『12月26日の化身、もしくは悪夢』
桝屋千夏
『12月26日の化身、もしくは悪夢』
気がかりな夢から目を覚ますと、少年はクリスマスツリーになっていた。
意識は確かだ。
それははっきりしている。
だが、体が言うことを聞かない。
全く言うことを聞かない。
体の感覚はある。
いや、違う。
体があるという感覚は、ある。
自分の姿を見たわけではない。
だが、何かの樹木。
何かの樹木であることは明確に自覚している。
人が……
人が、産まれもって人であることを疑う余地のない自意識。
その自意識の奥底の塊のようなものが、自らを何かの樹木であることを、明確に自覚させる。
廃棄物。
据え置かれた残骸。
ゴミ同然に棄てられた樹木。
それは、目覚める前の少年の置かれた状況と同じ。
昨日はクリスマス。
世界中の人々が待ちに待ったクリスマス。
365日の中でも最も光り輝く素晴らしい日。
それは、『12月25日』
無条件に敬われるその日とは対象的に、無抵抗に蔑まれる翌日。
その名は、『12月26日』
世界中の人々が待ち焦がれる『12月25日』
世界中の人々がその到来を妬む『12月26日』
必要とされないその日と同様に、少年もまた、周囲の誰からも必要とされていなかった。
何かを期待されたこともない。
それ以前に、何も期待されてない。
期待を抱かれたことすら、ない。
期待をするほうが間違っているとさえ。
期待をしたほうが悪いとさえ。
その存在を認識する事が、悪と思わせる存在。
少年は、まるでそんな存在だった。
「僕は何になっても、結局用無しなんだ」
少年がその結論に達するのに、無駄な熟考は不要だった。
寒気がする。
視界に映るのは一面の雪景色と澄みきった空。
寒気がする。
しかし、体感は何も感じない。
なのに、寒気がする。
意識が寒気を感じ取る。
意思が寒気を覚えている。
微動だにしない体。
映し出された映像。
一点に固定された視点。
映し出された静止した画像。
これは残像なのか。
はたまた、現実なのか。
木々が揺らめくこともなく。
雲が流れることもなく。
視界に映るのは、一面の雪景色と澄みきった空。
変わらない風景と据え置かれた状況が、少年の恐怖を助長する。
少年はクリスマスが嫌いだ。
『12月25日』と最も縁遠いものである『12月26日』
誰も気に止めない『12月26日』
自分と同じ様で、少年は『12月26日』を愛していた。
早くその日が来るのを待っていた。
早くその日になるのを待っていた。
期待してみた。
期待していた。
少年は自らを、『12月26日の化身』だと思い込んでいた。
クリスマスの意味さえろくに理解せずに、ただ周囲と足並みを揃えることが当たり前のことだと疑わない集団の歓喜の狂乱に身を任せた馬鹿共が。
愚民たる所以の愚行を惜し気もなく披露せんとばかりに、高らかに謳歌し嘔吐する魑魅魍魎の塊が。
そんな欲望の具現化した一夜の全てが、皆、我に返る『12月26日』
その日になれば『来年の12月25日』のことを考え、誰も『12月26日』のことを気に止めたりはしない。
気に止めないとは、気に止めることになるのか。
気に止めるから、その否定ができるのか。
そんな思考ロジカルすらどうでもよくなる。
社会に必要とされてないと自覚する少年と世界に必要とされてない『12月26日』
少年は自らを12月26日の化身だと思い込んでいた。
気がかりな夢から目覚めると、少年はクリスマスツリーになっていた。
体を捕まれた。
捕まれたと感じる、と感じる。
視界が変えられていく。
引きずられている。
引きずられていると感じる、と感じる。
視界に映るのは身に覚えのない男性。
その周りを子供達が無邪気に駆け回る。
うっとうしい。
不愉快だ。
子供は嫌いだ。
うっとうしい。
動かされた視界が止まる。
強制的に映し出される映像。
視界に映るのは一面の雪景色と澄みきった空。
それとさっきまで少年を引きずっていたであろう男性。
男性の手には斧が1つ。
意識が寒気を感じる。
寒気を感じる、と感じる。
微動だにしない体。
一点に固定された視点。
勢いよく斧を振り上げる男性。
微動だにできない体。
一点を見ることを強いる視点。
勢いよく斧を振り下ろす男性。
勢いよく。
斧を。
振り下ろす。
何度も。
何度も。
弾ける枝。
音を立てて割れる体。
分断され勢いよく飛んで行く体。
否。
体だった物。
それを嬉しそうに拾い集める子供達。
うっとうしい。
子供は嫌いだ。
クリスマスが終わったら用無しか?
