできることが多い。


 新しい発見の連続だ。


「そういえば、アネキは出されたものしか食べません。家族全員と離れ離れになったら、餓死しそうで怖いです」


 寿命で親が先にバイバイしてしまうから……オレしか姉の面倒をみる人がいないのか?

 弟は非協力的だし、オレの負担重くない?


「シェアハウスやヘルパーがあるよぉ」

「シェアハウスって、老人ホームの自閉症バージョンみたいな?」

「そーそぉ。家族だからって、嫌々お姉さんの世話しなくていいんじゃない?」


 ガングロママの家庭は、妹さんが自閉症の兄を毛嫌いしている。

 そうか。世の中には、障がいのある家族の面倒をみたくない人だっている。

 シェアハウスに住まわせた方が、妹さんは負担にならずお兄さんは快適な生活を送れる。


 だけど、それは寂しいと思う。

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2025年1月14日 07:00
2025年1月20日 07:00
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    ヤスダとオレ  @n14kem

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