第9話. 真の黒幕とは

 婚約者のクレアを救出し、ドロシーと共に帰還を果たしたルークを、王国は総出で出迎えた。それほどに成し遂げた偉業は凄まじかったのである。こうしてルークはかねてより切望していたクレアとの結婚が認められ、また国中の信頼を勝ち得た。

 もはや望むことはない。

 一方、ルークと共に手柄を立てたドロシーも莫大な恩賞を受け、引き続いて王城に住まう栄誉を得たが、彼女は王都を去ってしまった。

 幼馴染みが魔王だった事実は王都中が知ることとなった今、居づらいのだろうとルークは思った。ゆえに呼び止めることはせず、金品を積み込んだ馬車で故郷へと帰っていくドロシーを見送った。

 なにはともあれ、こうして一連の事件が終結したと誰もが思っていた。

 しかし物語には更なる裏があったのである。

 舞台は王城の離れ、部屋で一人くつろぐクレアの下にアンジェラが密かに訪れたところから始まる。

「やあ、おつかれ」

「あら、アンジェラ。待っていたのよ」

 クレアは空いた椅子に座るように促した。

「いやー魔族との戦争が集結したばかりってこともあって警備が緩々になってるね。まったく以て平和ボケだよ」

「あら、そうなの?」

「あたしがこうして侵入できてることが何よりの証明さ」

「なるほど」

 アンジェラは椅子にどかりと座ると、テーブルに備えられたティーセットを勝手に使い、自分のお茶を淹れて一口。それから茶菓子も口へと運んだ。

「うん、美味い。土産に何個か持ち帰っても?」

「ええ、どうぞ。好きなだけ持って行って」

「さすがはお姫様、太っ腹だ」

「あなたには感謝してるもの。好きなことを望んで良いのよ」

「ふーん、そっか」

「気のない返事ね」

「欲しい結果を得たんだ。もはや終わった事にさして興味はないよ」

「欲が無いのね」

「さすがにあんたほどには欲深くはなれないよ」

「私が欲深い?」

「あるいは罪深いかな。まあ、どっちでもいいけど。ただ、あんたを選んだのは正解だった。それは確信してる」

「私としてもあなたには感謝してるわ」

「そうかい」

 今回の一連の事件はアンジェラによって仕組まれた。しかしそれは協力者の存在なくして成り立たなかった。

 そしてその協力者こそ王女クレアだったのだ。

 周囲からは『可愛らしいが世間知らず』と侮られている彼女だが、その実、限られた者にしか明かしていない裏の顔があった。

 それを説明するためにも、まずは事の始まり――アンジェラが魔城で一冊の本を見つけた所から話していこう。

 それは魔王を倒すことを目的とした勇者の冒険譚で、その物語の中では必ずと言って良いほどに勇者が逆転劇によって勝利を収めていた。

 これを読んだとき、アンジェラは空想の物語だからと嘲笑ったが、後書きにて作者が『主人公補正』について触れており、驚愕を隠せなかった。

 曰く、この世界には『主人公補正』なる作用が存在し、それが勇者を助けると言うではないか。

 無論、通常ならば信じなかっただろう。

 しかし実力で上回る魔王が勇者に倒されたのは紛う事なき事実であり、また勇者を倒すすべが見出せずにいたの事実。ならば試す価値はあるという考えに至ったのである。

 そしてアンジェラはを訪ねた。

 一方、クレアも悩んでいた。

 彼女にとってルークは理想の勇者像であった。貴族の生まれでイケメン、その上にあらゆる才能に恵まれている。もはや主人公になるべくして生まれた存在。ゆえにルークの行動を参考に物語を書き上げてきたのだが、あろうことか地味な村民が魔王を打ち倒し、勇者となってしまった。そのために物語の続きが書けなくなり、相談しようにも公には作家という正体を隠しているためにそれも出来ない。

 そんな折、アンジェラが現れた。

 彼女は提案した。地味勇者に魔王をやらせ、ルークに倒させてはどうかと。

 クレアはこれを了承。行き詰まっていた物語の打開案を得た心地だった。

 そのために王族の地位を使って裏工作に勤しんだ。ドロシーを吸血鬼退治に行かせ、地味勇者に関する噂を流し、攫われたと見せ掛けて王都を離れ、そうしておいてルークが勇者となる舞台を整えたのだ。

