第2話 捕マル

「いたぞっ!」


 深い森の中、松明が煌々とあちこちで揺らめき、悲鳴と怒号が響き渡った。

「籠に戻れっ。戻らぬなら殺すぞっ」

 それが脅しではないことを知るや否や、逃げ惑っていた人々は一様に大人しくなり、素直に自ら籠へと足取り重く戻って行った。


「……血の呪いヴェル・ヴァルムがある限り、許可なくここから出られはせぬ。そして、許可なく歌えもせん。残念だったな、魔術師」

 隣国マジャブート軍の隊長はそう吐き捨て、ロウを見下ろした。

 振り下ろした剣は魔術によってかわされたが、彼にはまだ余裕があった。

 ニヤリと笑った男の視線の先を追って背後を振り返ったロウは愕然とした。

 いつの間にかこの地の領主であるイグ・ネグルが鳥籠を手に立っていたからだ。

 彼は領主であると同時に呪術師でもあった。

 その彼の手にある鳥籠にはロウの相棒でもある黒鷹シルフィードの姿があった。

 シルフィードの瞳の色は本来金色なのだが、籠の中のシルフィードの瞳は濃い赤色に変わっている。

 それは森の民シルヴァ達のチョーカーの石と同じ色で、血の呪いヴェル・ヴァルムにかかっている証拠だった。


「結局お前は何一つ守れやしない」

 ニヤリと笑うネグルをロウは思い切り睨みつけた。

「何が望みだ?」

「高値がついた鳥が一羽見当たらない。どこへ隠した?」

「鳥など知らん」

「言う気がないなら構わん。地下牢で訊かせてもらうまでだ。捕らえろっ」

 ネグルの指示で隣国マジャブートの兵がロウを両脇から拘束した。


 ロウの計画は失敗に終わり、森の民シルヴァは再び巨大な鳥籠に戻されたが、全員ではなかった。

 殺された者がいたようで、地下牢へと連行されるロウを鳥籠の中から睨みつける者もいた。

 お前が余計なことをしたせいで、と言わんばかりの恨みの籠った視線を避けるようにロウは俯いた。

 おまけに相棒の黒鷹シルフィードまでもが捕まり、さらには呪いまでかけられた。


 だが、一人は逃がした。

 一人だけは守れた。

 そう思いたかった。

 あの古木の向こうはあの世ではないと知っている。

 この戦争が始まったきっかけもロウは自分のせいだと思っている。

 それで逃げ出したい衝動に駆られ、死ぬつもりで古木の洞を覗き込んだことがあった。

 だが、向こうはあの世ではなく、別世界に繋がっていた。

 片足を踏み込んだところで思いとどまり、向こう側には行かなかった。

 逃げては駄目だと思ったからだ。

 自分がしてしまったことに目を背けるのは簡単だ。

 だが、犯した罪を背負い、償うことができねばきっと一生後悔して生きることになると考えた。


 でも現実は上手くはいかない。

 そう簡単に償える罪ではないのだ。


 地下牢に入れられ、ロウは硬い石の床にへたり込んだ。

 そこへネグルが現れ、囁いた。


「おい。高値のついた娘の居場所を吐けばここから出してやってもいいぞ」

「森の中だろ。俺は知らん」

 ネグルの方を見ることもなく、吐き捨てるロウをネグルはニヤリと笑って見下ろした。

「お前を捕らえた場所は……確か小鳥パクシーの『聖域』だったな? あの巨木はあの世に通じているとか?」

 隣国マジャブートの者は誰も知らないが、ネグルはヘシアの領主だけあって森の御伽噺にも詳しい。

 あの場所がどういう場所か知っているようだ。

 ロウはネグルがそれを知っているとは思わず、驚きの表情を浮かべて顔を上げた。


「あの世に逃がしたのか? いや、違うな。本当はあの世じゃないんだろう? どこへ通じている? 隣国か? それとも地下に何かあるのか?」

 さすがのネグルもまさか別世界に通じているとは予想だにしていないようだ。

「あんな御伽噺を信じるのか?」

 笑ってみせたが、ネグルは鳥籠を翳して見せた。

「この鳥が私の手中にあることを忘れたか? この呪いがお前に解けるか?」

「……俺だけで充分だろ? たかが鳥一羽で……」

「たかが? 本当にそうか? なら、目の前で捻り潰しても文句はないな?」

「やめろっ」

「……やめてもいい。逃がしてもやる。お前が素直に私の質問に答えるならな」

「……分かった。あの木は別世界に通じている。彼女はそこへ行った」

「別世界? そんなものが本当に存在するとでも?」

「本当だ。嘘は言っていない」

「俄かには信じられんな。では、案内してもらおうか。本当だと分かったらお前らを解放してやる」

「そんなことをしていいのか? あんたは隣国マジャブートの犬だろ?」

「違うっ。協定を結んだのだ。だが、あいつらは簡単に裏切って占拠した。小鳥パクシーの大半をやったのだ。上等なのを一羽貰うくらい当然だろ?」

 ネグルはそう吐き捨て、地下牢の扉を開けた。


 が、鳥籠を盾にロウにも呪術をかけた。

 牢から出られはしたが、これで魔術が思うように使えなくなった。

 血の呪いヴェル・ヴァルムではなく、魔力封じの呪いだった。


 状況は悪いまま、ロウはネグルと暗闇に紛れて聖域へと向かった。

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