おわりの彼の話

――彼女は、変わっていなかった。

寄る年波に姿が変わっていても、その目に宿った光は変わらなかった。


かつて、最後に目が合ったその一瞬。

そこにあったのは、何かを問いかけるような光だった。

今思えば、それは、妖精シオーガは何処へ行き着くのかと問う光だったのだろう。

帰れないと答えた僕に、彼女はそう思ったということだ。

そして、それは今なお変わらず、老いた彼女の目に宿っていた。


もう、僕はどこにでもいる善き人々ディーネ・マハの一人でしかなく、僕個人であると認識されることすら曖昧になりつつあるが、それでも彼女は僕という存在を覚えていてくれた。

妖精シオーガとしては、よくある連れ去られたさまよえる魂でしかない僕を、だ。


その内、彼女の話を聞き留めた語り部シャナヒが現れ、語り継がれるとしても、妖精シオーガとなってしまった僕の名前は留まらない。個人として残らない。

彼女の名も、語り継がれる内に、数多いる妖精シオーガと遭った者に埋もれてしまうだろう。


さまよえる魂でしかない僕は、いずれ彼女を呼んだ葬式の主役のように、いつかの終わりは約束されている身だ。

それでも、キリスト教という信仰の枠外に――民間での信仰ですらその先を見いだせていない状況で、彼女の祈りの存在は、という陽の差さない暗がりにも似た不安を照らす小さな蝋燭だ。

そう、彼女のような存在は希少だ。

妖精シオーガとしての意識と規則に呑まれている僕にとっては、縋りつきたくなるほどに、目映く尊いきらめきだ。

それで、本当に救われるかどうかはともかく、この本来よりも長い生につきまとう不安を照らすだけなら十分だ。

同時に、彼女の心をこちらに縫い留めてしまった事に、人としての罪悪感と妖精シオーガとしての満足感を抱えるとしても。


妖精シオーガ――善き人々ディーネ・マハは此処にいる。

それが本当に僕らのような善き人々ディーネ・マハと呼ばれる存在でなくとも。

それでも、むこう側のは此処にいて、折を見て戯れに干渉をしながら、確かに在るのだ。

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Tá daoine maithe ann.――善き隣人は、其処に居る 板久咲絢芽 @itksk_ayame

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