 つまり此度の一件は、アンジェラの復讐とクレアの執筆のために起こされたのである。

「あたしが言うのも何だけど、執筆のために王国を巻き込む事件を起こすとは、あんたは相当にぶっ飛んでるよ」

「かもしれないわね。だけれど、これは皆が望んでいたことよ」

「どういうことだ?」

「勇者は皆に憧れられる存在でなければならない。容姿や才能、血筋に恵まれた完璧な主人公。顔すら覚えてもらえないような町人モブAが勇者では困るのよ。物語として、また現実としてもね」

「ふーん、そんなもんかね。っで、これから今回の件を作品に生かすのか?」

「ええ、もちろん。そういうあなたは、これからどうするの?」

「さてね。人間と戦争をする気もないし、しばらくはぼんやりと過ごすかな」

「私としては、あなたに新たな魔王を名乗ってもらいたかったのだけど」

「あたしが魔王? あはは、向いてないよ」

「そうでもないわよ。今回の計画を立てた頭脳はなかなかのものですもの」

「でもそうなると、あんたとあたしは敵同士ってことになるね」

「表向きはね。裏では友好を築いておけばいい。私としても、ルークには勇者のままでいてもらいたいから魔王という敵が居続けてくれた方が都合が良いのよ」

「ふーん。まったく人間の考えることは魔族のあたしには理解できないよ」

 アンジェラは呆れた様子で肩を竦めた。

 そして話に一応の区切りついたところで、クレアが話は変わるけどと前置きして話し出した。

「ふたつ、気になることがあるの」

「なに?」

「プロットを書くために今回の一件を整理していたのだけど、その時に疑問に思ったのよ。どうしてドロシーはルークが勇者になるよう演説をしたのか」

「べつに不自然なことはないじゃん。ルークという勇者を生み出し、魔王を倒そうと思ったんでしょ」

「けど、ドロシーは魔王が幼馴染みだと察していたのよ。さらに言えば、あなたがルークを勇者にしようとしていたことも見抜いていた。何故、自らその策に乗るようなことをしたのか、不思議にならない?」

「それは……」

 確かに違和感があった。

 もしも見抜いていたのならば、ルークを勇者にするような演説を自ら行う必要は無かった。しかし彼女はそれをやった。つまりは幼馴染みの魔王を自ら追い込む一手を打ったことになるのだ。

 今にして思うと、ドロシーは本当に幼馴染みの魔王が詰んでいる状況に気付いていなかったのだろうか。

 いや、あそこまで物事を見抜けるのだ。気付いていないのは不自然だ。

 となると、わざと気付いていない様子を装っていたことになる。

 それは何故か。

 ここでクレアが自身の見解を告げる。

「もしかしてだけど、ドロシーは私が協力者だと気付いていたのではないかしら」

「え?」

「ドロシーは『アンジェラが王女を利用し、舞台を整えさせた』と推理した。けど、それは不自然だと思うの」

「そうか?」

「ドロシーの立場からすれば、地味勇者の噂を流したことに疑問に思うはず。何故、王族の人間が勇者を貶める噂を流すのか、と」

 勇者は、言わば王都の守護者でもあった。そんな人物を貶めて得をする人間がいるだろうか。少なくとも王女に利はないはず。それでも噂を流したのだから、そこに利益を見たはず。では、なにを利益としたのか。

「当然、勇者ルークの誕生でしょう。そしてあなたと私の目的が合致していると気付き、同時に私とあなたが組んでいる可能性にも気付くはず」

「……それは、あり得るね」

 しかし疑問は残る。

「でも、なんでドロシーは魔城でそれを確認しなかったんだ。その他のことについてはあたしに聞いてきたのに」

「決まってるわ。私を罪人にしないため、あるいは王族を敵に回さないため」

 クレアとアンジェラが組んでいると気付いたとしても、それを指摘して得られる利益はない。むしろ秘密を知られたということでクレアからは危険視されてしまい、最悪の場合、王国から敵性認定される可能性がある。ましてや幼馴染みが魔王になっている状況、その辺りに関してはより慎重にもなるだろう。

