カーテンコール

アキしか読んでないじゃんかー!

古典推理小説愛好者アナログ・ヘビー・ミステリアス殺人事件』は、鳴かず飛ばずだった。仮想空間インターネットの小説投稿サイトを見るユイの目には【PVプレビュー20】という文字が反射している。各話のPVを表示したページに移行する。すると各話のタイトルの横に数字の1がずらりと並んでいた。これは、全話を誰か一人だけが読んだ事を意味していた。

「アキしか読んでないじゃんかー!」

という事は、この作品はある意味クローズドサークルなのでないかとどうでもいい考えがユイの頭に浮かんだ。

 ユイはイライラとしながら、仮想空間の投稿サイトのトップに飛んだ。車椅子のタイヤを指でとんとんと忙しなく叩く。最近出来た小説投稿サイト【W&Rライト・アンド・リード】にはまだあまり書き手がいないので、他の小説投稿サイトから移行してきた、元のサイトで人気があった人物たちが各小説ジャンルのトップを独占していた。

 ユイはそれが気に食わなかった。

「新しいサイトが出来ても、人気作家たちが移行してくるんじゃ、ボクみたいな底辺作家はいつまで経っても浮上出来ないじゃないか! 自重って言葉を知らないの!? 本当にもう!!」

 元はといえばユイの実力が足りないだけではあるのだか、自分の作品に自信があったのだろう。もしくはアキが協力してくれた事もあって、どうしてもこの作品で一発当てたかったのかもしれない。ただこの作品は、【祖父との愛】であったり、途中で死ぬ男のセリフである【次は俺なんだよ】といういかにも伏線らしいものを放置していて、ミステリィとしては不十分ミステリィ・イズ・ノット・イナフな内容である事に、本人は気付いていない。

 完全に拗ねてしまったユイは、スコップ――いまだ評価されていない良作を見つけ出す行為――を始めた。ランキング上位の作品には見向きもせず、ひたすらに仮想空間の深部へと目を向けた。一つ、二つと面白そうな作品に目をつけていくと、昔に自分が書いた『愛のパズル』と同じタイトルの作品を見つけた。

「あれ? このサイトに『愛のパズル』は投稿してないはずなんだけどな……」

 ユイは誘われるように、その作品のページを開いた。

 その作品は同性愛に関する作品だった。主人公は同性愛に厳しい社会の中で、一人の女性に恋心を抱いている。女性は主人公と幼馴染で、主人公は昔からどうにかして彼女を振り向かせようとする。鈍感なのかわざと分からない振りをしているのかは分からないが、彼女は主人公の恋心に気付かない。その過程が面白可笑しく描かれていながら、心に微かな切なさを残す筆致はなかなかに巧みなもので、ユイはその作品に夢中になっていった。その作品はまだ未完成で、小説投稿サイトの出版をかけた公式イベントの最終日に向けて毎日少しずつ更新を続けているようであった。

「これ、すごい面白い!! スコップってやっぱりやめられないな〜」

 ユイはSNSに『この作品すごい面白いからみんなも読んでみてね!! ボクのオススメ!!』と投稿したが、ユイにはフォロワー自体が少なく、その投稿が誰かの所に届いているのかは甚だ怪しかった。ただ日に日にPV数を増やしていき、ランキングで上位とまではいかなくてもそこそこ良い所に浮上するようになってきた『愛のパズル』を読み進めながら、ユイはこの作品を初期段階で見付けた事にどこか満足していた。

「あ〜、本当に面白い!! このまま伸びていけば、書籍化も夢じゃない気がするよね。羨ましいけど、純粋に楽しみでもあるなぁ」

 独り言の多いユイではあるが、いつも以上に今日は独り言が多い。

 それは、

「どうしたんですか? さっきから一人で喋って」

 アキが近くにいるからだろう。

「仕方ないじゃん。アキが相手してくれないんだもん」

 笑いながらアキはユイに近付いた。

「ごめんなさい。ちょっと最近趣味が出来てそれをしてたんです」

「ふーん、まあいいけどさぁ。ふわ〜」

 小さな体を伸ばしてユイは欠伸をした。『愛のパズル』を読み進めていく内に、負けていられないという気持ちが湧き上がってきて、また新しい作品を書き始めて徹夜をそてしまったのだった。

