剣士「ナニコレ、理不尽の極みすぎる」
ハッと我に返って辺りを見回したら、驚いてしまうぐらい
……冷静に考えるまでもなく、僕らは、公衆の面前で何をやっているんだよ!!
「…………ア、エト…………ナンカ、スミマセン!!」
本気の猛ダッシュで速攻逃げ出したら、聖女は「えええええっ!? ここで私を置いていくなんてことがあるんですか!?」とわめきちらしながら、慌てて僕を追いかけて横に並んできた。
「ど、どこまで、行くつもりなんですか!?」
「知らん……! とりあえず、人気のなさそうなところ!!」
「なっ!! そんなところに連れ込もうだなんて、破廉恥ですっっ」
「はああ!? 自意識過剰なんじゃないか!?」
「えっ……な、なにもしないんだ。ふ、ふうん」
っっ~~! なんだよ、そのしょんぼりしたような顔は! 可愛すぎるからそれ禁止!
馬車乗り場から遠ざかるように街中を走って、走って、走り抜けた時、裏道の通りに小さな公園が見えてきた。ブランコ二台と申し訳程度のベンチだけが設置されているそこは、人々から忘れら去られているかのようにひっそりとしている。
ぜえはあと息を整えながら、吸い寄せられるように公園の中に足を踏み入れて、無言でベンチに腰掛ける。聖女も、僕と少しの距離を隔ててそこに腰を下ろしてきた。ワンピースの裾が、そよ風に吹かれてひらひらとはためく。
横目でちらりと様子を伺ったら、彼女も同じタイミングで視線を向けてきた。しばし見つめあった後、あまりの恥ずかしさに逆方向に顔を振り向けあった。
今更ながら、本当に、二人きりだ。
静寂が、余計に心音を速めていく。異様な緊張感に圧迫されて、何から切り出して良いかも分からずにまごついていたら、彼女の方が先に口火を切った。
「えっと、その……。今更だし、私が聞くのもなんですけど……あの綺麗な子を置いてきてしまって、大丈夫だったんですか」
「……うん」
「本当の、本当に?」
「五年前にさ、あの子が魔物に襲われそうになっているところを、僕がたまたま通りがかって助けたんだ。彼女、ずっと、その時のことを覚えていてくれたみたいで……この前、たまたま再会した時に、告白された」
「……そう、ですか」
「ユキナは、悪い子じゃない。君には強くあたってしまったのかもしれないけど、根はすごく良い子だよ。君に、僕とデートの約束をしていると嘘を吐いたって悔やんでいた」
「…………」
そっぽを向き続けていた彼女が、ゆっくりと僕の方に振り返る。大きな瞳が、不安そうに揺れている。
ここまで、言ってしまったんだ。もう、覚悟を決めるしかない。
小さく息を吸って、心臓を吐き出してしまいそうなぐらい緊張しながら、震える舌でどうにか言葉を押し出す。
「でも、さ……応える気には、なれなかったんだ。君のせい、だよ」
彼女がひゅっと息をのんで、見る見るうちに白い首筋まで真っ赤に染め上げていくのが傍目に見えた瞬間、こちらの方まで無性に心臓が高鳴ってきた。
聖女はぎこちなく視線を外しながら、震える唇で問いかけてきた。
「…………私の、せいですか?」
「……うん」
「それは、その……どういう、意味ですか?」
潤んでいるようにも見える翡翠の瞳で、じいっと覗き込まれた。その大きな瞳に映りこんだ僕の顔も、彼女と同じぐらい真っ赤に染まっていた。
「つまり、それは……ええと…………」
だめだ。
ずっと、ずっと、認めたくなかったのに。
意地っ張りで、天邪鬼で、面倒くさいことこの上ない女なのに。
君にこうやって見つめられると、心臓が高鳴って、息が浅くなって、血液が熱く体内を駆け巡るのを止められなくなっていく。
「僕、は……えっと、その……」