『12月26日』にクリスマスツリーは用無しなのか?
役目が終わったら用無しか?
必要なくなったら処分して終わりか?
社会に必要とされてないと自覚する少年と『12月26日』に必要とされてないクリスマスツリー。
気がかりな夢から目覚めると、少年はクリスマスツリーになっていた。
斧が食い込む。
幾度となく、斧が食い込む。
痛みはない。
痛いと思う感覚だけが走る。
痛いと思う感覚だけが走る、と感じる。
斧が食い込む。
幾度となく。
幾度となく。
斧が食い込む。
体の裂け目からなけなしの樹液が滴る。
滴る感覚を感じる、と感じる。
振り上げられた斧。
錆び付いた刃先。
刃先に付着する粘着質の樹液。
振り下ろされる度に響き渡る誰にも聞こえない乾いた叫び。
決して誰にも届かない叫びは、一面の雪景色と澄みきった空に消えていく。
耳を傾ける者すらいない叫び。
切れ味の悪い斧が襲いかかる。
樹木である物を容赦なく分断する。
少年の体だった無数のそれが。
少年だった無数の残骸が。
有象無象に積み上げられていく。
子供達によって積み上げられていく。
うっとうしい。
ガキは嫌いだ。
ガキはほんとに嫌い。
──痛い
──苦しい
──気持ち悪い
いつの間にかできているギャラリー。
いつの間にか増えているギャラリー。
積み上げられた有象無象の体だった物。
それに笑ながら火を付ける男性。
少年の眼に火を付ける男性。
それを朗らかに見守る複数の家族。
はしゃいでいる子供達。
──何がそんなに楽しいんだ
──何がそんなに愉快なんだ
──お前らは僕を殺してるんだぞ
燃え上がる炎。
立ちこめる白煙。
バチバチと音を立てる少年の一部だった有象無象。
少年だった有象無象。
おめかしするが如く、真っ赤な炎を身に纏う。
炎の襤褸を纏いながら爆跳する。
空高く、爆跳する。
燃え尽き黒い残骸。
異形に変形した黒い残骸。
魑魅魍魎を模した黒い残骸。
それを見て朗らかに談笑する人間達。
──僕はもう用無しか?
──役目が終わったら用無しか?
──必要なくなったら消して終わりか?
──そうか
──死ぬって、こういうことか
──消えるって、こういうことか
──何も変わらない
──何も感じない
──嫌だ!
──まだ!まだ死にたくない!
──僕だって誰かに必要とされたいんだ!
──僕だって誰かの期待に応えたいんだ!!
──嫌だ!嫌だ!嫌だ!
──こんなのやだよ!
──まだ死にたくないよ!!
──助けて!
──誰か助けて!
──死にたくないよ!!
──嫌だ!嫌だ!死にたくない!嫌だ!助けて!嫌だ!嫌だ!助けて!嫌だ!怖いよ!嫌だ!死にたくない!死にたくないよ!怖いよ!助けてよ!
白煙の中に、少年の意識は霞んでいく。
一面の雪景色と澄みきった空に。
霞んで消えていく。
「はっ!!んっはぁ、はぁ、夢か……」
気がかりな夢から目を覚ますと、少年はクリスマスツリーになっていた。
『12月26日の化身、もしくは悪夢』 桝屋千夏 @anakawakana
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