第2話 窃盗ジャンキー

「あっ、お帰りなさいご主人」


 ギルドから歩くこと体感十分程度、宿に帰ると、一人の女の子が待っていた。


 彼女を横目に簡素な木の椅子に腰かける。


 黒髪のショートカットがよく似合う150センチ程の女の子だ。頭部には髪色と同じく黒色の猫のような動物の耳がついており、これもまたくりくりとした大きな藍色の目によく似合うし、黒い猫尻尾もオマケで付いている。鼻筋も通っており美少女といって過言では無いだろう。リベルは先ほどの戦いで受けた傷が癒えていくのを感じた。


「ただいま。ギルドで試験依頼受けてきた」


「あー。そういえばご主人ってまだギルド登録すらしてないんだったよね。なんで奴隷買えるくらいお金持ってるの?」


 彼女、この猫耳少女はリベルの奴隷だ。奴隷は契約の魔法で主人に手出しができないし、主人から遠く離れることができない。あとは主人になにかあった時奴隷が連帯保証人みたいなものになるくらい。……最後のは結構酷いかもしれない。


「他国出身なんだよ。金は持ってる物がたまたま高く売れただけだ」


「そういうことかー。……で、どこ出身なの?オ連とか?」


 オ連とはオラス連邦の略であり、ここから北方にある国のことだが……あいにく行ったことないしわからんので説明はパス。


「いんや、ドールス帝国」


 略してドー帝。略した呼称が使われていないのは非常に残念だ。


「うえぇー、あそこかぁ……。なんかあんまいい噂聞かないんだよねえ」


 猫耳少女は苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めた。


 タメ口はこっちから許可したのでなにも言わんが……もし俺が愛国心溢れるナイスガイだったらお前今頃どうなってたと思う?言動をもうちょっとオブラートに包め。


「あ……でもドールスだったならいい暮らししてたのかな?それなりに裕福だって聞くよあそこ。お金もまだまだ結構持ってたりして……」


 上目遣いを駆使しつつ探りを入れずにストレートに聞いてくるあたりこいつやっぱりなかなかの度胸の持ち主だ。買ってよかったと思う。こいつ、犯罪者だけどな。


「金はもうそんな残ってないぞ。せいぜい50日は食っちゃ寝できるくらい」


「えぇー!?思ったよりずっと少ない!しばらくは優雅に過ごせると思ったのに……」


 この犯罪者の奴隷猫はご主人様の金銭を当然のように使うつもりでいたらしい。もしこの先自分が金持ちになってもこいつの暮らしは想定しているよりワンランクグレードを下げておくことを脳内会議所に提案しておいた。


「まあそんなわけで俺とお前は一生懸命金を稼がなければいかんわけだ。そのためのギルド登録なんだし」


「あれ?でも私簡単な護身術くらいしかできないよ?薬草知識とかも無いし、レベルも8だし」


 レベル8か。自分が15で有望株なのだから8はまあ少しは戦いの心得があるくらいか?ちなみにあの新人君達は6とか7とか言ってたのを聞いた。傭兵部門受けるのにこんな猫にレベルで負けるとか彼らは大丈夫なのだろうか。


 奴隷はギルドカードを作ることができないが、依頼を受ける際に主人の所有物として扱われる。所有物扱いだからこそ、その奴隷を連れて行って一緒に依頼を遂行することが可能だ。といっても戦闘に長けている奴隷とか、ギルドで実績がある奴隷は値段が跳ね上がる。お金を稼ぐためにまずは大金払うとか意味がないし、そもそもお金持ってない人多いじゃん?となる。


 だから大抵の場合は簡単な雑用が行えるだけで見た目もそんなに良くないモブキャラみたいなのを買い、モブキャラらしく戦闘とかには参加しない。要介護……護衛NPCみたいに「こいつは味方のフリして俺の邪魔をするためだけに作られた運営からの刺客なのではないだろうか」みたいになることもあるので町に留まり必要な物の買い出しにいかせるだけな場合もある。


