宵の万華鏡
高橋レイナ
第1話 冒険の始まり
波の音。空に瞬く星の輝き。指の隙間からこぼれ落ちた砂は、サラサラと音をたててもとの場所へと戻っていく。頭を空っぽにして、静寂の海に身を任せるー。そんな安らかな時間が、りなは一日のなかで一番好きだった。かれこれ学校を出てから三時間くらい、海で時間を過ごしている。海の彼方を見つめていると、学校での煩わしさが少し和らぐような気がする。やんわりと頬をなでるそよ風が心地良い。そんなことを考えている時だった。
途端に、海の向こうでキラリと光る炎のようなものが見えた。その周りを、チョロチョロと動き回っている動物のようなものが三匹。その両側には、あれはヤシの木…?それらを乗せた島のようなものが回転しながら、こちらに向かってくる。
そんなわけのわからないものが海に浮かんでいるなんてことがある?しかもこっちに向かってきている。りなはパチクリと何度か瞬きをした。信じられない光景を、目の奥で確かめるようにもう一度しっかり目を閉じて、そして開ける。
すると、その奇妙な島はもう姿を消していた。あれ?一体何だったのだろう?ほんの一瞬の出来事だったが、とても不思議なものを目にした気がする。本当に存在したのだろうか?でも、さっき確かにこの目で見た。そんなことがぐるぐると頭の中を駆けめぐる。
とりあえず、今日は家に帰ろう。明日になったら、その正体がわかるかもしれない。あまり遅くなるとママに叱られちゃう。そんなことを考えながら、砂浜から腰を浮かした。
ここで不思議な島を目にしたのは、影島りな。宵の星中学校の二年生。海沿いの一本道の通学路を通って学校に通う。巻き髪とくりくりとした目が印象的なハーフの女の子。スペイン語と日本語を話し、父と母と黒猫のルナと暮らしている。普通の中学生と少し違うこと、それは、4月に入学して2ヶ月経った今も、学校で友達ができていないことだった。
◇◇◇
次の日の数学の授業で、りなはノートに昨日見た光景の絵を描いていた。そう、こんな感じ。分度器で描いた半円形が、海に浮かぶ小島を連想させた。島の上ではこんなやつらが踊ってて…
「ゴブリン?あ、エルフかな?」
考えていたことを、授業中に口に出してしまった。席の周りの生徒たちが一斉にこちらを振り返る。しまった、また独り言を言ってしまった。
「またあの子、変なこと言ってるよ。」
何人かがこちらを見てクスクスと笑っている。我に返って、恐縮しながら教科書に目を落とす。
放課後になっても、りなはとりわけ一緒に下校する友達はいなかった。彼女は、クラスで孤立してしまった存在なのだ。独り言を言う変わった子、というレッテルを貼られてしまうと、同級生にとってりなの行動は全てがおもしろおかしく映ってしまうらしい。ハーフという容姿も相まって目立ってしまっていたのだろう。
昨日は、靴下の色が「おばあちゃんみたい」という理由で、五人ほどの女子の間でやり玉に上がった。入学当初から感じていた疎外感はやがてたしかなものとなっていき、もう取り返しのつかない状況になっていることを、りな自身も気がついていた。だから最近は、学校帰りに自ずと足が海へ向いていた。波の音を聞くと、すーっと心が穏やかになるのを感じた。空を見上げると、星がきらめいている。視界一杯に広がる空と星、地平線の果てまで続く海を眺めていると、小さい頃に訪れた南の島につながっているんだと感じて安心できた。南の島の陽気な人々や音楽、時間の流れ方など全てにりなは憧れを抱いている。海と空と星が、この学校というせせこましい現実から、はるかかなた自分の居場所がありそうな場所へ誘ってくれるように思えるのだ。
そんなわけで、現実世界に辟易としているりなにとって、昨日一瞬でも視界をよぎった、そこにあるはずのないものは、何か架空の世界へ引き込んできくれるサインであると、思いたかった。昨日の今日ではあるが、その瞬間の光景は、既にりなの心の拠り所となっていた。
“ああ、もう一度海へ行きたいー” もう一度、小島を見たいと半ばすがるような気持ち、そしてワクワクドキドキの冒険が始まる前の胸が高鳴るような気持ちが重なる。
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