幕間 学園長室での会話
幕間 ファイス育成学園学園長室での会話
「今日は月が綺麗だな」
ファイス育成学園の一室。ファイス育成学園の学園長室で一人書類仕事をしながら学園長は月見をしていた。
本来ならすぐに終わるはずの書類仕事も、新入生が入ってくるこの時期では簡単には終わらない。寧ろ他の人にも手伝ってもらいたいほどの書類を一人で捌かないといけない。
一息つきながら眉間に指をあてる。最近は特に疲れがたまり、ろくに休めていない。今すぐにでも寝たい願望を持ちつつ書類にサインしたりハンコを押印したり、記入したりする。
「いやー、学園長という立場って案外楽じゃないね」
椅子から立ち上がり、冷蔵庫の中に入っているアイスコーヒーを取り出し、一口飲む。
学園長が小休止を入れようとした時、学園長室の扉が開いた。
「よお、久しぶり」
思いもよらない男の来訪者が学園長の目の前に立っていた。
「見ないうちに老けた?」
「そう見えるんだったらお前も老けているはずだぞ」
「違いない」
来訪者――黒い外套を着込んだ男は勝手に冷蔵庫の中からアイスコーヒーを取り出してそのまま飲み始める。
「……苦げえ」
「そりゃあミルク無しの無糖ブラックだからな。お前は本当に昔からガキ舌だな」
「うるせえ、甘いは正義なんだよ。甘味は皆を幸せにするコミュニケーションツールだ。甘味は皆大好きなはず」
「はいはい。お前の屁理屈にはもう飽きてきたよ」
学園長はそのまま自身の椅子に座る。黒い外套の男は、本来来訪者用に使用されるロングソファに寝っ転がった。
「どうだ、学園は」
「正直面倒くさい。毎日がハードワークさ。ちょっと手伝ってくれよ」
「謹んでお断りさせていただきます。学園長殿」
苦虫を噛んだような表情をする学園長に男はガハハと高らかに笑う。
「全くお前は……。ところで今日は何しに来たんだい?」
月を見ながら学園長は男に問いかける。
学園長室はどんどん月光が差し込んでいき、暗かった部屋の部分も月光により徐々に明るくなってきた。
男は寝ている状態から勢いをつけてソファに座った。
「――アイツの事が知りたくてな」
「ああ、彼か」
真面目なトーンで返答する男に学園長はそう言って椅子から立ち上がり、書類が収納されている棚に向かう。
棚にはバインダーに収納された書類がぎっちりと置いてあった。その中の書類にはこのファイス育成学園の経営に関する資料から学園内で開催されるイベントの資料まで、様々な書類が混在している。
学園長はその中から一つのバインダーを抜き取り、男に手渡す。
「お前が知りたい、彼の情報だ」
「ああ、ありがと」
そのファイルの中には一人の生徒の情報が載っていた。
名前、年齢、基本的な身長や体重などといったものから、生い立ちやその他個人的な事までが書かれている。
「どうだい?」
「ああ、大体わかったよ。少なくとも彼が伸び伸びとやっていることが知れれば俺は一先ず安心さ」
そう言って男はその書類を学園長に返す。
「にしてもどうしてその少年の事が気になるんだい?」
「ああ、それはな――」
こいつは――俺に少し似ているんだ。
男はポケットから煙草を取り出す。その動作を学園長は静止した。
渋々煙草をポケットにしまい、月を見る。
「こいつは俺と同じ匂いがしたんだ。ただそれだけの事」
「それは『スカイファイター』としてのコメントかな?」
「……そう、捉えてもらっても構わない」
学園長の質問に男は言葉を濁らせる。
「まあ、『空神』と呼ばれているお前のことだ。その言葉に間違いはないのだろう」
「…………ああ」
「時間はまだある。今後彼にどのような出来事が起こるのかじっくり話してくれないかい? まだ夜は始まったばかりだ、久々に語ろうではないか」
「ああ、そうだな。それにしてもいつもより少し乗り気だな、お前」
「学園生の事だしな。一応ここの学園長やってるし」
「どんどん学園長が板についてきているな」
「そうか?」
「ああ、いい学園長になれそうだ。じゃあ、そろそろ話しますか――」
学園長は男と対面するようにソファに座る。
月光に照らされた学園長室で、今宵二人だけの話が始まる。
机の上に置かれた書類はやがて窓から差し込む月光に照らされた。
『ソウタ・エノモト』
当事者不在のこの会話は二人の男の密談となった。
蒼穹の彼方、神風の翼 二魚 煙 @taisakun
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