第11話 レッスンに参加しました
4階も廊下の両側に扉が並んでいたが、2階に比べて扉の間隔が開いており、その分部屋が広くなっているであろうことが予想できた。すでにレッスンを終えたと見られるアイドルやそのプロデューサーと、すれ違いざま挨拶を交わしながら、その中の一室をノックし、返事を待って部屋へと入った。
「おはようございます」
「おっはようございまーす!」
「えっと……おはようございます」
「ああ、おはよう……彼女が先程連絡のあった新人か」
レッスン室に置かれたピアノの前には動きやすい服装に身を包んだ、眼鏡をかけたオールバックの男性が座っていた。
「今日契約したサーシャです。ここの案内がてら一緒に連れてきました」
「サーシャです。よろしくお願いします」
「ここでボイストレーナーをしている神薙だ。で、今日は二人一緒に……ということでいいんだな?」
「そのつもりだったんですけど違うんですか!?」
二人一緒だと一人分のレッスン時間が減るため尋ねたのだが、一緒で当然と言わんばかりに、ことりは元気に提案に賛同した。
「それでいいというなら問題は無い。さて……ではサーシャ、まずは思いきり歌ってみてくれ。お前の歌声や歌い方がわからなければレッスンのしようがないからな」
「歌ですね……わかりました」
サーシャはしばらく考え事をした後、意を決したように大きく深呼吸をし、冒険者の酒場で吟遊詩人が何度か歌っていた、騎士とお姫様の悲恋を題材にした曲を歌い始めた。完全に覚えていたわけではないので、途中自信なさげになる部分もあったが必死に歌い上げ、目を開けると考え事をする男性陣と涙を流しながら拍手をすることりの姿があった。
「サーシャちゃん何今の曲、すごいよかったー!」
「ちゃんと歌える曲がこれぐらいだったので……あとは子守歌とか……」
「清水くん……彼女をミュージカル方面で売り出す予定は?」
「そのうちに……とは思ってますが、歌を出す場合は最初にオーソドックスな方向でと思っているので、アイドルの発声法を教えてやってください。何よりこいつ台本が読めないので、まずは読み書きからですね」
「ふむ、そういうことなら仕方が無いな」
「プロデューサープロデューサー、サーシャちゃん凄かったじゃん。あれじゃダメなの?」
「んー……サーシャの歌声ってのはいわば大剣だ、それも『ドラゴン殺し』みたいなでかくて強いやつな。でもそれだと狭い洞窟や室内だと使いこなせないから、ショートソードも使えるようにした方が活躍の場が広がる。使える武器は大いにこしたことはないってことだ」
「おお、なるほど」
ことりに説明をしてふと視線を移すと、サーシャがテンションを下げてうなだれていた。
「どうした? サーシャ」
「いえ、ドラゴンに殺された私の武器がドラゴン殺しって皮肉だなー……と」
「なんかスマン……いや、マジでスマン」
「よくわからんがレッスン始めるぞ。ただでさえ時間は少ないんだ」
トレーナーが手を叩いて暗くなりかけた空気を換えると、そのまま二人へのレッスンを開始する。
発声練習や音程などの基礎レッスンは時間いっぱいまで続き、最後に二人の問題点と課題を与えて終了した。
「長谷川はただ大きい声を出すのではなく、腹を使って声を出すことを心掛けろ。今の歌い方ではソロライブどころか一曲歌っただけで喉を潰すぞ」
「はいっ!」
「サーシャは絶対的な経験値が足りない。あらゆるジャンルの曲を聞いて、歌ってみろ。まずはそこからだ」
「はい!」
「次のレッスンがいつになるかわからんが、各自自主レッスンは怠らないように、では解散」
「「ありがとうございました!」」
二人はトレーナーに感謝の言葉を述べると、壁際のベンチに座り、水分補給をしながらトレーナーとスケジュールを確認するプロデューサーを待っていた。
「ところでプロデューサー、ボクの歌は武器で例えると何になるのかな?」
「ナックル……かな?」
「いいねー」
異世界でアイドルをすることになりました to-ru。 @to-ru-1-8
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