ランナー

リエミ

ランナー


 私は走ることが好きだ。


 走り続けることで、生きていることを実感できる。


 とりわけ、雨の日が好きだ。


 体を潤おし、乾いた心に染み渡る。


 だから私は、雨の日でも走る。




 ある日、私は、友達と賭けをした。


 私がよく走るので、一年のうちに、この世界を一周できるか、賭けようというのだ。


 体力には自信があったので、私はこれから一年間、走ってきて、必ず戻ると約束した。


 友達は、もし私が勝ったら、豪華ディナーをごちそうしよう、と言ってくれた。


 私が負けたら、豪華ディナーを友達に用意しなければいけない、と決まった。




 友達は動くのが嫌いなタイプだったので、私は彼をスタートとし、ゴールと決めた。


 彼も、この国にとどまり続け、私の帰りを待つと言った。


 そこで私は、彼からスタート・ラインを切った。




 まずは近所の見慣れた景色。


 高い並木道が続いた。


 以前、この木の葉をかじってみたことがある。


 それは苦い味がして、私の舌には合わなかった。



 続いて、足場の悪い砂利道に出た。


 ここは初めて走る道だ。


 小さな砂利に足を取られ、思うように前へ進めず、苦労した。



 そのガタガタ道は、今度はツルツルのコンクリに変わった。


 しかしとても硬いので、私の足の裏が、ヒリヒリと痛み始めた。


 コンクリは走る度に、足が擦れる感じだった。



 けれどもしばらく進むうち、コンクリの地面は、見慣れないアスファルトへと変化した。


 私はどうも、このアスファルトが好きになれず、今までも走ることをためらってきたのだという、私の弱点に気がついた。


 だが今は、自分との戦い。


 もう走り続けて、一週間が経っていた。


 私はこの一週間で、いろいろな道を乗り越えてきたのだ。


 アスファルトだって、制覇できるに違いない。




 しかしここで、突然、陽の光が増してきた。


 もう喉もカラカラだ。


 手足も、見るとカサカサだ。


 この辺りで、しばらく休憩でもするか。


 そう思って、近くに木陰を探してみた。


 だが、見渡しても陰はない。


 それどころか、車がフラつく私を、はねそうになった。


 ここは車道だ。


 横断歩道も見えている。


 私は道のわきに立ち止まり、大きなタイヤの車を見つめた。


 あの車に乗れたら、どんなに速いだろう……。


 よからぬ考えに、私は頭を悩まされた。



 ふと、友の顔が脳裏をよぎった。


 そうだ、友に、おいしいディナーをごちそうになるのだ。


 私は気を引き締めるために、再び足を前へ進めた。


 じりじりと焼けるような陽射し。


 アスファルトから、燃えるような湯気が立ち上っていた。


 しかしそれも、私の情熱にはかなうまい。




 ついに、雨が降り始めた。


 天の恵みの雨だった。


 私は思い切り、そのシャワーを浴びた。


 キラキラと雫が垂れる。


 横を見ると、これまた美しい花が咲いている。


 なんという美しさだ!


 生きているということは、美しいということなのだ。


 私は、あまりに花が輝いて見えたので、その花の葉を、一つかじってみた。


 お腹が減っていたということもあるのか、とてもおいしい味がした。



 元気を取り戻したところで、私は再び走り出した。


 しかしその日は私にとって、忘れられない日となった。




 急に空から、恐ろしい鳴き声を上げ、大きな鳥が飛んで来たのだ。


 しかも目をギラギラさせて、私目がけて襲い掛かった。


 私はこんなに恐ろしい鳥は、見たことも聞いたこともなかったので、心臓が飛び上がるほど驚いた。


 ショックのあまり、つまずいて倒れてしまったのだ。


 そこは雨で、泥沼になっていた。


 私は素早く足を動かし、泥道を進むが、鳥はいまだに、私を狙う。


 だが、鋭いそのクチバシは、不器用なのか、私を上手に突き刺せない。


 何度も空へ舞い上がっては、高いところから、私に向かって急降下してくる。


 私はついに、ある決心をした。


 それは、隠れることだ。



 私は背中にしょっていた、簡易式避難用シェルターへと潜り込んだ。


 これはとても丈夫で、ある程度の攻撃にも耐えることができる、とても便利なものだ。


 私は世界一周をすることで、危険な国も避けては通れないと思っていたので、このシェルターを使う時が来るだろうとは、予想していた。


 だがまさか、それが鳥だとは……。



 とにかく、じっとして、鳥が諦めて去るのを待った。


 鳥は、シェルターに隠れた私を、見失ってしまったらしい。


 あっけなく飛び立って行ってしまった。


 初めは恐ろしかったが、いなくなってしまえば、何ということもない。


 私はシェルターから這い出て、また自分自身との勝負を続けた。



 もうすぐだ。


 もうすぐ、一ヶ月。


 私の胸は躍っていた。


 約束の一年は、私の驚異的なスヒードで、短縮化されようとしている。


 もう目前に、友というゴールが近づいていた。




 友の姿が見えた時、私は感動で胸がいっぱいになった。


 友は、あのスタートした日とまったく同じ場所で、私の帰りを待っていてくれたのだ。


 友に、私の心が通じたのかも知れない。


 友と私は、互いに見つめ合い、そしてお互い、感動していた。


 友は、約束のディナーを私におごろうと、私を案内してくれた。




 ちょっと湿った木陰だった。


 きれいなアジサイが咲いている。


 そうか、もう六月なのか。


 私と友は、木陰の葉っぱを食べた。


 これでもかというほど、腹いっぱい詰めた。


 満腹している私たちの頭上に、何か大きな影がかかった。


 その影は二つあり、影同士にしか分からない言葉で、こんなことを言っていた。


「なるほど。彼らの生態がよく分かりました。この一ヵ月半、観察していましたが、彼らの一方は、一ヵ月半かけて、この公園の周囲を這い続け、途中、葉っぱを食べながら、戻ってきましたね」


「そうだな。公園の花に、水をやっているお爺さんに、ジョウロで水をかけられたり、鳥に襲われた時、ちゃんとカラに入ったりして、やり過ごしていたな」


「やけに歩くスピードがトロいので、見ていて眠くなりましたよ」


「しかしなぜ、一ヵ月半で公園の周囲を一周したのか、理由がよく分からないな……」


「そうですね。これからも観察をし続けましょう、博士。博士のカタツムリ観察記録を、完成させましょう」


「ああ。キミ、今後も助手を頼んだぞ」


「はい! もちろんですとも!」




◆ E N D

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