第5話 歌ウ

「見つけたぞ、小鳥パクシー


 突如現れたネグルを見て、ラナは走り出した。

 その様子に透はネグルを敵と判断し、松葉杖をネグルに投げつけた。


「このガキッ!」

 ネグルは激高し、呪文を唱えると、透は悲鳴を上げて地面に倒れた。

 その悲鳴を聞き、ラナは足を止めて振り返った。

 透の左足には蔦が巻き付いており、ギュウッと締め付けているのを目にし、ラナは「やめてっ」と叫んで睨みつけた。

 その様子にネグルはニヤリと笑む。

こいつを助けたいなら私と来い。嫌ならこいつを殺すぞ?」

 ラナは透とネグルとを見、それからチョーカーに手を触れ、口を開こうとしたが、ネグルがそれを止めた。


「歌うのは無しだ。歌うならこいつは死ぬ」


 歌の難点は時間がかかることだ。

 どんなに力があっても発動までに時間がかかる。

 だから、こういう形で人質を取られてしまえば、ラナには成す術がなくなってしまうのだ。


「分かったわ」

 そうラナが言おうとした瞬間、漆黒の影がネグルの背後から音もなく強力な一撃を与えた。

 ネグルがバランスを崩し、前のめりに倒れると、そこにはロウの姿があった。

 影は彼の相棒、黒鷹シルフィードだった。


「必ず守るって約束したからな」

 そう笑ったのも束の間、ネグルが地面で呪文を唱えると、ロウはあっという間に透よりも酷く全身を蔦に覆われ、締め上げられた。

 それを解こうとロウも呪文を唱えるが、数本の蔦が千切れた程度で全く歯が立たなかった。


黒鷹シルフィードっ」

 舌打ちをしてロウがそう呼ぶと、黒鷹シルフィードはネグルに襲い掛かったが、いとも簡単にネグルの呪術によって片翼に怪我を負わされ、バランスを崩した鷹もまた地面に墜落した。


 どうやらこちらでは呪術は力を増し、逆に魔術は弱くなっているようだと気づいたロウは歯がゆさを滲ませた。

 そんな彼らを見てラナは意を決したように口を開いた。


「殺さないで……」

 懇願するラナにネグルはニヤリと笑い、地面に転がる二人と一羽に視線を落とす。

「このガキは助けてやろう。だが、こいつらはダメだ。どうやらここじゃ呪術や魔術というものは存在しないようだからな。こいつらがいなければ私とお前でこの世界を掌握することができる」

「……ヘシアは?」

「あんなとこ戻る気はない。もう私の領地ではないからな。戻ればどの道お前に自由はないし、私も支配されて生きるのは御免だ」

「皆は?」

「さあな。一生奴隷か殺されるかだ。血の呪いヴェル・ヴァルムは強力な呪術だ。私がいなくなっても呪いが解けることはないし、唯一あれが解けそうな魔術師はここで死ぬんだからな」

 そう言うなりネグルは呪文を唱え始めた。

 それに重ねてラナが歌う。

 祈るように両手を組んで。


 ネグルの呪文がラナの歌声にかき消されていく。

 大声で歌っている訳じゃない。

 静かに囁くように祈るような歌声だったが、呪文が聞こえなくなり、ラナの歌声だけが夜の公園に響いた。


小鳥パクシーがっ……!」

 これが小鳥パクシーの歌の力か、とネグルとロウは驚いた。

 心の強さが歌の力に影響するとは聞いていたが、ここまで影響力があるとは思えない。

 恐らくこの世界では歌の力が増幅されるのだと二人は理解した。


 そして、小鳥パクシーの歌には二種類ある。

 伝統的な歌と即興で歌うオリジナルと。

 即興曲はそれぞれの個性と心の強さがダイレクトに出る。

 ラナが今歌っているのはその即興曲で、荒ぶるものを鎮め、癒し、温かく包み込むような歌だった。


 その歌が終わる頃には、透の左足、そしてロウの全身を締め付けていた蔦は地面に吸い込まれるようにして消え失せ、透の左足はすっかり癒え、ロウや黒鷹シルフィードの怪我も治っていた。

 さらにロウの魔力は増幅され、その力で今度はネグルを蔦で覆い、すっかり形勢逆転した。


「ラナ……守ると誓ったのに逆に君の歌に救われてしまったな」

 情けない、とロウはラナに謝り、それからラナにネグルを示した。

「奴をどうする?」

 処遇を問われたラナはじっとネグルを見つめた。

「元の世界に戻して」

「……無理だな。ここへ来るのもこんなことになったのも初めてだ。私よりもそっちの魔術師の方が詳しいぞ」

 そう振られてラナに見つめられたロウは申し訳なさそうに表情を曇らせた。

「……戻る方法は分からないんだ。私もここに来るのは初めてだからね。それに戻ったところで君は……」

「母さんに会いたい。父さんや友達にも……ただ皆と一緒に普通に暮らしたいだけなの」

 悲痛な彼女の願いをロウは叶えてやりたかったが、それは無理な願いだった。

 戻って例え皆と一緒にいられたとしても、鳥籠の中での生活だ。

 ここにいれば皆と一生会えなくても、平和に幸せに生きられる。

 そうロウは考えている。

 だから。


「皆もこっちに来てるって言っただろう? 探してあげなきゃ。きっと皆もラナを探してるよ」

 小さな嘘を吐いた。

 希望を与える為に。


「本当? 本当に皆こっちにいるの?」

「ああ。本当だ。皆ここに私が逃がしたんだから。もう元の世界には森の民シルヴァはいないんだよ」


 ラナは両手を胸の前で組んで目を閉じた。

 そして、深呼吸をして歌を歌い始めた。


 静かな祈りの歌。


 これが透とラナの出会い。

 そしてこれから小鳥パクシーではなく、ただのラナとしての物語が紡がれていく。


 時に恋を抱き、時に別れを経験し、時にネグルに追われ、時にロウに助けられ、時に家族を想い……


 ラナは歌う。

 いつかきっと家族に、仲間に会えるとロウの嘘を信じて。

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囀る小鳥のいなくなった世界 紬 蒼 @notitle_sou

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