ロマンス99%

「おいおいおいおい、どうなってるんだよ」

 その翌日の放課後、俺を教室まで迎えに来た吉橋よしはし青葉あおばを見て、屋良やらが困惑した声を上げる。

「どうして転校生がおまえを迎えに来るんだよ、なあ佐瀬させ

「……いろいろあるんだよっ」

 クラス中の視線を痛いほど浴びながら、俺は鞄を持って教室の入口にダッシュする。青葉の腕を引っつかむようにして、昇降口へ向かった。

 むちゃくちゃなきっかけだが、とにかく俺は青葉と付き合い始めたのだ。交際を申し込み、許諾されてしまったのだから。


「もしかしてさ、佐瀬くんって一花いちかのこと好きだった?」

 うえっ。

 図星を指されて、動揺のあまりおかしな声が喉から漏れた。

 付き合うと言っても何をすべきか検討もつかず、ふたりとも自転車通学なので、とりあえず青葉が昔よく遊んだという公園まで走ってきた。

 大きな木の日陰になっているブランコに、ふたり並んで乗る。

 蝉の声が、まだまだ夏の盛りであることを主張している。幼児を連れた母親が、砂場の上にシャベルやスコップを広げている。

「そんでさ、あたしのこと一花とまちがえて告っちゃった? それなら納得いくんだけど」

 どうやら頭の悪い子じゃないらしい。俺は冷や汗をかきつつも、いくらかの安堵を覚えた。

「……はい、実はそうです。すみません」

 深々と頭を下げた。

 ああ、やっと言えた。気まずいが、昨日から胸につかえていたものが取れた気分だ。

「……」

 いつまでもリアクションがないのでそっと横を見ると、青葉は止まったブランコに座ったまま腕組みをして何やら考えこんでいた。

 その姿に、俺はしばし見とれる。短いスカートが風にひるがえり、こんな状況にもかかわらず俺はまた白い太ももに目を奪われた。

 処女じゃないということは、男の体を知っているんだよな……。口に出せない生々しい想像が頭をめぐり始める。


「あたしはさ」

 美少女が口を開いた。

「さすがにまだきみのこと好きかどうかはわかんないけど、気に入ってるよ」

「な、なんで」

 反射的にたずねた。

「だってなんか誠実そうだし、礼儀正しいわりには大胆だし。いきなりキスされて、ちょっとどきどきしちゃったよ」

 ひと息に喋って、青葉は照れた表情を浮かべた。

「顔もわりとタイプだし、背があたしより高いとこも」

 どきん、と胸が高鳴る。まじで言っているのか、この子は。女子に容姿を褒められたことなんて、小6のとき以来だ。

「だからさ、一花と両想いになるまで、あたしとお試しで付き合えばいいんだよ」

 彼女は信じられない提案をした。

「お試し……?」

「いいじゃん、転校してきたばっかで心細いしさ。基本的に彼氏はほしいんだ、あたし。ねっ」

 どうやら、逆に迫られているようだ。この俺が、こんなかわいい子に。


 もったいない。

 不意に、そう思った。

 顔の造りから背格好まで好きな相手とそっくりの子を手放すなんて、もったいない。

 実る保証もない片想いをこれ以上こじらせるより、自分に興味を持ってくれているこの子と付き合った方が、俺の高校生活はバラ色になるのではないか……?