「なるほど、充分に考えられる可能性だね」

「問題は、私とあなたが組んでいることに気付いておきながら、何故その策にわざわざ乗って勇者ルークの誕生に協力したのか」

「クレア、あんたはどう思う?」

「そのことについて話す前に、あなたに確認をしてもいい?」

「いいけど……。もしかして、さっき気になることが二つあるって言ってたけど、そのもう一つ?」

「ええ」

 アンジェラがどうぞと話を促すと、クレアは険しい表情で問うた。

「あなたは魔城で私の本を拾ったのよね?」

「そんなこと? なんだ、深刻そうに聞くから身構えたよ」

「それで、どうなの?」

「前に伝えたとおりだよ。あんたの本は魔城で拾ったんだ」

「なぜ?」

「なぜって、落ちてたからとしか……」

「なぜ、人間社会の本が魔王軍の本拠地である魔城に落ちてるの?」

「それは……」

「考えられる可能性は大きく二つ。魔族の誰かが持ち帰ったか、人間が持ち込んだか。正直、前者の可能性は低いでしょう?」

「まあね。魔族が人間の書物なんか好んで持ち帰るはずがない」

「ならば後者ということになるけど、私の本を魔城に持ち込める人間は、あの段階では二人に絞られる。前勇者か、ドロシーか」

「まさか……」

「おそらくドロシーが持ち込んだ私物。そしてそれを故意に落としていった」

「あたしがその本を拾うと予測して?」

「そう考えると、辻褄が合うの」

「どういうこと?」

「結論から言うと、私達の計画さえドロシーの計画の内だったということ」

「はあ?」

「ドロシーは新勇者に魔王となった幼馴染みを倒させようと計画していたのよ」

「……」

 あまりにも突飛な話で、にわかに信じがたい。

 しかしクレアはドロシーの計画と思われる要素の説明を始める。

「まず第一に、ドロシーは前回の魔王討伐の際、勇者にあなたを無視するように指示したらしいけど、これはあなたを生かすためだったのではないかしら」

「いや、あれは効率的に魔王様を倒すための作戦のはず……」

「ドロシーの計画にはあなたが必要だったのよ。魔王の仇討ちを遂行できるだけの決断力を持ち、また勇者が惚れ込むほどに容姿に優れ、それでいて新勇者に前勇者を倒させるという計画を考えつける存在が。おそらく、ドロシーは勇者との旅の中でそういう者を探していた。そして魔城にて幹部のあなたと対面し、託すにたる存在と考えて本を置いていった」

「う~ん……強引すぎる推理だと思うけどね」

「とりあえず最後まで聞きなさい。次に第二、ルークを新勇者に仕立て上げた演説。これは先に説明したとおり。そして私が最も不審に思った第三の理由、それが勇者のとどめをドロシーが刺したこと」

「それの何が変なのさ」

「どうしてルークにとどめを刺させなかったの?」

「ルークが負傷してたから、確実に仕留められるか不安だったからじゃなかったっけ?」

「私がルークから聞いた話によると、ドロシーに背中を踏みつけられたからとのことだったわ。まあ、それは些細なことね。問題は、ドロシーの介入によって魔城の外へと前勇者が吹き飛ばされたこと。もしも玉座の間でとどめを刺していれば、死体を確認できた。けど前勇者は森へと落とされ、その結果を誰も確認していない」

「ちょっと待った。つまりそれって……」

「前勇者は生きているかもしれないわ」

「まさかそんなこと……」

「可能性はあるわ」

「でも、なんのために? さっきあんたはドロシーの目的は幼馴染みを倒させることにあるって言ってたけど、生かしたら駄目じゃん。矛盾だ」

「いいえ、魔王としての幼馴染みは倒した。けど、幼馴染みの命まで取るつもりはなかった。だから玉座の間では確認できないように城外へと殴り飛ばし、その後にルークに王女である私の救出へと行くよう急かした。聞く所によると、ドロシーは玉座の間に留まっていたそうじゃない」

