最終話 うちの剣士と聖女の恋愛スキルは絶望的です
「なぁ、クソ剣士」
「なんだよ、クソ
ギークは、ドン、とわざと音を響かせるようにしてジョッキを机に置き直した直後、口元は綺麗な弧を描いているのに、目の付近は全く笑っていないという無駄に器用な笑顔を浮かべていた。
なんだろう。
この光景、めちゃめちゃデジャヴだ。つい最近、見た気がする。
「今日の、ゴブリン討伐だとかいうクソみてーな
おかしいなぁ。言葉の内容まで、そっくりそのまま聞き覚えがあるぞ。
「お前が剣を一振りした瞬間に
「…………」
「俺は、この前のレッドドラゴン討伐で、お前がやっと更生してくれたものだとばかり思っていたんだが。どうやら、大きく見解が違っていたようだ」
「…………」
「でもよ。てめえのクソヘタレぶりを考慮に入れたところで、どうしてこんなことになっているのか、まるで見当がつかないから教えてくれないか」
ギークは爬虫類みたいに鋭い瞳で、僕をギロリと睨んだ。
「今は、前のスライム討伐の時とは、大きく状況が違うはずだよな?」
「うっ」
「お前とマノンは、先日、付き合ったんじゃないのか。なぁ、そうだろう?」
犯人に迫る取調官さながらの勢いで問われて、ますます目が泳いでしまう。
「…………いや。それが、だな」
額に、脂汗まで浮かんできた。
「正確に言うと……付き合っては、いない」
ギークの眉間に、思いっきりしわが寄る。
僕を脅すように、ジョッキをもう一度、ドン! と置きなおしてきた。
「はあ? てめえは、何寝ぼけたことを抜かしているんだ。公衆の面前で堂々と抱きしめあって、キスまでしあってたのに、付き合っていないだと?」
「っっ~~!!」
「馬車から降り立った瞬間に、周りがざわついてて何事かと思ったよ。注目の的になっている恥ずかしい奴らが、どっちも知り合いだと分かった時の俺の絶望がお前に分かるか?」
「それについては、反省してるってば!!」
「空気を読んで、アリスに速攻で『あの馬鹿二人が、体調を崩したらしい。今日の遊園地は延期になったようだ。二人から書簡が飛んできても、無茶しようとしてるだけだから全スルーでOK』って書簡飛ばした俺を褒め称えろ」
二人してしらばっくれたのはそういうことだったのかよ! あの後、僕があの女と二人きりで、約束の時間になっても一向に現れない二人を、どれだけしんどい思いで待ち続けていたかも知らないくせに!
だって、そんないきなり、意識しまくってる女の子と二人っきりにされても、ほんとに無理なんだって!!
一時間待ってもどっちも来ない上に、書簡を飛ばしても一向に何の反応も返ってこなかった時の気まずさたるや尋常ではなかった。
とりあえず、その辺のカフェに入ってお茶をすることにしたのだが、
『え、と……。二人、になっちゃいましたね』
『う、うん……』
会話が続かねえ! 目、あわせられねえ! なんか知らんが、今まで以上に凶悪的に可愛く見えて、ほんとにほんとに無理……! つい一昨日のことなのに、緊張しすぎて何を喋ったのかすらまともに覚えてない。
その後は、結局、どこへも行かなかった。二人で馬車に揺られながら、ぽつりぽつりと、ドタキャンをかましてきたギークとアリスへの非難をしていたような記憶がある。
別れ際、それまでほとんど口を閉ざしきりだった聖女は、僕をおずおずと見上げながら言った。
『そ、その……次は、いつ、会えますか?』
『えっ』
『か、かかかかか、勘違いしないでください。ふ、二人でとかではなく、お仕事の話ですっ!』
『あ、ああ! そ、そうだよな! ここのところずっと引き受けてないしなっ、なんか引き受けられそうなのがあるか探してみるよ』
早口で言いきったら、彼女はこくりと頷いて安心したように微笑んだ。
『じゃ、じゃあ……また、すぐに会えますね』
その嬉しくて仕方がなさそうな笑みに、また心臓を撃ち抜かれてしまったことはもはや言うまでもない。思い出しただけで、頬がゆるみまくってしまう。
気がつけば、ギークに思いっきり胡乱な目つきで見られていた。
「詰問の最中に、思い出してにやけるのはやめてもらえないか。で。一体、どういうつもりで、まだ付き合っていないだなんて抜かしているんだ?」
「……たしかに、想いは伝えあったよ。まぁ、あの女の本当の気持ちなんて、ずーっと前から分かりきってたことではあるけど」
「てめーが言うなよ」
「でも、さ。思い返すと、じゃあ付き合おうみたいな話までは、してないんだ」
その結果、今の僕らは互いの好意を認めあっているにも関わらず、付き合ってはいないというものすごく宙ぶらりんな関係になってしまった。
