テトラ再び 002

「よう、カノア。無事なんだな」

「テトラこそ。ねえ、この小型通信装置アンシブル最高じゃない! あなたが考えたんでしょ!」

「まあ落ち着け。防音にしてあるか?」

「してある。大丈夫よ。<カーリー・イン>の離れにいるの」

「よし。まずカノア、がっかりさせて悪いが俺は本体じゃない。本体の精神データと知識のデータベースをそっくりダウンロードしたバックアップ・コピーだ。あー、このデータパッドの日時設定は合ってるか?」

 あたしは年代物の時計(針が動いてる!)を見ながら言う。

「合ってる」

「よし。じゃあこの俺は半年前の俺だ。このキューブにアクセスしてるってことは、本体はおっんだかな? まあ、そんな暗い顔をするんじゃない、カノア。もう俺は予測していたからここにコピーを残したんだ。話してくれ、何があったか」

「……あたしも、死んだつもりで生きてるやつが一番嫌い」

 ひゅう、とテトラが口笛を吹いた。

「中々キツイことを言うようになったな」

「あたしじゃないわ、オリジナルは」

「誰だ」

「キティー。殿下をぶん殴った後に言ったの」

「ああ」

 テトラが微笑んだ。

 半分以上メカニカルなボディーになってても、画面越しでも、そういう機微は分かる。

「それはゾーイには効いただろうな。いい大人になったってことか、あの猫ちゃん」

「超カッコいい。ワビ・サビ・モエの境地よ」

「そんなに泣くほどか」

「え?」

 苦笑するテトラに指摘されて、あたしはやっと自分が泣いていることに気付いた。

 三人が四人になったことが嬉しかったのか緊張が解けたのか。

 私しか見てないキティーの寝顔のことを思い出したから……、もちょっとはあるかもしれないけどまあそれはいいのよ。

「そのまま話せばいいさ」

 とテトラは言った。

 そう言えばこの人も感情が欠けているんだったと思い出す。

「やだ恥ずかしい。少し待ってて」

 私はダッシュで洗面所に行って顔を洗った。

 ふかふかのタオルはおばさんと同じインドのスパイスの香りがほんのりとついている。

 鏡を覗き込みながら、ああ、いつかここでみんなでカレーを食べるんだ、殿下とキティーとリチャードさんで、とあたしは火花のような幻を見た。

 再びテトラの前に座る。

「あたしたちはここまで、とりあえず生きることに夢中だったの。だけどここからは考えなくちゃいけないのよね。どう進むべきなのかを」

「なあ、話が変わって悪いが、これは何だ?」

「これって」

「俺のデータに変なものが侵入してる、くそ、何だ捕まえられん」

 テトラが画面の中で大げさに手を振り回している。

「こっちの画面には何にも出てないわよ」

「蛇みたいなのがちょろちょろ俺の周りを飛んでるんだ!」

「それ、もしかして金色で目が赤いんじゃない?」

「心当たりがあるのか? 友達か? だったらはやく止めさせてくれ! くそ、俺のデータを掻き回すな!」

「リチャードさん、やめてください」

 あたしが言うと、画面にアイコンがポーンと出た。

 見たことも無い帆掛け船の象形文字? ロゴマーク? みたいのに、金色の龍が巻き付いているアイコン。

 添えられたタイトルは「ALALAFAR」となっている。

 リチャードさんはこの神様が本当に大好きなのね。

 胸の辺りがぎゅっと締め付けられた。

 泣いちゃ駄目。

「くそ、獲り逃した」

「捕まえるのは難しいと思う」

 と、あたしは言った。

 電子空間の中でテトラは大汗をかいている。

 そして、あたしの言葉に傷ついたみたいに、むっと眉間にしわを寄せた。

「リチャードさんっていう、殿下の協力者の凄いハッカーが作ったプログラムなの。あたしたちと根本的に仮想空間の捉え方が違うみたい。もっと教えて欲しかったんだけど。よかったら今の侵入を解析してよ。そのアイコンを押したらどうなるのかも」

 画面の向こうでテトラの片目にはまったモノクルがカリカリと音を立ててせわしなく動いている。

 あたしが言うまでも無く解析しているのだろう。

 弟子のあたしには分からないことでも、師匠のテトラには分かるかもしれない。

「そんな協力者を見つけたのか。何者だ?」

「もういないの」

 あたしは言った。

 恥ずかしくなるくらい小さな声で。

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