さしゅごしゅ! ~好き好き大好きご主人様~

にーりあ

.exe The Island

第一章 魔王倒して勇者退職。悠々自適な『第二の人生』を楽しむぞっ!

Love Song 探して―プロローグI

俺は魔王を倒した。


俺に魔王退治を依頼した王は国を挙げて祝い、姫をやると言ってきた。


姫は十代半ば。王様の血を引いているのか疑わしいくらいの美人。


俺としては、結婚することには否はない。


けれど俺にはわかる。それは選んじゃいけない選択肢であると。


女が政略の道具として結婚をさせられるのはこの世の常。好きになった相手と結婚する――そんな自由なんて貴族の世界にはない。お父さんが嫁に行けと言えばいかなければならないのがこの世界の文化である。


だが俺は魔王との戦いの果てに新たな世界を見た。


こことは違う、ゴーレムが世を支配する世界――いや、ゴーレムではない。エアイとかいう神の現身がそこかしこに溢れている怠惰な世界。俺はその世界で禁断の知識に触れてしまった。


押し付けられた結婚の裏側を描いた物語。その禁書の名は――【えぬてぃーあーる】。


禁断の知識は触れた者の脳を破壊する。結婚という血の盟約に潜む真の恐怖をワカラセに来る。


姫にも好きな人がいたかもしれない。


愛を誓い合った男性がいたかもしれない。


それが表に出ることはないし、俺にもその真偽を知るすべはない。王の命令に抗えずやってきた姫。俺と結婚する姫。そしてある日我が家に訪れる姫の幼馴染。「大きくなったら結婚しようね」なんて約束をした髪の毛金髪サラサラのイケメン。


何故ないと言い切れる?


何故姫が俺を選ぶと言い切れる?


よしんば姫が処女であったとして、でも俺との結婚後産まれてきた子供が俺に全く似ていなかったらどうする? 姫の不貞を責めるのか?


もしも――もしもだが。そこで本当は俺こそが意図せず両想いの二人を引き裂いていたなんて証拠が出てきたら。そうしたら俺はいったいどうすればいい。そんな背景が実在していたら俺は間違いなく良心の呵責に押しつぶされてしまうだろうワンピースが世界をひっくり返すように。


怖い。そんな仮説が頭に浮かんでしまってはもう姫と男女の機微を営むなんて事はできない。我が世の春が来たなどと自分に都合の良い解釈だけを周りに押し付けて人生を謳歌する事なんてできない。出来るわけがない。


――俺には、できない。


姫が好きになった男から姫を寝取るNTRなんて俺にはできない。姫が俺のナニを気に入って快楽落ちするなんてことは夢物語で現実にはそんな展開など起こり得ない。あれはフィクションだ、あんなものは芸術聖典ウスイホンの中の物語であり全て虚構だ。そんなものは男のロマンを書き連ねただけの薄汚い虚無に過ぎないんだよ。


俺は幻想にはなれない。勇者とはいえ俺は異界の知識が示す所の「ヒト科ヒト」という生物に過ぎないのだ。マックスハードボイルド俺ツウエエエな存在として生み出された代償に決して真実の愛を手にすることが叶わぬ憐れな存在、それこそが俺なのだ。押し付けられた結婚など罠でしかない。結婚した後で真実が爆発したら致命傷不可避。俺には無理だ。きっと俺は自分を許せない。俺は自分の分というものを知っているから。


固ゆでな俺は、故に、その申し出を丁重に辞退した。


そうしたら王は、今度は爵位をくれると言った。


伯爵だって。


そういうのって、急な思い付きでホイホイ準備できるものなのかな。


あ、今思い付いたわ。みたいな感じ演出してるけどそんなわけないじゃん。


おおかた姫と結婚させるために、相手が勇者とはいえ平民だと格好がつかないから俺の家格を調整する目的で事前に準備しておいたんだろう。


そう。俺は勇者と言えど平民だ。


もっといえば、卑しい孤児の出だ。


貴族からすれば平民を敬うなど絶対にやりたくないお仕事。魔王を倒した手前貴族らはみんな俺のことを「勇者様」「勇者様」と称えてはいるが、内心ではハラワタ煮えくりかえっているだろうさ。悪いけど、あんまり頭の良くない俺にだって流石にわかるんだよね。貴族らの望んだ結末が魔王と勇者の共倒れであるなんてことはさ。


