テトラ再び 003
「いない?」
「あたしたちを逃がすために、洞窟で」
あたしはドーンタイムビルの惨劇、レイニー星と通信が出来なくなっていること、ホロ・パックス拠点の襲撃、洞窟での遺伝子解析の話をした。
テトラは難しい顔になって黙ってしまう。
その過程で、あたしの心にぽこぽこぽこぽこと穴が開いていった。
乗り越えたと思っていた喪失感の膨張が止まらなくて体が震え始める。
あたしはどれだけ甘かったんだろう。
ウララカバーガーのパーティーで殿下にヒューゴの額を撃ち抜かせた、その弾丸の報復がどれだけ酷いことになるのかって本当に真剣に考えたことなんてなかったんじゃない。
今、ここ、この場所に至るまで。
「おい、落ち着いてくれカノア。おおい。困ったな」
テトラがドレッドヘアの付け根を掻いていた。
そこに部屋の扉が急に開いて、殿下とキティーが顔を覗かせる。
しまった、防音自衛モードにしてたんだった。
「テトラ」
「違うだろ、目細」
「あれはテトラだよ」
「そこじゃない。ムーンジャガー、大丈夫か? ノックしても返事が無いんで開けた」
ああ、そっかあと殿下は仰って気まずそうになさっている。
「ゾーイ、相変わらずぼんぼんで何よりだ」
画面の中のテトラが言った。
「君もね。平らになった割には元気だね」
ベッドに腰かけたあたしの真横にキティーが座る。
ぎし、とスプリングが沈んだ感触にあたしはどきりとした。
汎銀河系で一番美しい顔をそんなに近づけないで欲しい。
ほら、今日は歯磨きだってしてないし化粧もくちゃくちゃだし。
キティーの指がすっと伸びてあたしの額に当たる。
「ひゃ」
「冷えすぎ。あんたは早く風呂に入るべきだ、ムーンジャガー。立て。とっとと行け」
テトラが笑った。
「おいおい王子様、そこからやることは別にあるだろう」
信じられない速さでキティーの右足が動いて、データパッドを置いたテーブルがひっくり返る。
「やめなさいキティー」
「今すぐ殺す。エイエンに黙らせてやる」
「君、寝るとすぐに元気になるのは変わらないんだね」
「はーあ?」
「だいたい寝起きに僕を殴ろうとしてたでしょ。寝る前は大人しいくせに」
「何言ってんだ!」
「いいかいムーンジャガーさん覚えておいてくれ。キティーは寝起きが悪い。悪くて元気なんだ」
「目細!」
「寝る前はアイスクリームを食べさせると大人しく寝る。今もそう?」
「死ね!」
「あいだだだだだだだだだだだっ! 関節、関節はやめ、ギブギブ!」
「テッカイしろ、早く」
「事実だもの。あー、肩が外れるかと思った」
ねえ、乱暴で嫌だねえ、と殿下は仰る。
あたしは体の中がじんわりと温まっていくように感じた。
まだ失われてない、守れるものがあるなら、止まることは出来ない。
「僕もテトラの話を聞きたい。君が帰って来るまでこの部屋を借りても良いかな」
「はい、もちろんです殿下」
「うん。ありがとう」
そう言って、意識的にか無意識にか殿下はあたしの頭を優しく撫でる。
キティーは肩をすくめる。
あたしはお辞儀をすると光の速さで部屋を出た。
大変、心臓に悪うございます。
雨降り星のキティー 東洋 夏 @summer_east
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