第3話 試験開始まで

 朝になり、装備と持ち物を再度確認し、ルミナと共にアインフォールンの町を出る。


 門をくぐる時に門番に依頼書を見せたら、門番は微笑みながら頑張れよ、と背中を押してくれた。あまりこっちに近づきすぎると危ないかもよ?いや俺じゃなくて猫が何するかわからんし。俺は悪くねぇ!


 そんな自らが危機に陥っているとは知る由もない平和ボケ門番を尻目に、予算と納期きつかったけど怒られない程度には頑張りましたと言わんばかりの粗はあるがそこそこ整備された道……そんな汗と涙の結晶を足蹴にしながら南へと歩いていく。


 それにしてもこの国は自然が美しい。整備された道から視線を外すと、すぐに無造作に生え散らかした草木が目に入る。だがむしろそれが上手く調和していて、人の手が一切入っていないそのままの自然を見ている錯覚に陥るほどだ。

 ……いや多分本当に整備してないだけなんだろうけどそこは深く考えない。人手不足と予算という世間の闇が見えてしまう。


 木の一本をよく見てみると、どの枝葉も瑞々しく、この国は気候が安定していて自然豊かであるというのがこれだけでも分かった。それを見ているだけで頬が緩み、気分が落ち着いてくるのを感じる。そのまま歩いていると、この国の特産が果物だったことを思いだした。帰ったら面白いものないか探しに行くか。


 ちなみにここまでの周囲の警戒は全て猫にやらせていたりする。しっかり働け猫。

 戦いが苦手ならせめて泥棒猫としての意地を賭けてローグ的な役割を頑張ってもらいたい……索敵したり敵を牽制したり。かなり無茶ぶりだと思うが性格的に適正はありそうだしそのうちできるようになるだろ。というかできないなら適当なところを見つけてポイするだけなので気が楽だ。猫もそれをなんとなく察しているからか、次売られたらどんな悪質な職場に行きつくのかと内心分かっているからか、そこそこ真面目にやっていた。こいつもさすがに地下王国で穴を掘るのはご遠慮願いたいようだ。まあ周囲の警戒って言ってもこんな町の近場に魔物なんてまず出てこないんだけど。


 そして歩くこと数十分、そのまま南方へまっすぐ伸びる道と、やや南東へ向いている道があった。どっちが正しい道かは迷うことはない。大きく分かりやすい文字でギルド登録試験依頼用洞窟→、とヤツゲの森↓と書かれた看板が立っているからだ。絵もついてるからサルでも安心。


 ちなみにヤツゲの森は前の世界で言うコケのようなものの群生地らしい。どこを見ても深い緑で覆い尽くされた森は神秘的な世界が広がり、癒しと安らぎの観光スポットとして有名とのことなので是非一度行ってみたい。と言ってもここは普通に魔物がでてくる世界なので、のんびり見てたら運次第で緑の世界にソーセージと赤い絵の具をぶちまけた前衛的な芸術を創作することになる。護衛の傭兵とか雇っていくのが普通らしいし、ツアーもたまにあるらしい。


 まだ見ぬヤツゲ森林へ思いを馳せながら洞窟方面へ歩くこと10分、地震の存在を思い出す程度にはむき出しになった地層に遠くから見てもわかる程度にぽっかりと穴が開いていて、その近くには6人の武器を装備した人達が見えた。そのうちの4人は見た目意識高い系新人君達だ。


「やっときましたね!遅いですよ!」


 近づいていくと新人君のうちの一人が話しかけてきた。男でモブ顔なので新人Aとしておく。遅いも何も時間の指定はタイムアップ扱いの昼以外一切無いが。というかこいつ初対面の初会話でこんな失礼な台詞吐けるとかすごいと思う。時間管理とか好きそうだし、彼には是非時計という文明の利器が存在する地球に転移することをオススメしたい。そして願わくば二度と帰ってこないでくれ。


「ご主人、こいつアホだよ」


「しゃーなし。足引っ張りそうだし見捨てられる時は見捨てとこ。死んだら死んだで遺品漁れるし」


「え……」


 猫メイドが小声で耳打ちしてきたので同じく小声でそう返すと、なにやらドン引きしていたが気にしない。窃盗行為を快楽の得られる自慰行為に変化させられる変態イリュージョニストの癖に。


 しかし試験依頼はかなり簡単で、出現する魔物もレベル5の大人が素手でギリギリ勝てる程度と聞いている。

残念ながら見捨てチャンスはなさそうかな。


「では軽く自己紹介をして攻略を開始しましょうか」


 みんなで仲良く自己紹介がしたいなら学校へ行け。


「僕はトーマ、こっちは――――――」


 え?何?聞こえなーい。




 紹介されたほうへ顔を向けるだけの作業をしていたら本当に聞き逃してしまった。まあ新人チームは適当に流しとけばいいだろう。男3、女1か。なので男は新人A、B、C。女のほうは見た目で判断して顔50点体90点というあだ名にしておこう。スタイリッシュに言うとフィフティナインティ。そう、彼女の名はフィフティナインティさ!ハイカラですね。


「では俺の番だな。俺の名前はアーチング。ザール商会の次男だ。で、こいつは俺の奴隷でミラ」


「みなさん、よろしくお願いします」


 残りの比較的まともそうな2人も乗ってきやがった。この男、こんなとこで身分まで明かすとか大丈夫か?商人と聞いて猫が僅かに眼を光らせたのを俺は見たぞ。……にしても商人か。あとで少しは媚び売っておくのもいいかもしれない。んでもって物を安く売ってもらいたい。安くならなかったら媚びた分悪い噂でも広めてやろう。これこそ等価交換の法則だ。


 ちなみにアーチングの武器は槍だったのであだ名は槍チンにしておいた。やったぜ。


ミラちゃん?栗毛のロングヘアーな可愛い女の子だし良い子そうだからミラちゃんで。可愛いは正義だから。ミラちゃんと槍チン……名前並べるだけでエロい動画が撮れそうな雰囲気が漂ってしまったな。


 さて、流れ的に自分の番なので仕方なく自己紹介しておくことにしよう。


「リベルだ。まあそれなりによろしく」


「ルミナです……」


 おぉい猫、もう少しなんか言え。具体的に言うと俺よりは字数を稼ぎやがれ。ホストの恰好したピン芸人みたいな自己紹介しやがって。あとで漫才やらせてやろうか。


「よし!では試験を始めるとしよう!気を付けていくぞ!」


 全員が名乗った瞬間を見計らい新人Aが大声で〆る。うるせえ。

 といっても特に文句は無いので、総勢八人でぞろぞろと洞窟の中に入っていく。


 どうやらここにはまともな人物は俺とミラちゃんくらいしかいないようである。槍チン?名前からしてやべーやつだし絶対まともじゃないでしょ。

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