ナーガと「僕」の午後 下

 東京上空で龍が墜落。事故ではなく事件。犯人は五人組。


 スマートフォンに踊る文字を眺めながら、僕は仄暗い非常階段を下っていた。使わなかった猟銃が重く背骨に食い込む。ロビーに出ると、来たときより騒がしかった。龍の墜落に巻き込まれたひとびとが運ばれてくるのだろう。


 自動ドアをくぐると、空は雲が晴れて青くなっていたが、空気は冷たいままだ。タクシーが二台停まっているのを横目に、壁にもたれて煙草に火をつける。

曾祖父との約束は守れなかった。でも、今頃家族がニュース速報で見るのが僕の名前でなくて済んだ。

屋上にいた患者は、どうだろう。


 スーツ姿の若い男が横から現れて、煙草に火をつけた。

二十代後半。左手に小さな青い紙袋を提げている。男は顔を上げてこちらを見ると、僕の背中を指さした。

「それ、ギターか?」

 はいと言おうとしてやめた。


「ギターじゃない、銃だよ」

 男は小さく目を見開いた。色素が薄く、海外のモノクロ映画の俳優のような目だ。

「……何を撃つ?」

「龍を、撃つ気だった」

「そうか、先を越されたな」

 男はわずかに笑って言った。そうだね、と僕も笑う。


「残念賞、やろうか」

 聞き返す前に、男は片手で自分の持っていた紙袋を投げて寄越した。反射的に手を伸ばして受け止める。

「何ですかこれ」

「知らん。静岡の土産らしい」

 お土産と聞き返したが、彼は答えなかった。


 男のスーツを見て、仕事の帰りに見舞いに来たのかと尋ねると、そうだという。

「龍が来る日も仕事なんて大変だな」

「金が要るんだよ……」

 彼はそう言って、壁に沈み込むように背を預けた。


「じゃあ、襲撃犯を捕まえればいい」

 僕が言うと、彼は片方の眉を上げた。

「龍を撃った犯人だよ。懸賞金がかかるだろうから」

 男は眉をひそめるようにして苦笑し、首を横に振った。大人の笑い方だと思う。

彼は煙草を灰皿に投げ込み、自動ドアの中に消えた。空白になった僕の隣を、冷たい土と水の匂いの混じった風が吹き抜けていった。春になる直前の風の匂いだ。

今の東京でも、数十年前のジャングルでも、この風だけは変わらず、龍と同じようにひとびとの中を通り過ぎてきたのだろう。


 龍を撃った犯人の五人中三人は依然逃亡中らしい。

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地球とナーガの午後 木古おうみ @kipplemaker

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