2ー9 月下の談話

 俺は歓迎会で盛り上がった身体の火照りを冷ますために、一人で食堂の外に来ていた。

 食堂の外はバルコニーになっており、また風通しも良いので風にあたりたいときにはもってこいの場所だろう。

 今日は雲一つなく、月がとても輝いていた。月から発する光のおかげで普段よりは明るい夜だろう。

 俺はそんな月夜を見つつ、ひとりグラスに注がれたジュースをちびちびと飲みながら夜風を愉しんでいた。

 バルコニーから中の食堂に耳を傾けてみると、いまだに楽しそうな声音が響いていた。


 ――この寮は本当にいいところだ。


 歓迎会はとても楽しかった。

 先輩方の学園での話や、C級ライセンス公式戦の話、更には他愛のない話まで、美味しい食事を食べながらこう言った話を聞けることがとても嬉しいものだった。 しかも公式戦の話とかはとても身になった。今後俺自身が行う事、聞いといて損は無い。寧ろ利益だろう。

 また先輩方はEチームの事を気にしないで気軽に接してくれる。今日発表だったので明日からは笑いものだろうがこうして笑いながら気にせず接してくれる先輩方には感謝じゃ足りないだろう。勿論ガイも同様だ。

 ファイス育成学園での『スカイファイター』はまだ始まったばかり。俺は今後起こる出来事につい頬が緩んでしまう。

 

「あら、貴方ここにいたの」


 頬杖をついているとアリスがバルコニーにグラスを持って来た。思ってもみなかった訪問者に俺はつい目を見開く。

 

「アリスさんどうしたの?」

「ちょっと風にあたりたい気分なの。隣いい?」


 そう言って俺の隣に来るアリス。風がアリスの白銀プラチナの髪をなびかせる。その髪に月の光があたり、髪の毛一本一本が一つの芸術作品みたいに綺麗だ。

 

「ふう、ここ気持ちいいわね」


 アリスはそう言ってグラスをあおる。

 

「それにしても先輩たちやさしい人たちでよかったね」

「ええ、本当にそうね」

「取り敢えず俺達は先輩たちに追い付けるように頑張って練習しないとね」

「そうね」


 ……会話が続かないな。やばい、気まずい。


「ところで貴方、私の事「アリスさん」っていうけど別に「アリス」って呼んでくれても構わないわ」

「え、本当?」

「勿論。一応チームメイトだもの。それに私は貴方の事を「ソウタ」と呼ばせてもらうから」

「ああ、勿論いいよ!」


 そう言って俺はアリスに親指を突き立てグットポーズをする。

 それを見たアリスは「馬鹿らしい」と小さく微笑みながら月を見上げた。


「ねえソウタ」

「何?」

「貴方はなんでこの学園に入学して『スカイファイター』を目指すの?」


 それは唐突な質問だった。

 俺は軽く笑いながら「別になんだっていいだろう」と受け流そうとしたが、アリスの目を見ると本気の目をしており、まともな返答をしなければ怒られそうだった。

 俺にも正当な理由はある。だがアリスにとって納得できる理由かは別だ。


「逆に聞くけど、アリスはなんでこの学園に入学したの? しかも空闘科にさ。先に答えてくれたら俺のも教えてあげるよ」


 納得のいく説明を考えるため、俺は苦し紛れに質問返しをした。

 アリスは「本当?」と言うので小さく「ああ」と返す。

 やがてアリスはグラスを近くのテーブルに置き、口を開いた。


「私が入学した理由。それは家の事情よ」


 月を見上げるアリス。その目は月ではないどこか遠くを景色を見ているようだった。


「私の家は有名な『スカイファイター』を排出する家で有名なの。そう、いわば私は生まれして選手になることが義務付けられた人間なの。私の兄たちは『エア・ファイティング』界では結構有名な『スカイファイター』よ。だからこそ末っ子の私もその期待に応えるべくこの学園に入学して『スカイファイター』を目指しているわけ。これが私の入学理由よ」

「アリス自身がなりたいってわけではないの?」

「正直言って最初は義務感だったわ。私は兄たちのような一流の選手にはなれないから。飛行訓練覚えてる? 一機だけ不安定な動きしていた飛行機見てない?」


 そういえば一機だけ明らかに他の生徒より不安定な動きをしていた機体があった。今でもその光景は覚えている。

 操縦が下手なのかなと思っていた機体だ。


「その機体――私が操縦してたの」


 その場に沈黙が訪れる。

 正直俺もその言葉にどう返していいか分からなかった。俺はあまり人をフォローするのが得意ではない。ここで変な事を言ったら余計にアリスを傷つけてしまう。


「操縦して分かったの。私に『スカイファイター』の才能は無いってね」

「…………」

「だけど、先輩たちや教官の言葉を聞いて分かったの。空では残ったものが勝者。今では無理だろうけどいつか私も勝者をつかみ取るって」


 そう言ってアリスは右腕を高く上げ、月を掴むような動作をした。

 

