とても優しい文体で、登場人物が描かれている物語です。
しかし登場人物の心情を丁寧に書いているというのであれば、珍しくはあっても希有ではありません。
この物語が希有なのは、登場人物の心情だけでなく、登場人物を中心にした風景も描いている点にあると感じます。
読み進めていけば物語に引き込まれ、私がそこで見る風景は現実宛らでした。
音楽が聞こえ、適当なSEがあるドラマや映画の中に入ったのではなく、現実の街、山、サーカス小屋でした。
生活音、人の声、またメインとなるアパルトマンでは部屋を通り抜けるであろう風まで感じ取る事ができたような気がします。
だからこそ、この物語にある描写は、丁寧ではなく、優しいのだと私は思います。
登場人物にも、根底にあるのは優しさ、誠実さであると強く感じます。
仕事に行き詰まったという女優も、何らかの事情でフランスから帰ってきたという絵描きも、アパルトマンのオーナー…皆、人間らしい優しさを持ち、他者に対して誠実であろうとしています。
人の善意よりも悪意が、幸せよりも不幸が目立ってしまう今だからこそ、読みたい、紹介したい物語です。
与えられた役が上手く演じられない主人公。
それまでは、何なくこなせていたのだろうものが壁にぶち当たったことで、監督から言い渡された「キミカ」を探すための1ヶ月の休暇。
「当たり前にあったもの」を取り払い、「何もない」状況に置かれたことで、今まで見えていたもの以上のものが見えてくる事で得るものは多々ある。
「視野を広げる」と言う事はそう言う事なんだと、一度初心に返り自分を見つめ直すことで新たに得るものがあるとはこう言う事なんだと、非常にためになる物語。
他薦によって、この作品に巡り会えた事に感謝します。
一度今ある物を取り払い、一から出直してもう一度自分を見つめ直したいと思います。
夢を見る事に前向きになれる、そんな作品です。