第2話 笹井くんとの出会い

いつもの学校からの帰り道、最寄駅の近くの電柱に「今年も夏祭り開催」という黄色いポスターが貼られていた。日程は七月十六日の土曜日。時間は午後四時から。

「行きたい!」

りなは思わず飛び上がった。時間的にも、その後海に寄れる。ポケットから携帯を取り出すと、パシャリとポスターの写真を撮り、家に駆け込んだ。


「おかえりー!」

ドアを勢い良く開けると、バタンと大きな音がした。リビングのソファでくつろいでいた愛猫のルナがびっくりしてソファから駆け降りた。

「どうしたの? そんなに上機嫌で。何かあったの?」とキッチンからママが出てきた。

「ママ、これ行きたいの。町内会の夏祭り。」

「夏祭り? 今まで行ったことないじゃない。」

「今年は行ってみたいんだ。今まで行ったことがないからこそ」

「そっか。それじゃあ、その日はおしゃれしていかないとね。おばあちゃんからもらった浴衣を出しとくね。男の子もいるかもよ、うふふ」とママは少し嬉しそうだ。

りなは心のなかで、一緒に行く友達もいないのに、と毒づいた。それでも初めての夏祭り、そしてその後海に行って不思議な体験がもう一度できるかもしれない、と思うと楽しみで仕方がなかつた。


 その日から週末までは、勉強も俄然やる気がでた。学校の宿題だけでなく、塾の予習復習もしっかりやった。

 当日は、ママが浴衣の着付けと髪を結うのを担当してくれた。着物教室の先生を開くおばあちゃんから着付けについては伝授されているらしく、きれいに着せてくれた。浴衣は、お祭りの告知のポスターの色とよく似た黄色だ。はっきりとした色味の赤い帯に、淡い橙色の花模様がよく映える。髪型は、両サイドを三つ編みにして、後ろに小さなお団子を作り、右側には、ピンクの小さなかすみ草の花飾りをつけてもらった。

「少しだけ、お化粧」と行って、ママはピンク色のリップを塗ってくれた。

「りな、きれいだね。おばあちゃんも喜ぶよ」と言って、携帯でパシャパシャりなの浴衣姿の写真を撮っている。

 鏡にうつる、初めておしゃれをした自分を見て、少しこそばゆい感じがした。いつも無造作におろしている髪が、今日はきれいにアップされている。そのおかげで、アーモンド形の目がくっきりと強調され、優しそうな印象をかもしている。なんだか、人の良さそうなタヌキみたいだ、とりなは思った。黄色い生地を、赤の帯でひきしめた暖色系の浴衣は、りなの明るくポジティブな性格を表しているようだった。ちょっと似合うじゃない、と得意げになった矢先、少しキラキラしたピンク色の唇を見て、恥ずかしくなった。

(あとでこれは、ティッシュで拭いちゃおう)


「自分にうっとりしてないで」とパパがニコニコと、ルナを抱いてやってきた。

「行く時間だよ」とママが提灯のような巾着バックを手渡してくれた。

「じゃあ、行ってくる」そう言ってルナの頭をポンと撫で、りなは玄関の扉をあけた。


◇ ◇◇

カラン、カラン。照りつける太陽の光を一身に受けるコンクリートの道

路を歩くと、下駄の音がこだまする。ドキドキとワクワクの期待とともに待ちわびていたはずの日なのに、りなの心は何となく浮かない気分だった。せっかくおしゃれしたのだから、誰かと一緒に行きたかったな。祭りの会場に近づくに連れ、同年代の女の子が着飾って、賑やかにはしゃぎながら会場へ向かう様子を横目に、ひとりぼっちのりなの寂しさは募っていく。その気持ちを振りはらうように歩を進めると、縁日が見えてきた。

「影島さん?」

後ろを思わず振り返る。

「こっちこっち」

そこには、同級生の笹井くんが立っていた。Tシャツとハーフパンツというサラリとした出で立ちに、人懐っこい目と日焼けした肌がまぶしかった。

「こんにちは」

りながおどおどと手を振ると、笹井くんの方から近づいてきた。その隣には、笹井くんより一回り身長が高い、優しそうな男の子が立っている。サラサラの前髪が印象深い。

「こっちは兄貴」

笹井くんにそう紹介されると、彼は軽く会釈した。

「初めまして」

りなが小さくお辞儀をすると、お兄さんが「一人?」と質問した。

「そうです」

「じゃ、一緒に回ろうよ。俺ら二人でもなんだし」と気軽な感じで誘ってくれた。

思わず、「はい!」と満面の笑みで返事をした。りなは頭のなかで、アルプスの少女ハイジのように花畑を駆け回っていた。

「一人なのに浴衣着てるの?」と笹井くん。クラスメイトがこんなに打ち解けて話しかけてくれるのは、初めてだった。それだけで気持ちが高鳴り、遠くに聞こえるミーンミンというセミの鳴き声が、ファンファーレに聞こえる。すっかり気分が良くなったりなは、

「うん、そう。ほんとは一人でお祭りがどんな感じか見たかっただけなのに、ママにドレスアップされちゃったの」と答えた。

「ぷ、ドレスアップって」笹井くんとお兄さんが同時に吹き出した。


その後は、縁日で金魚すくいをしたり、綿あめを食べたり、射的をしてカエルのマスコットを当てたりと、定番だけれど楽しい夏祭りの時間を過ごした。さりげなく時計を見ると、もう八時を少し過ぎている。

「あ、もう行かなきゃ」

楽しい時間にピリオドを打つのは惜しかったが、海へ行くため、お暇の時間であることを告げた。

「いやあ、影島さんこんなに面白い人だと思わなかった。学校では静かだけど、本当はたくさん喋るじゃん。楽しかった」と笹井くんがりなの目を見てそう言った。その目は、キラキラしているように見えた。

「ほんとありがと。また会おうぜ」とお兄さんが続けた。また会おう、の一言がうれしくて、りなは上機嫌でこう返事した。

「いえ、こちらこそ、一人でトボトボ歩いていたところを救っていただいて、本当にありがとうございます。今度、家にぜひ遊びにきてください。黒猫のルナもいるから」きっと、ニヤニヤしすぎてアリスのチャシャ猫のように口角が急カーブしていたことだろう。そう明るく締めくくると、りなは手を振って、海の方へと歩き出した。


 心がぽかぽかした。足は半分スキップしていたと思う。心にとめどなくト音記号や音符が流れ、そのたびに心臓がアップダウンする感じだった。人と話すことによって、こんなに心の温度が上がるんだ。夏なのに、心臓がホッカイロになったみたい。人ってあたたかい。同級生と、こんなに話したのは、本当に久しぶりだった。


友達っていいな。

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