後輩は言った「シスコンさんなんですか」


 冬ってさ、寒くて寒くて寒くて寒くてホントにいいことないよな。

 リア充共はクリスマスでワイワイ騒いでいるが、きっとその多くがクリスマスについて理解していないだろう。

 クリスマスはイエス=キリストの誕生日ではない。

 概要は自分で調べろ。

 そして分かったらパンでも食ってろ。

 俺は今、そんな気分なのだ。

 つまり俺は何が言いたいかというと――


「……帰るわ」


「まてまてまてまて!」


 俺の腕を掴み取り、全力で止めるのは元親友のアホの隼人だ。

 相変わらずあほずら晒してやがるな。


「元じゃねぇよ、現役だよ! ……だよね? それにまだそのネタ続いてんのか!?」


 ツッコミお疲れ様です。

 まあ、別に俺も隼人と日向に勉強を教えるだけなのであればやぶさかではなかった。

 何故なら、それはいつも通りだからだ。

 しかしながら、今回は少々事情が異なる。


「「今日一日、よろしくお願いしますっ!!」」


「よろしくお願いしますね、先輩?」


 日向のメールを受け、感激しながらやって来た後輩たち。

 後輩たちの中でも、幸村後輩だけはいつも通りの態度で馴れ馴れしい。


「よろしくニャ〜!」


 猫語尾で元気よく返す日向のコミニケーション能力が半端ない。


「……で、何処でするんだ?」


「んー、いつも通り悠人の家でよくねぇか?」


「か、かかか会長の家ですかっ!?」


 驚きで目を見開いたのは胸の大きな後輩の一人、確か名前は佐藤だったか……いや、後輩Bでいいか。


「なぁに驚いてんの? もしかして惚れちゃった?」


 日向のからかいにアタフタする後輩Bだったが、それは俺も恥ずかしいからやめて欲しい。


「今日は妹が友達呼ぶらしいから無理だな。大人数呼んで勉強なんかしたら、遠慮されて白けちまうかもしれないし」


「へぇ〜、先輩ってシスコンさんなんですか?」


 首を傾げる幸村後輩こと後輩A。


「……なんでそうなる」


 本気で尋ねてそうなのが恐ろしい。

 コイツの思考回路はどうなっているんだろうか?


「う〜ん、なら誰かの家空いてねぇか?」


 ここにいる全員見渡して隼人が言った。

 たしかにそれが手っ取り早くはあるが……


「女子の家に上がり込みたいならそう言えばいいじゃん?」


「それな」


「同調すんなよ親友!?」


 元だ、元。

 それにもし空いていても、初対面の男子をあげていいと思う女子はいないだろう。


「うち空いてますけど……来ます? ここからも結構近いですし」


 前言撤回。

 いたわ、初対面の男子をあげていいと思う強者が。

 その名も――……なんだっけ?

 たしか山手だった気がするけど、後輩Cでいいな。


「よしっ! じゃあ決まりだなっ!」


「「「……きも」」」


 俺、日向、後輩Aの声がハモッた。


「俺に対するあたりだけキツくねっ!?」


 これが人生というものだ……強く生きろよ!

