第2話
俺達妖怪の姿を見ることが出来る人間。
鹿王からそんな人間もいるって話は聞いていたけど、本当にいたんだ。しかも相手は、歳の近い女の子。何だか不思議な気分になる。
こういう時って、どうすれば良いんだっけ?やっぱりまずは、自己紹介をしたほうがいいのかな?
「俺は……」
名前を告げようとする俺。
だけど女の子はさっきと同じように……いや、さっきよりもずっと強い力で、また俺を突き飛ばした。
ゴン!
それはあまりに突然で、まったく受け身がとれななくて。そして運悪くすぐ後ろにあった木に、思いっきり頭をぶつけてしまった。
正直、かなり痛かった。
助けてあげたのにいきなりこんなことをするだなんて乱暴だなあ。やっぱり見えるからと言って、人間と関わったのがいけなかったかな?そう思っていると。
「だ……大丈夫?」
俺をこんな目に遭わせた張本人が顔を覗き込んできた。
しかも、すごく心配そうな顔で。突き飛ばしたかと思ったら、今度は心配してくれるなんて、何だか変な子だなあ。
だけどこんな痛い思いをしたんだ。少しくらい脅かしたっていいかな。
相変わらず頭は痛いけど、せいぜいタンコブができた程度のケガだ。だけど俺はまるで意識を失ったみたいに、ピクリとも動かないでいることにする。
「起きて!ねえ起きて!」
涙目になりながら、何度も呼び掛けてくる女の子。うーん、ここまで心配してるところを見ると、流石に少し悪い気がしてくる。そろそろ良いかな。
さらに覗き込んで来る女の子にむかって、俺は手を伸ばした。
「捕まえた」
女の子がまた逃げ出さないよう、がっしりと掴んで放さない。ようやく触れることができた俺は、ニッコリと笑う。
「びっくりしたな。もう突き飛ばしたりしないでよ」
一瞬、呆気にとられたような顔をする女の子。だけどすぐに、俺が倒れた不利をしていただけだって気づいたみたいで、プルプルと肩を震わせる。そして……
「バカーッ」
大声で叫んだかと思うと、その子はめちゃくちゃに腕を振り回してポカポカと何度も頭を殴ってきた。だけど全然痛くなくて、それよりも何だか可笑しくて、つい笑みが込み上げてくる。
どれくらいそうしていただろう。やがて女の子も殴ることに疲れたのかその場に座り込む。その仕草が何だか可愛くて、思わずもう一度笑う。
「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ」
すると女の子はむくれたまま、じとっとした目をこっちに向けてくる。
「なんでそんなに笑ってるのよ?」
「だって、楽しかったから」
「楽しいわけないじゃない」
頬を膨らませて、悪態をつかれる。だけど本当に楽しいって思う。
だってこの子の反応が、いちいち面白いんだもの。鹿王相手じゃ、こんな風にはならないよ。
「楽しいよ。同じくらいの年の子とこんなふうに話すのなんて、初めてだったんだ」
「妖怪の世界も少子化が進んでいるの?」
少子化。確か人間の言葉で、子供の数が減っちゃうことだったかな。この山には子供の妖怪は俺しかいないから、間違っちゃはいない。
俺に言わせれば、少子化なんて言ってるけどまだまだ人間は子供の数が多いじゃないかって思う。だって学校に行けば、同じ歳くらいの子供なんて沢山いるんだから。そして、友達だっているはず。
「人間は学校って所に友達がいるんだろ。ちょっと羨ましい」
きっと毎日一緒に遊べて楽しいんだろうなあ。人間のそういうところは、いいなって思うよ。いつも鹿王に話し相手になってもらっている自分と重ねると、ちょっと寂しい気持ちになる。
だけど女の子は表情を曇らせて、力の無い声でポツリとこぼす。
「いないよ」
どうやったらこんな顔ができるのかって不思議に思うほど、悲しい顔をする女の子。
え、この子も俺みたいに、友達がいないの?人間なのに?
けどだからといって、ここまで暗い顔をする理由がわからない。友達がいないのは、俺だって同じ。だけどこの子からはただの寂しさだけじゃなくて、辛さや苦しさが伝わってきた。
あれ、もしかして、俺が何かおかしな事言ったのかな?
こんな時、いったいどうすれば良いのかわからない。困っていると、女の子は更に続けてくる。
「友達なんていない。私はおかしな子だから、だれも友達になんてなってくれないよ」
「きみ、おかしな子なの?」
思わず聞き返す。
確かに急に逃げたしたり、かと思えば頭をぶつけた俺のことを心配したりと変わった子だとは思うけど……
すると女の子は、首を傾げる俺をキッと睨んだ。
「アンタ達のせいじゃない!」
静かな山の中に、悲しい声が響く。俺のせい?
驚いて思わず身をすくめたけど、女の子の勢いは止まらない。
「私にはアンタみたいな妖怪が見えて、でも他のみんなには見えなくて、いくらいるんだって言っても信じてもらえなくて………嘘つきって言われるようになって、仲間外れにされて……」
矢継ぎ早にいくつもの言葉を並べ立てる女の子。
けど俺は、この子の言っている事がよくわからない。
見えるって言ってるのに、他の子はどうして信じてあげないの?仲間外れにするだなんて、そんなの酷いじゃないか。
女の子はいつの間にか泣いていて、顔をぐしゃぐしゃにしている。
急に怒って、そうかと思うと泣きだして、人間なんてわからない事ばかりだ。だけどそれでも、目の前で泣いているこの子が傷ついていること、このまま放っていたらダメなことくらいは分かる。
だけどこういう時、いったいどうしてあげれば良いんだろう?
