第3話 追ウ

 巨大な古木は蔦に覆われ、木というより塔のようにも見える。

 神秘的といえばそうだが、改めて見上げると化け物のようにも思えた。

 森の民シルヴァが畏怖の念を抱くのも分かる気がする。

 大きく空いたうろは地獄の入り口のようだ。


「お前が先に行け」

 ネグルが暗い洞を指差した。

「その前に黒鷹シルフィードの呪いを解いてもらおうか」

「向こう側で安全が確保されてからだ」

「……向こう側はあの世じゃないが別世界だ。魔術や呪術が通用するか分からない」

「そうか。なら、解いてやるが魔力封じはさせてもらうぞ。魔術だけが通用する世界かもしれんしな」

 ネグルはそう言って鳥籠の中の黒鷹シルフィードに向かって呪文を唱え、息を吹きかけた。

 黒鷹シルフィードの瞳の色が赤から金に変わったのを見、ロウは安堵する。

 が、すぐに別の呪文をネグルが唱え、自身の体が急激に冷えていくのを感じた。


「魔力封じまでしたんだ。黒鷹シルフィードを解放しろ」

「そこまで親切にしてやる義理はない。向こう側で安全を確保するまでの人質は必要だろう?」

 狡猾な笑みを浮かべるネグルにロウは仕方なく身を屈めて洞の中へと足を踏み入れた。


 こことは大きく異なる世界。

 深い森から景色は一変し、河の前に出た。

 覗き込んだのは一度だけ。

 足を踏み入れるのはロウも初めてのことだった。

 夜だというのに明るく、箱型の乗り物が猛スピードで走っている。

 建物はどれも大きく、人の手でこんなものが作れるとは思えなかった。

 思わずぐるりと周囲を見回し、声を失っていた。


「なるほど……確かにここはあの世じゃない」

 ロウの後を追って来たネグルも唸るようにそう零し、ロウと同じく周囲をぐるりと眺め回している。

「呪術は……使えるな」

 ネグルは掌に火を灯したりして感触を確かめている。

 ロウは確かめようとしたが、魔力封じをされている為、当然魔術は使えなかった。

「約束通りこいつは解放してやる。今から鳥を一羽捕まえねばならんからな」

 ニヤリ笑ってネグルは鳥籠の扉を開け、黒鷹シルフィードを解放した。

 自由になった鷹は羽音も立てずにスゥーッと一直線に滑空してロウの左肩へ止まった。

 と、同時にネグルは呪文を詠唱し、「見つけた」と呟くなりその場を走り去ってしまった。


 残されたロウと鷹は河に近づき、その水面を見つめた。

「こんなこともあろうかと準備をしておいて良かった。魔術師が魔術しか使えないと思ったら大間違いだぞ?」

 そう言ってロウはローブの内側から隠し持っていた小袋を取り出し、中に入っていた薬草の粉末を掌に取った。

 そしてそれを呪文を唱えながら自身の頭に振りかけ、魔力封じが解けたのを確認すると、河面に向かってさらに呪文を唱えた。


 が、何の変化も起きないことに小首を傾げる。

 何度か別の方法を繰り返すも上手くいかず、ロウはその場に座り込んだ。


「呪術は使えるようだが、魔術はほとんど使えないのか……参ったな」

 どうやらネグルにとっては良い環境だが、ロウにとっては最悪な状況のようである。

 ネグルはラナを既に見つけた様子だが、ロウは薄ぼんやりとしかラナの影を追えなかった。

 なんとしてもネグルよりも先にラナと再会を果たしたいところだが、名案は浮かばない。


黒鷹シルフィード、ここはお前の出番かな?」


 空を仰ぐロウに鷹は小首を傾げ、金色の瞳を瞬いた。

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