「昔は義務感だったけど、今は違う。私は一流の『スカイファイター』の地位を掴むためにここにいる。そう思っているわ。だからこそ誰にも負けない。兄にも先輩たちにも、そして貴方――ソウタにも」


 力強い声音でアリスはそう言った。一種の宣言にも聞こえるその発言はどこか覚悟にも聞こえた。

 俺は思わず息をのんだ。ここまでとは思っていなかったので驚いてしまう。


「私は話した。次はソウタの番。聞かせて」


 一歩、また一歩と俺に近づくアリス。そして――


「貴方は何故『スカイファイター』を目指すの⁉」


 アリスの綺麗な顔はもうすでにまじかにあった。呼吸の吐息も俺の皮膚に当たる。

 俺は一呼吸置き、


「――金が欲しいから。そして〝神風〟になるためだ」


 俺とアリスの間に風が吹き通る。


「お金?」

「ああ、俺には金が必要だ。それも早急にだ。稼ぐには『スカイファイター』が手っ取りばやい」

「確かにお金を稼ぐなら『スカイファイター』は良い仕事だけどそれは一流の選手、ほんの一握りの選手だけよ。それに〝神風〟って何?」


 俺の発言に戸惑うアリス。


「じゃあまず金の話でもするか」


 そう言って俺はグラスに入ったジュースを一気にあおった。そして空になったグラスをアリス同様テーブルに置く。


「俺、孤児院出身なんだ…その孤児院が今経営が大変でさ、経営に必要な金が無いんだ。今はなんとか首の皮一枚繋がっているらしいんだけど、いつ経営破綻で潰れてもおかしくない状況なんだ。だからこそ俺は稼いでその恩返しをしたい。その為に『エア・ファイティング』の世界に足を踏み入れたんだ」


 俺は目を瞑り、孤児院の事を思い出す。

 俺の幼少期から中学卒業までの記憶はすべて孤児院で過ごした日々だ。俺を生んだ両親の顔は知らない。ただそこの職員が俺にとっての親だった。

 また年齢はバラバラだが、仲良くしてくれた孤児院の子供たちは俺にとって兄弟みたいなものだった。

 そんな大切な人たちがいる孤児院は俺にとっての家だ。かけがえのない俺の唯一の実家。

 俺にとって大切な場所が今無くなろうとしている。だからこそ俺は育ててもらった恩を忘れたくないからこそ大金を稼いで孤児院を救いたいのだ。


 俺はアリスを見る。アリスは真剣な眼差しでこちらを見ていた。真剣に聞いている証拠だろう。


「まあお金についてはこんなところだよ。とにかく俺も金を稼ぐために一流選手を最短で目指さないといけないわけだ。まあ難しいだろうけどね」

「そうね。最短で一流選手になるのは並大抵のことではないからね」


 アリスは兄が一流の選手だからこそその苦悩や苦労を知っているのだろう。その言葉に納得がいく。


「それで、あと〝神風〟について知りたいんだっけ?」

「ええ」

「簡単な話だよ。昔孤児院にいた時、とあるおじさんから話を聞いたんだ。「空を飛ぶとたまにある風が導く。その風は飛行機がまるで自分と同化したように飛べる幻の風」らしいんだ」


 夜風がなびく。その風を堪能しながら俺はアリスに、


「俺はその〝神風〟が知りたい。そのおじさんとの約束なんだ。〝神風〟を見つけるってね。だから俺はその日から飛行機乗りを志したんだ。その二つがマッチして俺はこうしてファイス育成学園の空闘科に入学して『スカイファイター戦闘機乗り』を目指した。それが俺の入学した理由。どう? 納得してもらったかな」

「ええ、勿論」


 そう言ってアリスは自分の持ってきた空のグラスを持つ。

 

「お互い、事情は違うのね」

「まあな。と言っても空闘科の大半は俺みたいに金が欲しい奴らだとは思うけどな」

「そうかもしれないわね。でもソウタの理由はとても良いものだと思うわよ」


 ふふ、とアリスは笑いながら、


「じゃあ私は一足先に戻るわね。皆に怪しまれても面倒だし」

「おう、俺はもうちょいここで涼んでる」

「分かったわ。風邪ひかないようにね。――明日からもお互いにがんばりましょ」

「――おう、そうだな」


 アリスは再び賑やかな声が聞こえる食堂の中へと戻っていた。

 やっぱり、人それぞれ理由があるんだな。

 俺はアリスとの会話を振り返りながら、一人月見をすることにした。


 

 


 


 

  

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