ごくりと、唾を飲み込んだ。尋常じゃなく顔が熱い。全身が心臓になってしまったみたいに、ドキドキする。
逃げちゃ、ダメだ。だって、もう、認めざるをえないんだから。
「…………可愛くないことばっかり言ってくる君に、いつも、自分でも情けないって思うぐらいドキドキしてばかりいる。今まで剣のことが一番大事で、恋愛とかそーゆーの、全然よく分かんなかったけど……。たぶん、君に、恋をしているんだ」
とうとう放ってしまった言葉のあまりの熱さに、喉が急速に干乾びていく。彼女の反応を確認することすらも恐ろしくなって、勢いよくそっぽを向いた。
ヤバイ。マジで、死ぬほど頑張った。本気で死んでしまうかと思った。
彼女は、今頃、どんな顔をしているだろう。
恐る恐る、様子を伺うようにちら見する。
「アッ……そ、その……え、えええと……エッ??」
僕のなけなしの勇気に満ちた言葉を受け取った聖女は、大きな瞳を白黒させながら、軽くパニック状態になりかけていた。
「え、えと……。よく聞き取れなかったので、もう一度、仰っていただけませんでしょうか……?」
っっ~~! ぶちぎれそうなんだが……!!
僕がどれだけのHPを削り取ってあの台詞を口に出したと思ってるんだよ! それを、よりにもよって、もう一度言えだと? あの、クッソ恥ずかしい台詞を、繰り返させる気なのか!? それこそ、正気の沙汰ではない!!!
「……二度と言わねえ」
「なんでですかどうしてどうして!? ひどいです!! 剣士様の馬鹿馬鹿っ!!」
「なんでじゃねえよ!! 馬鹿はどう考えても、聞いていなかった君の方だろ!?」
「だ、だって……! 普段、あんなにひねくれているのに、突然あんなの卑怯です! 人をどこまでドキドキさせたら気が済むんですか!?」
「なっ!?」
「あ、あんなの、心の準備なしに正気で聞いていられるわけがないじゃないですかっ! 気を失って、当然です……!!」
コイツ……テンパるあまり、さては自分が何を口にしているか全く分かっていないな。聞いているこっちまで恥ずかしくて仕方なくなるような台詞の連発に、耳の端まで真っ赤になる。
彼女は頭から湯気をわかしながら、ぐるぐると瞳を回して、縋るように僕の腕を頼りなくつかんできた。
「ちゃんと、聞き取れませんでした……っ。だから……さっきのは無効です。もういちど、言いなおしてください」
ナニコレ、理不尽の極みすぎる。てか、疑いようもないほどにちゃんと聞こえてんじゃねーかよ。どう考えても、あのクソ恥ずかしい台詞を、繰り返させたいだけだろ。
そう、思うのに。
こんな悪魔のような女に、わけがわからなくなりそうなほど心臓を締め上げられている僕は、やっぱり、相当重症なようだ。
「……はあ。次こそは、ちゃんと聞いとけよ」
魔法にかかったように彼女に顔を寄せて、もう一度、あの心臓が壊れてしまうんじゃないかって台詞を口にしようとした瞬間。
不意打ちで、先に囁かれた。
「…………私も、ですよ」
「えっ」
「……いつも可愛くないことばかり言ってしまって、ごめんなさい。あなたといるとドキドキしすぎて、つい、思ってもないことばかり言ってしまうんです。本当は……悔しいぐらいに、あなたのことが好きなんです」
思いがけない反撃に、時を止められてしまったかのように固まっていたら。
彼女はぎこちない動作で、その甘そうな唇を僕のとほんの一瞬だけ重ね合わせた。
「唇は、初めて……ですよね?」
どこもかしこも真っ赤になりながら、潤んだ瞳で首を傾げる君があまりにも可愛すぎて、今度こそ、死なざるをえなかった。
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