 協定を破って脱童貞した屋良のにやついた顔が蘇る。俺も近いうちに、そっち側へ行けるのかな。

 よこしまな、いや高2男子としてはごく健全な思考が俺をとらえた。

「わかっ……た」

 かっこ悪いくらい震える声で頷く。青葉がにっと笑ったのが、雰囲気でわかった。


 じゃあ、これからよろしく。

 そう言おうとしたときだった。

「佐瀬くんっ!」

 澄んだ声が公園に響き渡った。

 公園の入口に、息を切らした吉橋一花が立っていた。乗り捨てるように乱暴に藤色の自転車を停めながら。

 どうして。どうやって。

「青葉、ごめんっ」

 一花はずんずん大股でこちらへ向かってくる。こんなに思いつめた表情の彼女を見るのは初めてだった。

「ごめん、昨日は付き合えば? って言ったけど、でも」

 ブランコの正面まで来ると、一花は肩で息をしながら言った。

「あたし、佐瀬くんのこと好きだったの。去年、一緒に委員やってたときから」

「……!」

 思わずブランコから立ち上がっていた。目がちかちかし、身体中に電流のような衝撃が走る。

「青葉は大切な妹だけど、でも……こんなのやだっ」

 目頭が熱くなった。

 なんで俺は、大事なことを女の子に言わせてるんだろう。俺だって、ずっと好きだったのに。

「なーんだ、両想いか」

 青葉は勢いよくブランコをこぎ始めた。

「東京にはいないタイプで、ちょっと好きだったのに……」

 その声の淋しそうな響きに、胸がずきりと痛む。

 青葉はぽんと弾みをつけてブランコから飛び降りた。ひらりと宙を舞う一瞬の美しさが目に焼きついた。

 顔の造作から体つきまで一対の人形のようにそっくりなふたりが並ぶのを見て、俺は一瞬軽いめまいを覚えた。

 俺は、どっちが好きなんだ――?

 昨日、廊下の窓辺に寄りかかって立っていたのが青葉じゃなくても、俺はやっぱり告白したんだろうか。

 まちがえてときめいてしまった時点で、俺の一花への気持ちは純度100%ではなくなってしまったんじゃないか……。

「……吉橋さん。じゃなくて」

「名前で呼んで」

 ふたりの声がシンクロした。双子ってほんとに声がそろうんだな。またしても妙なところに感心する。

「い、一花、さん、のことが俺も好きでした。ぶっちゃけ、昨日はまちがえて告ってしまいました。でも」

 俺はうつむいて、ひと息に言った。ふたりの顔が見られない。蝉の声がいっそう大きくなる。

「……あ、青葉……さんのことも今は、っていうか昨日から、気になっているわけで……」

 乾いた喉から声を絞りだし、真摯に気持ちを述べた。

 沈黙が、重い。汗がひとすじ、脇の下をつるりと滑ってゆく。


「そしたらさあ」

 沈黙を破ったのは青葉だった。いたずらっぽく笑っている。

「こういうのどうかな? この公園に次に入ってくるのが、もし男の子だったらあたしと付き合うの。女の子だったら一花と」

「なっ……」

 なに言ってんだ、と叫ぼうとして、でも意外に名案なような気もしてきた。もはや自分の意志は介在しない方がいいんじゃないか――男としては情けないけれど。

「子どもとは限らないじゃない。性別不詳な大人が来たらどうするの。心の性ってやつは?」

 一花が抗議を入れる。そ、そこまで頭が回らなかった。

「そうだねえ……」

 青葉は漫画みたいな仕草で顎に指先をあてて思案顔になり、

「じゃ、こういうのでどう? 子どもなら、さっきのルールを適用。大人だったら、どっちとも付き合わない」

俺は生唾を飲んだ。

「でもって、お年寄りだったらどっちとも付き合うの」

「何それ!」

 一花が赤い顔で叫ぶ。

 どっちとも……。そんな選択肢があり得るのかよ。

「ふたりが黙ってるから提案したんじゃん! こういうのは言ったもんがちだよ。打開策が浮かばないひとは従ってくださーい」

「青葉っ!」

「それに、今この瞬間はあたしが彼女なんだよ。これでもめいっぱい譲歩してるんだけど?」

 ああ、かわいいな。なんてかわいい双子なんだ。

 状況も忘れて、俺はふたりのやりとりをぼーっと見つめてしまう。暑さのせいもあって、思考力が限界だった。

「そんなのナシでしょ! ふざけないでっ」

「えー、おもしろいのあった方いいじゃん。どうせレア確率だよ」

 レア確率。でもそれは、本人とまちがえて姉妹に告白する確率よりは高いのではないだろうか。

「でも……」

「しっ! 見て!」

 青葉が公園の入口を指す。俺も一花もはっと息を飲んでそっちを見た。

 緑の木陰に夏の光が揺らめいて、真っ白な頭髪が現れた。

 ――杖をついた老夫妻が、ゆっくり、ゆっくり、歩いてきた。



 俺と双子のロマンスは、まだ始まったばかりだ。



【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺と双子の未完成ロマンス 砂村かいり @sunamura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