第4話 キノコと犬と

 洞窟内は明かりが付いていないというのにそれなりに明るかった。広さも5人が並んで歩ける程度には広い。動きやすく、ゲームのチュートリアルダンジョンレベルにお膳立てが整っている。


 光源はなんだろうと思い、周りを見渡すとうっすら光るコケのようなものが目に入った。見渡してみるとそこらじゅうに生えている。


 なるほどなるほど。例のコケの森からの輸入品といったところか。毟って植えるだけだからコスパもいいんだろうなこれ。


「俺、この試験に受かったら、そのあと初めての酒を飲むんだ……!」


「俺も!ようやく一人前のギルド員ってことで少しくらいハメ外してもいいでしょ」


 そして開始直後からいきなり新人君がぶちかましていた。初手フラグ建設から入るムーブは大いに結構だが俺とルミナとミラちゃんだけは巻き込まないでくれな。てか洞窟内で普通に喋るとか魔物にこっちの位置教えてるようなもんじゃねーかアホか!


 ちなみにぶちまかしたのは新人Aで、それにリップサービスの無料オプションを付けたのは新人Cだ。Bだったかも?もうその辺も覚えとらん。


 そしてその声に反応してかポテポテとなにかが走る音がしたので剣を構えると、やがて二匹の魔物が目の前に姿を現した。見た目は歩く白いキノコの七文字で十分事足りるだろう。大きさは八十センチ程。手は生えていないし、成長したら一撃でHPバーを吹き飛ばすほどのハードパンチャーになったりするわけではない。レベル5の大人でギリギリ?子供でも余裕で倒せるぞ。配置的に最初は一番弱い雑魚からってことなのだろうか。構えて損したわ。


 やってくることは、体当たり。それのみ。

 なんでも基本的には小動物に喧嘩売って倒した奴を苗床にして繁殖するのが目的らしい。でも思考能力は最低限しか無いから不退転の精神で大きな相手にも果敢に挑むアホの子だ。普通に弱いんだけど、やることだけはだいぶえげつない。


 子供の頃は、こいつを見かけたらみんなで捕まえてひたすら足を引っかけて転ばせて遊ぶというのが流行っていた。思考能力の無いアホの子だから健気に何度も立ち上がろうとするんだよな……。みんな楽しそうにやってたよ……。子供って、ほんと残酷ね。ちなみにその遊びの発案者は俺だ。


「みんな、ウォークマッシュだよ!気を付けて!」


 フィフティナインティが見りゃわかるだろって事を伝えてくれる。自動朗読機能じゃないんだからもう少しなんか面白いこと言え。てか気を付けるまでもないぞあいつ。


 そんなことを考えているとフィフティナインティが「やあっ!」と声を張り上げながら剣でキノコ野郎に斬りかかった。フィフティナインティは斬撃を放った!と書くと字面的にはめちゃくちゃ強そうだしもうこいつ一人でいいんじゃないかな。てか、気を付けてって言ってたあんたが無遠慮に動いてどうするよ。


 サクッと小気味よい音がしてウォークマッシュは斜めに真っ二つになった。このキノコさ、真正面から向かってくるだけだから攻撃を避けたりもしないんだよな。


 そして、フィフティナインティが一体を撃破すると同時に新人Aが剣でもう一体に勢いよく斬りかかる。


 同じくサクッと子気味良い音がして2体目のウォークマッシュが今度は縦に真っ二つになった。縦に裂けるキノコは食べられるとかいう迷信広めたの誰なんだろうね。


「よし!」


 新人Aとフィフティナインティはガッツポーズ。新人BとCもどことなく嬉しそうだ。こんな子供に虐められる程度の魔物倒して喜ぶとかこっちが恥ずかしくなる。


 横目でわりと戦い慣れてそうな槍チンを見てみると、白い目で彼らのことを見ていた。わかる、わかるぞ。こんな戦いとも言えないもので一喜一憂しないよな普通……そのへんに転がってる石ころを見るような目で存在だけ確認して近づいて来たら武器でサクサクするくらいだよな。




 そんな戦いと呼べるかすら怪しいものが終わり、一本道の洞窟をまっすぐ進む。あれから数分歩いているがとくになにもでてこない。さすがにあれで終わりってことはないよな……?


 と思っていると今度は先ほどと違い、パタパタと走るような音が近づいてきた。これは、と思い剣を構える。足音が近づくにつれて相手の姿が明らかになってきた。

 現れたのは身長百十センチ程度で、二足歩行の魔物。外見は犬を見た目そのまま人の骨格に寄せたような体だ。コボルトだ……それが三体。

 コボルト達はこちらを見ると驚いたように足を止め、鋭い歯をむき出しにしながら睨み付けてきた。

 こいつは強さで言うとさっきのとは段違い。まさにレベル5の大人が素手でギリギリ勝てるかどうかって塩梅の魔物だ。ていうかさっきのが魔物という分類に入ってるのがおかしいだけ。