ギークの眉間に、しわが寄る。犯罪者も驚きの凶悪な顔だ。
「そんなの、お前が付き合おうって言えば一瞬でケリがつくだろ」
まぁ、そういうことになるといえばなるんだが…………。
「なぁ、ギーク。僕は、この一件で、相当頑張ったと思う」
「なんか癪ではあるが、今までのクソヘタレぶりを散々見てるだけに認めざるをえんな」
「だから、次はあの女が、頑張る番ではないかと思う」
「…………は?」
「だから、それまではこれまで通り、クソみたいな
「っっ! ふざけんじゃねーぞ! つーか、やっぱり確信犯じゃねえかよ!!」
ギークが瞳を血走らせて、僕に今にも掴みかかってこようとした、その瞬間。
「おっまたせー!!」
「お待たせいたしました」
魔法衣から私服に着替え終わったあの女とアリスの声が響いて、心臓がドキリと高鳴った。
聖女が、アリスよりも先に動いて、するりと僕の隣に腰かけてくる。少し手を伸ばせば、触れられそうな距離。たったそれだけのことで、こんなに顔が熱くなってしまう。
ギークの隣に腰かけたアリスは、席につくなりバシッと両手でテーブルを叩いて、僕と聖女の方へと身を乗り出してきた。薄手のセーター越しの大きなお胸がたゆんと揺れる。
「っていうか、二人とも、体調はもうすっかり大丈夫なの!? 無理して沢山お手紙くれたのに、全部無視しちゃってごめんね? ギークに返さない方が良いって言われてたんだけど、やっぱり返した方が正解だった!?」
「えっ、どうゆうこ「ああ! うん、もう、すっかり治ったよ……!!」」
今、ここで、アリスにまで事態がバレるのは避けたい! だって、あんなにいがみ合ってたのに、今更『実は想いあってました』だなんてクソ恥ずかしいじゃん……!
目を丸くして困惑している聖女が失言をする前に、テーブルの下でそっと手を重ね合わせる。彼女が肩を跳ね上げて、うなじまで真っ赤にして言葉を失っている姿に、眩暈がしそうなほど心臓が高鳴る。
「なぁ……マ、マノン」
「っ! そう、ですね? ……ル、ドヴィークさま」
「えっ!? ルドとマノちゃん、何かあった!?」
「「な、なんでもないっ!!」」
触れあっていた手をぱっと離して、火照った頬を隠すように慌ててジョッキを煽った。
この女のことだ。
そう簡単に、付き合おうだなんて言ってくるわけがないだろう。
でも、今は、それで良い。
さっき、ギークに言ったことは、嘘っぱちだ。僕が付き合おうとは言わなかった本当の理由は、彼女から言い出してもらいたいからではない。
僕は、先日、あらためて確信したのだ。
前々から分かりきっていることではあったけれども、マノンは死ぬほど可愛い。
情けない限りなのだけれども……本当の理由は、そんなに性急に関係を進めてしまったら、僕の心臓が持つわけがないからなのだ。
今はまだ、互いの好意を認めあっているぐらいで充分すぎる。
「えーっ! 怪しい~!! なんか隠してない!?」
「「ないない!!」」
あまりにも遅々として進んできた僕らは、互いの名前を呼び合うというただそれだけのことで、まだ、こんなにもドキドキしているのだから。
これからも、ギークとアリスを巻き込みつつ、少しずつ君との距離を縮めていけたら良いなと思う。アリスはもちろん楽しんでくれるだろうし、ギークだってなんだかんだで本気では嫌がっていないのだろう。
そして、いつか君を名前で呼ぶことが当たり前になった日に、覚悟を決めて、恋人になってほしいと言おう。ユキナがすげー良い女に成長して、僕が死ぬほど後悔する前に、
「…………いま、とても不穏な邪念を感じ取ったのですが」
「気のせいじゃないか?」
もちろん、冗談だよ。
今回の一件で、浮気なんて到底する気になれないって痛感させられたし。
君が怖いから、ではなくて。
君が泣くようなことを、僕にできるわけがないのだ。
「…………まぁ、お前らがそう簡単に結ばれるわけがねえか」
ギークの呟きに、思わず、笑みがこぼれた。僕が言うのもなんだけど、 彼も大分感覚が麻痺してきたのかもしれない。
でも、仕方ないだろう?
これが、冒険者としてのスキルに全振りし続けてきた結果、恋愛スキルが絶望的になってしまった僕と彼女なりの進み方なのだから。
【うちの剣士と聖女の恋愛スキルは絶望的です 完 】
うちの剣士と聖女の恋愛スキルは絶望的です 久里 @mikanmomo1123
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