「まあ戦闘はそこそこでいい。ちょっとはやってもらうけどな。薬草や鉱物の知識だったらこっちが多少持ってるしそこもなんとかなる」


「え……じゃあ、どんな理由で買ったの?」


 咄嗟に猫メイドは身構える。まあそりゃあネガティブなこと考えちゃうよな。

 さっきも言ったがこいつは犯罪者である。犯罪を犯して奴隷の身分に落ちた残念な奴なのだ。


 犯罪者の奴隷は安く購入できるが、魔法で契約してるからといって主人に直接に危害を及ぼすことができないだけだ。なんならお金さえあれば暗殺者を雇って間接的に主人を殺すことだってできる。なので犯罪者の奴隷は通常の借金による奴隷と比べて扱いが悪いことが多い。持つもの持たせたらなにするかわからん奴には何も持たせないのが一番だからだ。だからこそ利便性が無いし安くても買う人は少ない。そんで一定期間売れなかったら強制労働施設へセット販売だ。その場合はせいぜいペ◯カを稼いで豪遊するといいさ。


 罪状は窃盗。元々はそこそこ裕福な商家のメイドだったが、たまたま休みの日にやってみたギャンブルにハマってしまい、気づいたら全額スッていた。そしてお金に困って主人の金に手を出したのだ。以降は何をトチ狂ったのかその盗むという行為のスリル体験にハマってしまい窃盗行為がエスカレート。慣れてくると町中で他人の財布をスるとかもやってたらしい。吊り橋効果によってできた彼女の最初の恋人は自らの手だった。なんか別の意味に聞こえるな。まあそれでついには見つかってお縄についたわけだ。ありがとうポリスメン。


 うーん、このクズっぷり。でも嫌いじゃないね。


 ちなみにこいつのこと語るたびに周りの評価がどんどん落ちていく気がするのは気のせいだ。ここには自分と駄目猫メイドしかいない。いいね?


 そんな窃盗ジャンキーな彼女だが自分が期待しているのは戦闘面ではない。


「かわいい(し安かったし元犯罪者とか都合よく色々押し付けれそうだ)から」


「へっ?」


「かわいい(し安かったし元犯罪者とか都合よく色々押し付けれそうだ)から。まああとは身の回りの世話ができるメイドが欲しかったのもあるかな(そっちはどうでもいいけど)」


 しっかりと猫メイドの目を見つめながら言い切る。大事なことでもあるので重要な部分は2回言っておく。


 思っていることはちゃんと言葉にして伝えるのが一番だ。元日本人らしく相手が言われて不快に思うであろうことは心の中にしまっておくという、思いやりの心も忘れない。マナーってやつだマナー。


「むぅ……本当にそれだけかな……てっきり都合よく色々押し付けられたりするのかと思ったけど……まあいっか」


 顔を赤くしてる猫メイド可愛い。言われ慣れてないのか煙に巻くの結構ちょろかったな。もう二言くらい要ると思ったけど。


「じゃあこのあとは食料とお前用の装備を買いに行って、さっさと寝るぞ」


 椅子から立ち上がる。


「うん。じゃあ荷物持ちするね」


 この猫メイド、思ったより従順で素直である……とでも思ったか!?

 この猫の目線が何度も机の上に置いてある財布に向いているのを目撃しているのだ。癖なのか手もたまに伸びそうになっている。やはりジャンキーはジャンキーか。脳内麻薬の中毒患者は豚箱へ投函安定。はっきりわかんだね。誰だこいつを檻から出したのは。俺だわ。


「……俺の物だけは盗むなよ?」


「ギクッ……もちろん、そんなことしないよ?」


 嘘つけ!あのままほっといたら絶対やってたぞ!


「あれ? ご主人の物だけは……ってことは、他人のは……?」


 少し遅れて気づいた猫メイドが独り言を言っていた。こちらにも聞こえたがあえてなにも言ってやらない。どうぞご自由にやってくれて構わない。あとはその成果物を一部みかじめ料として横流ししてくれればなおよい。こいつが再度捕まった時は俺も知らなかったとか適当言っておけばなんとかなりそうだし。




 そうして買い出しを終え、簡単な食事をとってから宿へと帰ってきた。


 あとは自分の武器である剣。猫に何度か振らせて、そこそこ使えそうだったので買ってやった短剣と籠手。ああ更に金が減ってしまった……。そして二着の皮鎧の点検を済ませてベッドに入る。


 さすがにこのままではかわいそうなので明日からは猫や猫メイドだけではなくたまには名前で取り扱ってやろうと思った。このジャンキー猫の名前はルミナという名前だ。大人しくしてれば似合うだろうが、こんな質の悪い猫にルミナという可愛い名前はもったいないと思う。

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