 というか、さり気なく初対面の先輩を罵倒する後輩Aってヤバいな。



 ◆



 後輩Cの家は一言で言ってしまえば大豪邸だった。

 ウチの学校付近にこんな大豪邸があったことに驚きである。


「後輩、あれは本物のメイドか?」


 俺が見ている先にはメイドらしき服装をしている人が洗濯物を干していた。


「はい、本物ですよ。ウチで雇っている専属メイドの綾瀬川さんです」


 迷いなくハッキリと答える後輩C。

 驚いているのは俺だけではなく、隼人と日向も開いた口が塞がっていなかった。

 残りの後輩たちは既に何度か来たことがあるのか、自然体だった。


「私も初めて来た時はそうなりましたけどね〜。もう慣れました」


 そう言って先に進む後輩Cに追従する後輩A、B。

 呆気にとられている二人の腕を引っ張り、俺も二人についていく。

 屋敷と呼ぶに相応しい家に入ると、中には割ってしまったら幾らで弁償させられるのか計り知れないほど高価そうな絵画や置物が飾ってあった。


「お嬢様って実在したんだな」


「ヤバイよ、さすがの私もここでは騒げないよ……」


「あれ、近づくのも怖ぇよな……」


 完全に萎縮してしまい、まるで先輩としての威厳が感じられない二人。

 この二人は何度来ても慣れそうにないな。

 家の中ではあるが本当にしばらく歩いたところで、後輩Cは止まった。


「ここが私の勉強部屋です」


「勉強部屋!? 自室じゃなくて!?」


「キモいですよ、先輩D」


 躊躇いなく暴言を吐く後輩B。

 先輩AとBはここにいる俺と日向として、先輩Cはどこに行った……。


「メイドの綾瀬川さんです」


 たしかに人生の先輩だな。


「自室は三階にあるので。さすがに先輩といえども初対面の男性を部屋に上がらせるつもりはないですよ」


「ドンマイ隼人」


「ドンマイ大谷くんっ!」


「俺にそんな意図はねぇよ!」


 そんなに必死に否定しなくても分かってるさ。

 うん、分かってる分かってる。


「まぁ、正直どうでもいいから早く勉強始めよう」


「……そうですね」


 戯れている先輩らしき二人をおいて俺たち四人は先に勉強部屋という名の図書館に入っていった。

 入ってから再度驚愕したのは言うまでもない。



 ◆



 私が言うのもなんですけど、先輩のお友達って威厳皆無ですよね。

 日向先輩とはラインアカウントは交換していてもほとんど会話はしたことがなかったので、どんな人か知らなかったわけです。


「類は友を呼ぶってことですかね?」


「どういう意味だコラ」


 言葉の内容とは裏腹に、さっきから英単語ターゲットという単語が網羅されている本から目を離さない先輩。

 それでいて集中できているところに、雫と愛香も感心しています。

 ちなみに残りの先輩方お二人は全く関係のない本を本棚から漁って取り出し、その場で読んでいました。

 何をしに来たんでしょうか?


「あの、ここを教えて欲しいんですけど……いいですか?」


 どこか遠慮がちに尋ねる愛香は、先輩が近づくと顔を赤くして俯いてしまっています。

 ちょっぴりモヤっとしますが、勉強に集中ですね。


「成る程な……君、その勉強の仕方あんまり合ってないよ。君は多分、書いて覚えるより読んで覚えるタイプだ」


 先輩は愛香の分からない問題を教えた後、大前提とも言える勉強方法について指摘していました。


「俺もそっち派だから、よく分かるよ。さっきだって単語本にある単語を頭の中で読んでいたからね」


「な、成る程……」


 楽しそうに話す二人を見ていると、なんだかモヤモヤが募ってきて我慢できなくなり、私は席を立ちました。


「有栖?」


「……ちょっとお花摘み」


 まるでいつもの先輩のようにぶっきらぼうに返してしまったことに後悔しながら、私は部屋を出て行きました。



 ◆



「どうしたんだろ、私……」


 部屋を出た私は勿論トイレには行かず、庭に出てきていました。


「恋の悩みですか? 有栖さん」


「――っ!? 綾瀬川さん……」


 これは恋、なんでしょうか?

 正直、恋愛関係に疎い私にはよく分かりません。

 男子から告白されたことは何度もありましたが、ちょっと違うかな、と思って今まで一度もお付き合いしたことはありませんでした。


「お相手は、あの寂しそうな男の子ですね?」


「寂しそう?」


「ええ、寂しそうです。でも、ちょっと楽しそうにも見えました」


 綾瀬川さんはいつもこうです。

 私にはよく分からないことを突然言い出し、後でそれが正しかったこと私はを知ります。

 今回もそうなんでしょう。

 しかし、それでも今回も私は信じたくありませんでした。


『――――生徒会長の幼馴染よ』


 同じ言葉が頭の中を駆け回ります。

 綾瀬川さんは寂しそうと言いました。

 理由など決まっています。

 私はそんな先輩のことを知っているのに、嫉妬してしまいました。

 そうです、嫉妬です。

 分かってしまいました。

 そう分かってしまったのです――


「私は――――先輩が好きだ」



 ◆



 出逢いは中学生の頃。

 本当に些細なことでした。

 オープンハイスクールで、自転車の鍵を失くしてしまった私に面倒くさいと愚痴を言いながら、三時間近く一緒に探してくれた人。

 あの時に彼女がいたことを知っていれば、違ったのかもしれない。

 いや、それもないですね。

 だって、私には、あの言葉を忘れることなんて出来そうもないですから――


『俺に三時間も熱中させる君、すごいなぁ……』


 あの時、先輩は本気で感心していました。

 当時は先輩の性格をよく知りませんでしたから、それが普段の先輩ではあり得ないことだとは知りませんでしたが、それでも嬉しかったのです。

 まるで、私だけが特別なのだと思ったから……。

 私がこの学校に入学することに決めたのは、あの時からかもしれません。

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