「ああ、それは確かだよ。私はそこで別れの挨拶をしたんだ」

「先に玉座の間を離れたのは?」

「私だけど……」

「ならば、その後にドロシーが落下していった幼馴染みを追って森に行ったかもしれないということね」

「いやいや、それはあまりにも決めつけて話を進めすぎだろ。そもそも、なんでドロシーはそんな計画を立てたんだよ」

 納得できないアンジェラにクレアは告げる。

「あなた、前勇者がどのような人物か覚えてる?」

「え、地味な奴としか……。嗚呼、あと恋人をやたらと欲してた」

「それよ。ドロシーも恋人を作るためにこの計画を立てたの」

「ないない。たかが恋人を作るためだけに、そんな面倒くさいことするわけないじゃん」

「前勇者は恋人のためなら王国すら裏切る。ドロシーはそんな人物の幼馴染みなのよ」

「でも……」

「ドロシーは前勇者を好いていた。おそらくここまで手の込んだ計画を立てなければ、前勇者の目を自分に向けられないと考えたのでしょうね」

「ちょっと待った。さっきも言ったけど、強引すぎるって。もはや結論ありきで辻褄合わせをしてるようにしか聞こえない」

「ええ。なにせ、証拠なんてありはしないもの」

「だったら――」

「だから厄介なのよ。証拠が無いから真相は不明のまま。だけど、これだけは確信を持って言えるわ。ドロシーは自ら勇者ルークを生み出した、私達の計画に乗ってまで。そして便乗したからには、その恩恵を必ず受けているはずなの」

「それは……」

 言われれば言われるほど、そのように思えてきた。

 しかしそうなると危ういのではないか。

 ドロシーの目的は別として、こちらの計画の全貌を知っていると言うことになる。これを見過ごすわけには行かない。

 アンジェラは声を荒げた。

「不明で終わらせられるか! こんな疑惑があったら、こっちは落ち着けないよ! すぐにでもドロシーを指名手配にして捕まえるべきだ!」

「無理よ。証拠がない以上、捕らえる理由がない」

「地味勇者が生きてる可能性がある。もしもこれが事実なら充分な反逆行為だ。それを理由に――」

「どうやって生きていると証明するのよ」

「そりゃ、前勇者の顔を覚えてる奴に確認させて……あ」

「誰も覚えてないでしょ、前勇者の地味顔なんて」

 まさか、そこまで計画の内なのか。

 ここに来てアンジェラは自分が相手しようとしている者が、とんでもない人物なのではないかと思い至り、背筋に冷たい汗が流れるのを感じたのであった。


 その頃。

 ドロシーは王国の恩賞が積み上げられた荷台から御者に話し掛けていた。

「今回のことでさすがに間違いに気付いたやろ、自分がモテんのは村に同年代の異性が少ないからやないってことが」

「うん、痛いほどわかったわ。勇者になっても誰も恋人になってくれんし、あまつさえ魔族にも騙される始末。ホンマ、痛いほどわかった。今も顔面が痛いもん」

 ――避けるなよ、魔王!――

 あのとどめの一撃が繰り出される際、ドロシーは叫んだ。もしもあれを避けていたら、玉座の間で本当にとどめを刺される事態になっていただろう。

 代償として手痛い一撃をもらったわけだが。

「まあ、こうして無事に生き残れたんは良かったけど……。結局、僕を好きになってくれる人なんておらんのやね」

「そう悲観することもないって。金はたんまりと貰ったし、いざとなったら私が養ったるわ」

「えええ~女に養われるん? ええよ、ちゃんと働くから。あ、でも魔王になったことがバレてるから指名手配されてるかもしれんのか」

「それは大丈夫やろ。誰もお前の顔なんか覚えてないから、指名手配しようにも人相書きが作れん。良かったな、地味顔が役立って」

「……ぜんぜん嬉しないわ」

 幼馴染みの憮然とした返答にドロシーは愉快に笑った。

 欲しいものを手に入れるために練り上げた此度の計画。果たして真相に気付ける者はいるだろうか。居たとして、捕まえに来られるだろうか。

「ま、無理やろうな」

「なにが?」

「なんでも」

 ドロシーは脇に置いていた本を開いた。村で暮らしていた頃から愛読している、勇者の冒険譚を綴った連載小説。しばらく休載していたが、じきに新作が出版されるはず。実際の出来事をどれほど改変し、物語として成り立たせるのか。作者の腕の見せ所だろう。全てを知る者として、今はそれが楽しみである。

 馬車はゆっくり走る、生まれ育った故郷へと。

 こうして二人の旅は終わりを迎えた。

 果たして、これからどのような生活が待っているのか。

 それを知っているのは、おそらくこの世でドロシーただ一人だけなのだろう。




           /


 話を書き上げた後、いつも改善点を見つけては修正しているのですが、本作ではそれをしませんでした。正直、面倒なので。

 機械仕掛けの歯車を一カ所でも換えると、他の所にも影響が出てしまう。それと同じように本作も修正すればするほど修正点が増えそうだったので、ならばいっそのこと手を付けないことにしました。

 あくまで趣味による作品ですので、その辺りは大目に見てやってください。

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