おまけ あかりの新しいキラキラ

 カフェのクローズタイム、あかりは例の男性社員と二人勤務だった。

 「店長から聞いたぞ。辞めるんだって?」

 「はい」

 あかりは水回りの片付けをしながら返事をした。彼も器具の手入れをしながらだったので、無礼講にならない。

 「留年したからか?」

 「それもあります」

 他に気を遣うべきアルバイトスタッフがいないので、あかりは動揺することなく、淡々と肯定する。

 その態度が彼に気を遣わせることになるとは知らずに。

 あかりがモップがけを終えるまで、彼は終始無言を貫いた。

 あかりがいつ暗い声で家庭の事情たるものを明かすのではないかと肝を冷やしたと、後日聞かされる。

 「私、就職前提でバイトしないかって誘われているんです。もちろん学業最優先だから週五日入るわけにはいきませんが。両親からも、大学を卒業するという条件で承諾を得ています」

 「だったら、君の門出を祝わなきゃな」

 カフェでの会話は、そこで終わった。


 カフェでの勤務最終日、あかりが自室に戻るとスマホが震えた。

 「はい? って、先輩?」

 「そうだ、ちゃんと家に着いたか? 鍵もかけたか?」

 最後まで馬鹿にされたと思い込み、あかりは鍵にスマホを近づけ、施錠する音を届ける。

 「独り暮らし歴、何年目だと思っているんですか。子どもじゃあるまいし」

 「その憎まれ口でよくバイト先から誘われたな」

 あかりは玄関先の鏡を覗き、舌を突きだす。

 「そんなことを言うために電話をかけたんですか?」

 するとスマホの機械音が鈍る。深いため息をついたようだ。

 「こんなことを言うためにわざわざ電話をかけたわけじゃないんだがな」

 「じゃ、早く言ってください。三秒以内で」

 あかりがカウントを始めると、彼は唸り声で遮る。

 「心の準備が大変だったんだぞ。少しは気を遣え」

 「なんですか、実は私のことが好きでした~、とかですか」

 あかりにとっては特に意味のない会話のつもりだった。しかし彼は三秒の沈黙の後、頷いた。

 「え、マジなんですか? なんで?」

 「俺が知りたいよ。がさつでグラスは割るし、素直じゃないし、どうしようもないのにな」

 「……もう一度同じことを言ったら、本当に電話切りますからね」

 あかりの心にときめきは感じない。意外なできごとに驚いているだけだ。

 「こうなったら言うしかないか……」

 彼が惹かれた理由を聞き、あかりは不信半分、嬉しさ半分という心境だった。

 彼が語るあかりの魅力は、今年の梅雨から輝きだした。ミスは減らないものの、心から楽しそうにバイトをする姿に感心していたが、いつの間にか恋愛感情があると自覚した。あかりが大学を卒業するまでは秘めておこうと思ったが、在学中にバイトを辞めると聞いて慌てた。

 それを聞いて、あかりは彼の気持ちを承諾するか迷った。特に好きなタイプではない。ずるずると関係が続くのはカイト一人で懲り懲りだった。

 今は誰とも付き合いたくないというのが本音だった。

 無言で電話を切ろうかな、と思いスマホを耳から離す。するとあかりは思い止まった。

 「待てよ……?」

 あかりはスマホを耳に当て直した。

 「先輩、正直、今は私の気持ちなんてわかりません。そこで提案したいのですが……」

 彼はすべてを承知の上であかりの提案を受け入れた。

 「では、よろしくお願いします。テルヤ君」

 「こちらこそ、あかり」



 「……で、仮交際になったってわけ? 今の若い人は変わっているわね~」

 「変わっているとか、ゆうきさんにだけは言われたくないです」

 あかりが提案したのは、次の二点。

 カイトのような堕落した人間にならないこと。

 あかりが卒業するとき、あかりにも恋愛感情が生まれたらそのまま正式の交際とすること。


 二年後、あかりは留年することなく大学を卒業した。

 その二年後はテルヤと結婚し、双子の女の子を授かる。

 テルヤもカフェの店長に昇格し、順風満帆な生活を送っている。


 そしてあかりのキラキラライフはそれだけにとどまらない。

 卒業とともにインテリアアドバイザーの資格を取得し、お客の心の相談まで乗る名物店長にまで上り詰めた。


 あかり改造計画、任務完了!

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あかり改造計画 加藤ゆうき @Yuki-Kato

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