後輩は言った「お話しできませんか」


 さすがにこれ以上遅れては怪しまれるかもしれませんのでしたので、一旦部屋という名の図書室に戻ってきました。


「……おっ? おかえり」


 私に気づいて声をかけてくれたのは先輩Aでした。

 どうやら他のみんなは勉強に集中しているようで、こちらには気がついていません。

 意外なことに、先輩BとDも机に向かって勉強しています。

 ただ、頭の上にコブがあるので素直に感心は出来ませんでした。

 きっと先輩Aでしょう。


「先輩はもういいんですか?」


「俺は一定時間以上勉強はしないことにしてるんだ」


「はぁ……? まあ、終わったならいいです。ちょっとお話しできませんか?」


 私は今すぐ逃げ出したくなる足を抑えつけ、勇気を振り絞って先輩Aに……真鍋先輩に言いました。

 先輩はいつになく真剣な私を見て、一瞬驚いた表情を見せました。

 と言っても、話すようになってから数日も経ってませんけど。


「後輩、お前の勉強はいいのか?」


「はい、大体はいつも帰ってからやってますから」


 私たちは他のみんなの勉強の邪魔にならないように小声で話しています。


「場所を変えるのか?」


「……できれば」


 先輩のくせに察しが良すぎます。

 生意気ですね。

 私の震える足を見られてなければいいんですけど、先輩は一度も下を見てませんし大丈夫でしょう。


「庭以外な。あのメイドさんになんか来る時見られてたし……」


 綾瀬川さんも綾瀬川なら、先輩も先輩ですね。

 まさか気づいていたとは……。

 先に先輩が部屋を出て行った後、何を勘違いしたのか、先輩Bが「がんばっ! 男なんて攻めればみんなイチコロよ!」と小声で言ってきた時には本気で怒りを覚えました。

 遊んでないで勉強してください。


「……悠人のこと、よろしくな」


 私が部屋を出る直前、本気で心配そうな顔でそう呟いた先輩Dの言葉が、やけに耳に残りました。



 ◆



 部屋を出た後、俺はなんとなく窓の外を覗いた。

 この豪華な屋敷なら、景色もさぞいいんだろうな、と思っての行動だった。

 案の定、景色はとても良かったが、すぐ下には先ほど来る時に見た、というより見られていた綾瀬川さんというメイドさんがいた。

 さっきの洗濯とは違って、今度は庭の掃除をしており、かなり忙しそうだった。

 俺が彼女を眺めていたのは僅か二秒足らずだったのだが、メイドさんは俺の目線に気づき、顔を上げて手を振ってきた。

 その気配察知能力には、某アニメのフリ○ザさんもびっくりである。

 俺も驚いてとっさにデス○ボール投げそうになったし……。

 いや勿論投げれないけどね?


「先輩、第1ベランダに行きますので、ついてきてください」


「第1ベランダ、ね……」


 一体いくつあるんだろうか……。

 俺の家より大きいベランダとか言うんじゃないだろうな?

 いや、もう別にそうだったとしても驚かんけども。

 後輩について行くこと二分ほど。

 短いようで、家の中の移動と考えれば物凄く長い時間を移動した俺たちは第1ベランダに到着した。


「……で、話って?」


「いきなり本題急かします、普通? ……先輩、女心分かってませんね」


「後輩も早めに終わらせた方がいいんだろ」


 足震えてるしな。

 話の内容も長々としたいようなものじゃないんだろう。

 それが分かっていてわざわざ前置きをしようとは思わない。


「バレちゃってましたか。はぁ〜〜……」


 後輩の長いため息。

 その一つ一つの仕草が、アイツとダブって見える。

 ここを離れたいと思っているのは、本当は俺の方なのかもしれない。


「先輩の過去を、噂を、今日、知りました」


 一句一句区切ることで、内容を噛み締めながら言葉を紡いでいく後輩。

 俺も余計なことを考えることはやめた。


「今まで知らなかったのかよ……」


 周りの知り合いはみんな知っていたことだ。

 知って、悲しんで、哀れんで……俺に上っ面の言葉で慰めてくる。

 俺はそれが嫌で、生徒会長になった。

 普段出さない本気を出して、誰も気軽に俺に話しかけられないように……。


「驚きました……驚いて、悲しんで……」


 そして、哀れむ。

 それが、ほとんどの人間だった。

 隼人や日向でさえ、初めはそうだった。


「――嫉妬しました」


 ――は?


「嫉妬?」


「はい、嫉妬です。やっぱり醜いですよね、私……」


 何を言っているのか分からない。

 後輩が何を言っているのか……俺には分からない。


「嫉妬していた事実さえ、さっき分かったことなんですけど……先輩は覚えてますか? 去年のオープンハイスクールのこと」


 去年……?

 確か、五月だったか……アイツがいなくなる、数日前だったはずだ。

 俺は一年生ながら、帰宅部で暇だという理由で強制的に手伝いに参加させられていた気がする。


「あの日なんですよ……私と先輩が初めて出会ったのは……多分、覚えてませんよね」


「……悪い」


「――っ!? ……いえ、分かってたことですし」


 後輩は俺に背を向けた。

 その理由が分からないほど、俺は鈍感ではなかったが、鈍感でありたかった。

 ……気づきたくなかったんだ。

 次に来る言葉も、聞きたくなかった。


「それでもですね、ええ、それでも……私は……」


 だから逃げた。


「俺は……もう、あの事故は気にしていない」


 もし、受け入れてしまえば壊れてしまう。

 そんな気がした。

 一度言った言葉は取り消せない。

 一度聞いてしまったなら、答えなければいけない。

 俺は、一人の女の子が、足を震わせてまで出した勇気を――――踏みにじった。



 ◆



 屋敷の中に戻って行く先輩を見送った後、私の足は限界を迎えました。

 ほんの少し話しただけなのに、ベクトルは違えどマラソン大会で走りきった後と同じくらい疲れを感じました。


『ちょっと楽しそうにも見えました』


そう綾瀬川さんは言っていたけれど、それが本当だったのか、私には分かりません。

 初めはお友だちになろうとしてただけだったのに、いつのまにか、先輩のことを考えるだけで胸が苦しくなるようになっていました。

 今、私は自分の顔が真っ赤になっているのが分かってしまいます。


「…………先輩のばか……」

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先輩と後輩では終われない! プラネタリウム @makaronDX

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