「ユイちゃん、ちゃんと寝てますか?」

「うーん、昨日はそんなに寝れなかったかも」

「しっかり寝ないとダメですよ。そうしないと回る頭も回らなくなっちゃいますから」

「そっかー、でも一人だとついつい書いちゃうんだよね」

「それじゃあ、自分が膝枕でもしてあげるので、少しは寝てください」

「えっ、いいのー!」ひょいっと腕の力で車椅子から降りて前に立つアキの胸へと顔を埋めた。「早く早くー!」

「もう子どもじゃないんですから」

 そういいながらもアキには、嫌そうな様子も面倒くさそうな様子も微塵も感じられない。

 アキはユイの体をしっかりと両手で支えて、カーペットの上にユイを寝かした。そうして、その横に正座すると、そこにユイの頭を乗せた。ユイは満面の笑みでありがとうというとすぐに眠りにつき始めた。そして小さな寝息を部屋に響かせる。

「こんなに疲れるまで、頑張らなくていいと思うんですけどね」

 アキはユイの頭を撫でながらそういった。

 アキはしばらくそのままでいたが、しばらくすると新しい趣味に没頭するべく仮想空間にアクセスした。


 ユイは感動して涙を流していた。

「良かった、本当に良かったよ」

 小説投稿サイトで見つけた自分の作品と同じタイトルの小説『愛のパズル』は完結と同時にランキングのトップに立っていた。ランキングトップの作品は出版される。とはいえ、まだ小説投稿サイトの公式イベントは終了したわけではない。しかし『愛のパズル』がランキングトップになっている状況が嬉しくて、ユイは作者にコメントを残そうと思った。よく考えるとユイは作品を追うばかりで作者の事を気にしたのは今日が初めてだった。

 作者名は、

「おおぬえ……ゆうえん? って読むのかな?」

 大鵺優縁。男性か女性かも分からない名前だった。SNSはしていないようだったので、ユイは小説投稿サイトの近況報告ページにコメントを書いた。

『大鵺さん、初めまして。作品を最初の頃からずっと読んでいました。とても面白かったです。そして、ランキングトップおめでとうございます。出版された暁には、かならず買いに行きたいと思います』

 そのコメントを送信したと同時に、アキの携帯端末から音がした。それは、ユイが登録している小説投稿サイトにコメントが来た時になる通知音だった。

「あれ?」

 ユイは、偶然だろうと思いながらも、もしかしてと考え出した。

 テーマは同性愛で、主人公と主人公が好きな女性は幼馴染。作品の中で起こる展開に、毎回毎回あるあると独り言をいっていた自分の事を思い出して、あるあると感じたのは実際に自分が同じ状況になった事があるからじゃないかと思い至った。という事は、これはもしかして、もしかすると、いや確実に……。ユイの中に渦巻く考えや憶測全てが、徐々に徐々に確信へと変わっていく。まさか、まさか!!

ユイはアキに向かっていった。

「アキが『愛のパズル』の作者、大鵺優縁!?」

 アキはびくっと肩を揺らして、ゆっくりと振り返るとユイを見た。

「バレちゃいました?」

 確かにアキは、ユイが小説を『古典推理小説愛好者殺人事件』を投稿し終えた後から、頻繁に、その小説投稿サイトを見るようになっていた。てっきり新しい趣味は小説を読むことかだとばかり思っていたユイだったが、現実はそうではなかった。アキの新しい趣味とは小説を投稿する事だったのだ。

「えっ、本当に、本当に、アキが大鵺優縁なの?」

「そうですよ。だって、大鵺優縁って文字を並び替えてみてくださいよ」

「並び替える?」


【オーヌエユーエン】→【ヌユン・エー・オーエ】


「ユイちゃんが前に書いてた『古典推理小説愛好者殺人事件』を読んでからアナグラムにはまっちゃったんです」そういって笑うアキは、とても嬉しそうだった。

「まさかユイちゃんが自分の小説を、読んでくれてて、それにこんなに気に入ってくれてたなんて……こんなに近くにいたのに全然知りませんでしたね」

 アキは携帯端末の画面をユイに見せながらいった。

 先程ユイが大鵺優縁――アキ――に送ったコメントが、煌々とした光の中に浮かび上がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

‪ミステリィ・イズ・ノット・イナフ〜ミステリィとモード系好き低身長女子と、感情豊かな後輩くん〜‬ 斉賀 朗数 @mmatatabii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