第3話 ゴブリンとの再会

海に着いた時には、八時半を回っていた。あたりはすっかりと暗くなっている。夏祭りの喧騒から離れ、浜辺はひっそりと静まりかえっている。聞こえるのは、打ち寄せるさざ波の音と、たまにブーンとこだまするバイクの音だけだ。空を見上げると、満点の星が輝いている。雲ひとつない空のキャンバスには、満月がくっきりと浮かび上がりっている。いつも以上に月と星がはっきりと見えるその夜は、空に手を伸ばせば届きそうなほどだった。夜空のカーテンの下、静寂のなかで、りなは何かが起こる気配がしてならなかった。心拍数が高鳴り、期待と緊張が相まった、楽しげな緊張を感じた。身を乗り出すようにして、水平線の向こうを見つめる。

(出てきて)と半ば祈るような気持ちで胸に手をあてる。しばらく目を凝らしていると、段々と視界がぼやけてきた。一瞬、周囲の景色が霞んだと思うと、海と空の境界がなくなった。深い群青色の空間だけがそこには存在する。りなは、その空間にすっぽりと包まれるような感覚に陥った––。と、そこに例の小さな島がぼんやりと出現した。

「あ!」りなは大きな声を出した。島の両側には、この間と同じように二本のヤシの木が立っており、中央には焚き火が燃え盛っている。そしてその周りを、例のゴブリンのようなもの–––三匹いるーが踊りながら取り囲んでいる。小島の様子は、段々はっきりと見えてくる。どうやら、島はゆっくりと静かに、りなのいる浜辺の方に向かってきているようだ。今や霞んだ視界はクリアになり、空と海の境界もはっきりと見える。ゴブリンは右脚と左脚を交互に動かしながら、焚き火の周りを踊り続けている。気がつくと、小島はりなのすぐ目の前の、波打ち際まで流れついてきていた。そこでピタリと島の動きが止まった。ゴブリンたちは踊りをやめ、こちらに向かってしきりに手招きをしている。

波のざわめく音だけが聞こえる。ヤシの木は、風にそよいでいた。

一瞬、りなは島の方へ近づくのをためらった。どこへ連れて行かれるのだろう?という考えが頭をよぎったからだ。けれどもそれはすぐに、好奇心と期待に打ち消されていた。りなは島に飛び乗った。

 三匹のゴブリンたちの仲間に加わると、彼らは再び踊り始めた。すると島は、今来た道を逆方向に、水平線に向かってゆっくりと戻り始めた。りなは落ち着きなく飛び跳ねながら、ゴブリンたちに倣って焚き火の周りをぐるぐると回っていた。

「ねえ、これはどこへ向かっているの? 」一匹のゴブリンが物珍しそうにこちらへ顔を向け、りなをジロジロと見た。しかし、顔をそむけてすぐに踊りに戻ってしまった。りなに向けられたゴブリンのその目は、人間の四、五倍ほどの大きさで、吸い込まれそうなほど大きく、ギョロッとしていた。彼らは耳も大きく、その先は尖っていた。雪だるまにつけられた人参のように前方に伸びた鼻、頰に向かって上がる口角など、顔の一つ一つのパーツがとても印象的だった。身長は三匹とも八十センチくらいだろう、体の色は一匹が褐色、他の二匹が若草色のグリーンだった。やっぱり彼らの出で立ちは、小さい時に読んだ絵本に出てきた、おとぎの国の登場人物、ゴブリンそのものだった。彼らは踊りながら、

「アチ、アチ、チビ、チビ、アチ、チビ、ケチビ」など日本語のような、そうでないような謎の掛け声を小さく掛け合っていた。

「ねえったら、私はどこへ連れて行かれるの?」

りなはもう一度、大声でゴブリンたちに話しかけた。しかし、今度は誰もこちらを見なかった。どうやら彼らは、踊りに集中したようだ。あきらめたりなは、見よう見まねで彼らの踊りを真似て、左右の足を交互にあげながら焚き火の周りを回り始めた。小島が動く速度が若干早くなった気がした。

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