こんなことなら泣いてる女の子相手にはどうすれば良いか、鹿王に聞いておけばよかった。
どうすれば良いか迷ったけど、気が付けば俺は、そっと女の子の頭に手を伸ばしていた。
――ポン
右手に柔らかな髪の感触が広がる。
女の子はハッとしたように、顔を上げて俺を見た。
「よく分からないけど、なんかごめん。」
この子が泣いちゃったのは、たぶん俺のせい。俺は友達がいないことを寂しいとは思っていたけど、たぶんこの子は俺よりももっと寂しかったんだ。なのに無神経な事を言ったから、傷つけてしまったんだと思う。たぶん。
それじゃ、俺はどうすればいいんだろう?何て言ったら、この子は泣き止んでくれるんだろう。
頭を撫でながら考えると、ふと、ある考えが浮かんだ。そうだ、これならきっとこの子も喜んでくれるはず。
俺は頭を撫でるのを止めて、その手をそっと差し出した。
「それじゃ、俺が友達っていうのは、だめ?」
とたんに、女の子はポカンとした顔になる。
「俺は木葉。君は、何て言うの?」
警戒しているのか、女の子はじっと俺のことを見たまま。手をとってはくれないし、名乗ってもくれない。もしかして、俺とは友達になりたくないのかな?だとしたらちょっと傷つく。
「だめ?」
不安だったけど、もう一度尋ねてみる。
すると女の子は戸惑ったように、だけど今度は、そっと俺に手を伸ばしてくれた。
手に暖かな温もりがある。女の子は顔を赤くして、少しだけ視線をそらして、ボソッと呟く。
「……志保。朝霧志保」
「えっ?」
「私の名前。友達なら覚えてよね」
パッと見ると、その顔はあんまり嬉しそうじゃない。俺があんまりしつこいから、仕方なく友達になってやったんだぞといった様子。
だけどふと気づいた。僅かに口の端っこが上がっていて、笑わないように必死に我慢しているってことに。
たぶん、本当は嬉しいんだと思う。けど嬉しいのに嬉しくないフリをするなんて?変なの。
こう言うの、何て言うんだっけ?確か人間が話しているのを聞いた事がある。あれは確か……
「思い出した。ツンデレだ」
「誰がツンデレよ!」
繋いでいた手を離され、思いっきり頭を叩かれてしまった。
でも痛かったけど、なぜか不思議と嫌な感じはしない。それはこの子が……志保が友達になってくれたからなのかな?
そんなことを考えていると、志保は俺に背を向けて一言。
「行くよ」
行くって、どこへ?
不思議がっていると、俺が分かっていないことに腹を立てたのか、志保はちょっと怒ったような顔で振り返る。
「いつまでもこんな薄気味悪いところにいたってしょうがないでしょ。せっかくお祭りがあってるんだから、何か食べに行くのよ」
「ああ、なるほどね。けど俺、お金持ってないし……あ、でもどうせ志保以外の人には姿が見えないんだから、こっそり貰えば良いか。沢山あるんだし、ちょっとくらいなら……」
「泥棒する気かアンタは!」
もう一度叩かれた。冗談で言っただけなのに。
そして志保はため息をついて、呆れたように俺を見る。
「しょうがないわね。ちょっとくらいなら私がご馳走してあげるから、それで我慢してよね」
「え、いいの?」
「仕方ないでしょ。友達がお腹を空かせてる横で、私だけ食べるなんてできないもの」
照れたように、そっと視線をそらす志保。仕方ないなんて言ってるけど、やっぱり心なしか嬉しそうだ。
「あ、デレた」
「デレるか!さっさと行くよ!」
そう言うと志保はズンズンと歩き始め、俺はその後をついて行く。だけどすぐに呼び止めた
「あっ、ちょっと待って」
そう言って、俺は背中に羽を生やす。
「行くなら、俺が抱えて飛んで行くよ」
「えっ、でも……」
何だか照れたように口ごもる志保。どうしたんだろう?
「歩いて行くより、こっちの方が速いって。ほら」
「……うん」
顔を赤くしながら寄ってきた志保を抱きかかえ、俺は空へとはばたく。いつも見慣れているはずの景色が、何だか今は少し違って見えるような気がした。
俺に初めてできた友達。
それは妖怪を見ることのできる、ちょっと変わった女の子。
朝霧志保……俺は心の中で、その名前を繰り返す。
そういえば、前に鹿王は言っていたっけ。人間とは深く関わっちゃいけないって。
なぜそんなことを言ったのか。俺がその理由を知るのは、もうちょっと後のお話。
今はまだ志保と過ごすこの時間を、素直に楽しいって感じていた。
「……うっ、重い」
「何よ!重くなんて無いわよ!」
「わっ、暴れないで。落ちる!」
人一人抱えて飛んだ事なんて無いから、こんなに重いとは思わなかった。俺がもう少し大人になって体も大きくなったらもっと楽に抱えられるんだろうけど、それもまた、もうちょっと後のお話。
妖怪の俺が人間の彼女と出会った日 無月兄 @tukuyomimutuki
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