第10話 レッスン場へ行きました その3

「ことりー上に行くぞー」

「ボクもうちょっと走ってるから上に行ってていいよ」

「いや、俺は更衣室通れないから一緒に来てくれないと困る」

「もー……しょうがないなー」


 ことりはやれやれと言った表情で、ランニングマシンから降りて電源を止める。少し荒れた息を整えて二人のそばに寄る。


「この後レッスンなんだからあんまり無理すんなよ」

「無理してないし、丁度いい感じに身体あったまってきたし」

「ああ、よく頑張ったな」


 少しご機嫌斜めなことりの頭をなでるプロデューサーを見ながら、まるで兄妹のようだとサーシャは微笑みながらついて行った。

 6階に上がると5階同様広場でアイドルたちが談笑していたが、ほかの階に比べてやや倦怠感が強く、髪が濡れたままの者も何人かいるようだった。


「サーシャに更衣室とシャワールームの案内をしてからプールサイドまで来てくれ、俺は先に非常口の方から向かってる」

「えー、プロデューサーついてきてくれないのー?」

「何のためにお前を連れてきたと思ってるんだ、俺を社会的に殺す気か」


 呆れた表情を見せると、そのままプロデューサーは横にある非常口から出ていった。


「お二人は仲がいいんですね」

「からかって面白いだけだよ。いいから行こっ! サーシャちゃん」

「はいっ!」


 照れた表情を隠すようにサーシャの手を引くと、ことりは更衣室へと入っていった。



 7レーンある25mプールの真ん中では、競泳水着を身につけたアイドルがイルカのようなスピードで泳いでいた。その隣では泳ぎやすい水着を着たアイドルたちが、それぞれのペースで泳ぎ、端のレーンではビキニを着たアイドルがウォーキングをしたり、上半身をプールから出して写真を撮ってもらったりしていた。

 プールサイドからそんなアイドルたちを眺めているプロデューサーの元に更衣室の扉を開けて二人がやってきた。


「おまたせっ! プロデューサー、何見てたの?」

「いや、速いうえに止まらないなーと思ってな、元水泳選手か何かか……まぁいいや、案内はしてきたか?」

「バッチリ! シャワーとかすごい驚いてたよ!」

「丁度いい温度のお湯が降ってくるというのが予想外だったので……」

「あと向こうにもシャンプーみたいなのがあるんだって」

「清浄の樹の樹液や実を加工して、ここで言う『石鹸』や『シャンプー』が作られていたんです。クエストで遠出をする時は魔法で綺麗にしたりもしてましたが」

「なるほどな、こっちにもそういう成分を持つ樹木があると聞いたことがあるし、不思議なことではないな。ところでサーシャは泳ぎの方は……無理そうだな」


 プロデューサーはプールの方を指さして尋ねようとしたが、プールを見るサーシャの表情に気づいて質問を取り下げた。


「水辺の魔物は強力なうえに、装備のせいで引きずり込まれたら助かりませんから、水をくむとき以外は極力水辺には近寄らないようにしてました」

「こっちじゃ引きずり込んでくるような奴は……たぶんほとんどいないから、泳げるようになって損は無いぞ」

「ほとんどって、いるんですか?」

「幽霊が仲間を増やそうと海から手を伸ばして……みたいな? ボクは霊感無いからそういうの見たことないけど」

「水中だとターンアンデットが使えるかどうかわからないので危険ですね」

「まぁ、いるかいないかわからないのより、餌と間違えて食いついてくるサメとか、気づかずに踏んずけて毒針刺してくる魚や貝の方が危険だけど……いや、よっぽど運が悪くない限り出会わないから気にすること無いな。ところでサーシャは毒消しの魔法って使えるのか?」

「キュアポイズンなら使えますよ」

「それって二日酔いにも効くのか?」

「いえ……試したことが無いからちょっとわかりませんね。その発想は無かったです」

「プロデューサー二日酔いしてんの?」

「そんなわけあるか、朝起きて最初にすることが自分にキュアポイズンな酔いどれドワーフが出てくる話を読んだことがあってな、ちょっと気になっただけだ」


 そんな他愛のない会話をしていると、向こうの世界ではありえないプールサイドの感触を足の裏で楽しみながら、プールを見つめていたサーシャが疑問に感じたことをプロデューサーに尋ねた。


「泳いでいる方や歩いている方はわかるんですが、あそこの上半身だけを出している方はいったい何をしているのでしょう?」

「あれはグラビア撮影のレッスンだ。自分がもっとも魅力的に写る角度や表情、ポーズを実際に写真に撮ってもらって探してるところだな。ちょっとこっちに来てくれ」


 二人を連れて隣の部屋に入ると、広い部屋の中にビーチや人工のヤシの木があり、数人のアイドルたちが様々なポーズで写真に撮られていた。


「お前たちはカメラマンの指示通りに動いて、魅力を引き出してもらうというのもありだろうが、グラビアをメインに活動する場合は、自分の魅力を把握して自分の武器となる箇所やポーズを見つけていかないと生き残るのは難しい」

「えっ? 私もああいう感じの格好をするんですか?」

「水着か服を着てかはわからないが、他の仕事が入ってこない限りはグラビア撮影が最初の仕事になるだろうな」

「でもあんなに綺麗じゃないですし身体も……」

「顔はお前も負けてないし、身体に関しちゃそれぞれに需要があるから気にすんな」


 ナイスバディなアイドルを見て気後れするサーシャの頭をなでながらプロデューサーがフォローを入れる。


「大丈夫だって、ボクだってグラビアの仕事やったし、サーシャちゃんならきっとやれるって」

「ことりさんもやったのですか?」

「すっごいよ、まるで別人みたいに撮ってくれるから。帰ったらサーシャちゃんにも見せてあげるね」


 ことりもすでに経験済みと聞き、サーシャはやや安心した表情を見せる。


「さて、この上は関係者以外立ち入り禁止で、案内できるところは一通り回ったから下へ行くか。そろそろことりのレッスンも始まる時間だし」

「んー……やっとレッスンの時間かー、今日はずっと一緒にいたね」

「いや、本来午後にここで集合だったのに、お前が事務所に来たからだろ」

「いいじゃんいいじゃん、そのおかげでサーシャちゃんと仲良くなれたんだし……ねー」

「はい、そうですね」


 やれやれと一息ついてプロデューサーは、おしゃべりに花を咲かせる二人と別れ、プールを後にした。

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