 さて、いきなり難易度が上がったけど新人君達は果たしてどうでるかな?と様子を伺ってみると顔を青くしてめっちゃビビってた。まあなんとなくそうかなと思ったけどさ。


 見た感じ魔物と戦うの初めてっぽいしこんなでかい犬複数と戦うとか言われたらそりゃあ怖いか。俺も初めてこいつと戦った時はちょっと怖かった。


 また槍チンを横目で見る……フリをしつつ隣にいるミラちゃんを見る。ミラちゃん可愛いなー……一日借してくれないかなー。

 槍チンは俺と目が合ったと思ったのか、ニヤリと笑って前に出た。やーいこいつひっかかってやんのー。……そんな馬鹿なこと考えながら、俺も同じく前に出る。ミラちゃんはこん棒のようなものを構えながら槍チンの僅か後方へ。ルミナはというと、一番後ろで短剣を片手で持ってプラプラさせながら「あ、行くんだ」って顔でこっちを見ているだけ。おい、猫おい……もう開き直ってサボってやがるのかよ。

 

 しゃーない駄猫と新人チームはほっといて戦闘開始だ。

 剣を構えてコボルト達に向かって勢いよく踏み出すと、それに合わせて槍チンも槍を構えながら前に出る。敵全体を視界に入れるように一番右にいるコボルトの側面へと移動すると、それを見た槍チンは対象的に左に回り込んだ。ミラちゃんも僅かに遅れながら槍チンへと続く。


 左右から同時に迫られたコボルト達はどちらを見ればいいか一瞬迷うそぶりを見せた後、それぞれが一番近い位置にいる人間を標的と定めたのか「グアゥ!」という鳴き声をあげながら爪と牙を駆使して襲い掛かってきた。


 そのやや退化はしているが鋭い爪が付いた一撃は、普通の服を着ただけの人間の体に当たれば布ごと体を引き裂き軽く出血させる程度の威力は十分に持っているだろう。だが今、俺は服よりもずっと固い皮鎧を着こんでいる。もし当たったとしても衝撃を受ける程度で特に問題は無い。

 だから、気を付けるべきは牙の一撃。爪の攻撃に気を払いすぎて首に噛みつかれてお陀仏というのは、ルーキーのよくある死亡例に挙げられる程度には有名だった。


 爪の軌道を確認。顔や首に向かっていないのを確認するとすぐさま剣をコボルトの顔に向かって突き出す。すでに腕を突き出しているコボルトは上手く体制を変えることはできず、突き出された剣はコボルトの開かれた口から入り後頭部へと貫通した……即死だ。だが、その瞬間相打ちの形となるようにコボルトの爪がこちらの皮鎧に当たる。しかし元々が軽傷を負わすことすらできない攻撃であり、剣に顔を貫かれたことで勢いを失ったそれは皮鎧に僅かに擦り傷を付けた程度に留まった。勝負は一瞬。美麗とは言えないだろうが、効率の面では間違いなく良いだろう。


 一方槍チンはというと槍の長さという特徴を生かし、堅実に戦っていた。攻撃を当てやすい胴体を中心に狙い、相手のレンジ外からチクチクと突いてダメージを蓄積させていく。相手が嫌がって下がればその分前へ、前にでようとすれば軽く薙ぎ払って動きを止めていた。


 これはもう少しかかりそうだな。ってことは。


 動かなくなったコボルトを足蹴にしながら刺さっている剣を抜くと、ミラちゃんがこん棒でコボルトを牽制しているのが見えた。


「遅い!もらうぞ!」


 そう宣言しながらそのコボルトに向かって走る。槍チンが一瞬こっちを見たあと少し悔しそうな顔をしたのが見えたので気分がよくなる。はい俺の勝ちぃー!


 ミラちゃんの反対側から挟み撃ちにするようにコボルトを相手取ると、剣を上段に構える。コボルトが慌てて俺を見たあと思い出したようにミラちゃんのほうに振り向いたその瞬間、おもいきり体重を乗せてコボルトに剣を振り下ろしてやった。

「ザグッ!」と鈍い音が鳴り、背中に大きな傷を受けたコボルトは「ギャン!」と悲鳴を上げながら倒れ込んだ。致命傷を告げるかのようにドクドクと血液が流れ、地面に吸い込まれていく。これはもう放っておいても死ぬだろうが、あいにく窮鼠に噛まれる趣味は無いので頭に剣を突き立てしっかり止めを刺しておいた。


 止めを刺す時に槍チンのほうを見ると、彼もまた倒れ込んだコボルトに止めを刺すところだった。あっれー?ボクもう二体目終わったんですけど、遅くないですかねぇ?……まあ二体目は半分ミラちゃんのおかげだけどね。うちの猫と交換してくれ。


 ルミナのほうを見るとこちらを見ながら驚いた顔をしていた。驚いた拍子に短剣を取り落としていたが残念なことにその駄猫の足に刺さることはなかった。惜しい!


「ふーん!やるじゃん?」


 一等賞で気分が良いので槍チンのほうを見ながら言ってやる。もちろん一位から二位に向かっての上から目線でだ。


「ふっ、お前もな」


 ニヒルに笑いながら大人な対応をされた。なんかむかつくからこの先媚びを売るのはやめておこうと思う。

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