第240話 疲れているご主人様を癒して差し上げようと

 いや、良くはなかった。間違いなく、良くなかった。

 数時間前に見た状況が何度も頭をよぎる。主人が、どこぞのクソ猫に纏わり憑かれながら去っていく姿だ。

 あの瞬間は、猫に多少の同情のようなものがあったし、突るのも負けたような気がしていたが、今になって思えば、突撃して刺殺するのが間違いなく正解であった。

 だがしかし、それはそれとして、美冬のために未だに靴擦れ防止のテープなるものを持ち歩いていることが分かったというのは、非常に愉快である。靴擦れで泣き喚いたことなど何年も前の事であるが、まだ覚えているのか。なんとも情が深くマメな男である。

 帰りにシュークリームでも買っていくか、という気遣いも評価に値する。さぞ、あの害獣猫も悔しかろう。

 

 進の位置情報を確認したら、一足先に家に帰りついているらしい。つまり扉を開ければそこには進がいるわけで、丸一日会えなかった寂しさのあまり、彼はきっと熱烈なお帰りのキスをしてくるであろう。

  

「た だ い ま !」

 美冬がドアを開けると、丁度、進が居間から出てきたところだった。玄関で待っているわけではなかった。残念ながらそういった甲斐甲斐しさはなかったか。

「おかえり~」

 進は美冬が両手にぶら下げたカバンと少々の戦利品とを持つと、それ以上特に何もない。美冬が靴を脱ぐことを待っている様子だ。

「もうごはん食べてきたんだよね?」

「え、あ、はい」

「シュークリーム買ってきてあるから。胃袋に余裕があればだけど、よければ」

「ありがとうございます……」

 

 これではない。何もかも、これではない。

 そもそも進の機嫌がわからない。良いのか悪いのか。悪くはないのだろうが、良いとも思えない。

 

 こうなれば進にとことん構ってやりたいという気持ちはあるのだが、美冬にも用事はある。

 リアルで合流したからには、ネットでも合流しなくてはならない。

 シャワーやら何やらをいそいそと済ませ、ゲーム機を起動、進の胡坐の上にどさっと座り他メンバーがログインしてきたら、ボイスチャットで連絡をとりつつゲームを進めていく。

『美冬、お前なにか食べながらやってないか?』

 と、菊花が気付く。もごもごしているのですぐにわかった。

「シュークリーム」

『片手塞がりながらよくやるなあ……。器用か?』

「主人に食べさせてもらいながらやってるので」

 両手が塞がっている美冬のかわりに、進がシュークリームを口まで運んでやっている。その間、進が何もできない。美冬に居座られ、片手が塞がった状況。

「みふ~疲れた、腰痛い……」

「ご主人様がんばって♡」

「あと指食わないで」

「それはムリでふ」

『いちゃついてないでこっちに集中してくれ』

「はぁい」

 だが、たしかに美冬のゲームの腕前はそれなりにある。進は耳越しに画面をうっすら見ているが、未だに倒されることなく順調に敵を倒している。戦場のインクの色がほとんど美冬によって染められているようでもある。もともと美冬はゲーム好きだし、大抵のゲームにおいて腕が良い。流石は狐の反射神経か、もしくは彼女個人の腕前によるものか。進の指を吸ったり舐めたりしながらでも、コントローラーのアナログパットを回す指の動きは俊敏さを失わない。

 

 結局、一緒にやっていた芙蓉が眠気に負けたところでお開きとなった。

 やっと美冬から解放された進は腰を伸ばしたり捻ったりして、ポキポキと心地よい音を鳴らす。

「じゃあ布団敷くか……」

 俺も眠いし、と。

「ちょっと、何寝ようとしてるんですか」

「いや、眠いし……」

「せっかく疲れているご主人様を癒して差し上げようと思ったのに」

「それこそ、あの宇宙猫のエネルギーに気圧されて体力持ってかれたよ……」

「……宇宙猫」

「そう。すごいよ、あの子、なんかね、なんだっけ、えっと……スペクトルから遠くの星の物質がわかるとか、ほんと、すごかった、情報量っていうのかな、それで頭がやられた。少しわかる分、それなりに話の内容が頭に入ってきちゃうからむしろ疲れた」

「……。あの……」

「うん」

「疲れている理由は伝わってきました。ですがやはり和気あいあいとやっていたのはムカつきます」

「はい……」

「だから、もう、美冬で上書きして、その記憶、消しちゃいましょうね」

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ヤンデレ狐っ娘により一方的に開始される甘々な同棲生活 竜田川高架線 @koukasen

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