氷炭相容れずとも想う。
「どれ、少しお邪魔してもいいかな」
容姿端麗な青年が烏兎たちの住処に現れたのは、
「あれ、兄ちゃん……尻尾?」
「これは失礼。久方ぶりに大規模な幻術を使ったらこの有様さ」
九つに分かれた狐の尾を腰元で揺らしながら、青年は微笑んだ。
「お互い歳は取りたくないものだねぇ。そうだろう、
青年は気安い調子で、
「
「はは、玉露は相変わらずだね。あやかしの王である僕にそんな口の聞き方をするのは、君くらいのものだよ」
「裏切り者の
恨み節であっても、饒舌な祖母の姿を
「まぁそう言わずに、僕の
白は座禅を組んで、烏兎と向かい合った。彼の涼しい表情に、緋奈を失った傷心さえも見透かされているようで、烏兎は居た堪れない心地を味わう。
「横たわったままで良い。玉露も聞いてくれるかい?」
玉露がふんと鼻を鳴らし、白はそれを承諾と受け取って続ける。
「実は烏兎くんのために、修羅に落ちようとした女の子がいたんだ」
抽象的な物言いの白の真意を、烏兎は幼いなりに汲み取ろうとした。麓の騒がしさと何か関係があるのだろうか。もしかすると緋奈の身に、何かが起きたのかもしれない。
「この山はね、今も人里の者たちの中で燃え続けている。僕たちあやかしも、魑魅魍魎の
「……緋奈は、緋奈は無事なの?」
祖母の前であるにも関わらず、堪らなくなった烏兎はその名を口にした。
「無事だよ。それに彼女だけは、僕の幻覚の外にいる」
白の告白は希望の言葉であり、同時に苦悩の続きを意味していた。感情をまっさらに戻して平穏を生きる里の者たちと、光と闇の確執を背負ったままに迷いながら生きる緋奈。それはまるで、烏兎と玉露のように対象的な存在である。
烏兎が次の言葉を懸命に探していると、玉露が激しく咳き込み始めた。
「玉露、煎じてあげるから薬を飲みなさい。烏兎くんを
「ふん、貴様の施しなど受けぬ」
玉露の剣幕に、白は困ったように微笑んだ。
「ありがとうございます。白さん、もうひとつお願いが」
「尾を隠す術を俺にも教えてください。この羽根さえ無ければ、俺は人里に出られる」
つい荒くなりそうになる語尾を抑える烏兎に、白が凛として答える。
「構わないけれど、茨の道だよ。誰も幸せになれないし、次の争いの火種になるかもしれない」
「それでも俺が迎えに行かなくちゃ、緋奈は苦しいままです」
烏兎の真っ直ぐな瞳に、白は満足気に頷いた。緋奈が惹かれた理由を、そこに
「それに白さんも同じでしょ? 尾っぽを隠して人里に降りているのはどうして?」
唐突に子供の眼差しに戻って問う烏兎には、
「じっくりと話して聞かせてやるわい。おい白、さっさと薬をよこさんか」
頭を掻きむしりながら、白がやれやれと言った。
「気難しい婆さまを持って、君たちの未来は前途多難だね」と──。
そらにはからす、ちにうさぎ。かはたれどきに、ゆめをみる。 五色ヶ原たしぎ @goshiki-tashigi
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