しかし俺は生き残った。生き残ってしまった。奴らからしたらこれは苦いトゥルーエンド。


物語はハッピーエンドで終わらなきゃね派からは不満噴出。王家には謎の投書が毎日届いているに違いない。もうその輩どもは俺を始末したくてたまらないだろう。


だが俺を暗殺するという手段は次から俺にマークされるという危険を伴う諸刃の剣。素人にはお薦め出来ない。


だから。


王は俺を抱え込んでおきたいのだ。貴族が王家に向けるヘイトを勇者に集めて、さらに勇者を王家の番犬として飼い、庭に侍らしておくのが王様の出した最適解と。


まぁ確かに俺は危険な存在かもしれない。触ったらやけどするぜ? な、固ゆでマンだからにして。魔王を倒したキラーマシンなんて危なくて放っておけるはずもなく、国政を預かる身としては何としてでも首輪をつけたいと、そういうことだろう。


はてさて困った。


これを断るとどうなるか。


勇者包囲網かな? 新魔王とか呼ばれるかな?


第二の魔王呼ばわりとか笑っちゃうけどありそうで怖い。因縁をこじつけて周辺諸国と討伐連合を組んじゃったりして。いやいやどうかな。それもありそうっちゃありそうだけどそういう正攻法でくると考えるのは短絡的かもしれない。正面切って戦って俺に勝てるなら人々の手で魔王は倒せただろう。


きっと俺が想像もつかないような発想でなんやかんややってくるに違いない。ご飯を食べに来たら料理に虫を入れるとか。綺麗なウェイトレスに「バカ」って書いた紙を俺の背中にはっつけさせるとか。勇者を見た国民に「犬のウンコ踏んで気がつかないやつ~」とか悪口を言って逃げさせるとか。そういう嫌がらせ・風評攻撃を行政指導するかもしれない。


うーむ。なんて恐ろしいのだ貴族という生き物は。考えただけで身震いする。是が非でもそんな未来は避けたい。ここは後ろ盾を求めてどこかの大国の子飼い冒険者にでもなろうか。


いや、それはダメだな。国際問題に発展してこじれたら俺なんぞポイ捨てされる。忘れないでくださいどんとふぉーげっと勇者といえど所詮は平民。貴族どもの特権意識ときたら教会の上級神職並みに度し難いのだ。奴らは決して俺のことを同じ人間とは認識しない。そもそも王女の婚姻話を袖にした時点で俺の未来は暗い。


あれ、今考えたらそれはそれで「ほもぉ……」な風評攻撃のソースにされかねないのでは?


まずい。それだったらせめて王の爵位作戦に乗っかった方がまだマシかもしんない。


アレも嫌これも嫌は通らない局面。名案なんて浮かばないし、これ詰んだのでは。あー、これ無理だわ。王手飛車取りだわ。もう乗るしかない。はぁ。はぁもう。これはなんていうか、しょうがないのかね。なんか考えるのだるくなってきた。困ったらその時考えればいいんじゃないかな。うん。僕はもう疲れたよぱとらっしゅ。


そういう経緯で俺は伯爵位だけは受けることにした。


勇者は王の家臣。そういう建前さえ整えておけば許してもらえる。と、思っているんだけど、どうかな。


大丈夫だろ。


大丈夫だよな。


大丈夫だったらいいなぁ。


ひっそりと過ごしていく分には多少融通を利かせてくれるんじゃないかなと、わたくしは切に願う次第であります。


ほんと。おねがい。なにとぞ。

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