第239話 今頃、ヤキモチやいてるんじゃない

 主人とは生まれた頃からの付き合いだった。昔は可愛かった。今でもまあまあ可愛げはあるが、昔の方が素直で愚直なところが可愛らしかった。最早、主人の事はすべて理解していたはずだった。

 だが、今までにあっただろうか、あのような顔をする主人が。なにか、期待や希望に満ち溢れ、だが満足しているような、慈愛にも満ちたような顔だ。

 言うなれば、美冬が推しに発狂している瞬間を見守るときの数億倍ほど暖かみのある視線だ。

 

 いまだかつてあっただろうか。あそこまでの明確な浮気を。

 

 もはや美冬の心身は現実を受け入れることに大きな苦痛を感じているが、狐特有の高度な聴覚によって彼らの会話が聞こえてしまう。

 内容については自然科学的すぎて理解出来ないが、ただただ2人の趣味が合い会話が弾んでいることは理解できた。

 

 しばらくして科学館を出た後、どうやらベンチで一休み……ということでは無いらしい。様子が変だ。霞だけがベンチに座って、進はショルダーバッグの中身を漁っている。

 美冬は盗聴を開始した。

 

「大丈夫大丈夫、靴擦れ防止のテープ持ってるし。これは、だいぶ痛そうだね」

 と、進は霞の可愛らしいサンダルを脱がせて、足をさすって見ている様だ。なんだあの触り方は。下心を感じる。

「前に、みふが靴擦れして、痛くて泣いたことがあってさ。でも治癒魔法でいくら治してもすぐ再発するんだよ。それ以来、テープも持ち歩くようにしたんだ」

「美冬さんの為に持ち歩いてるの?」

「そうだよー。今日は偶然持ってきてて良かった」

 なるほど、美冬のためか。

「ふぅん……」

 なんだその不満そうな「ふぅん」は。だれがお前のような泥棒猫のために。

「本当は、今日はみふも一緒にどうかなって思ってたんだけど別の用事があったみたいでさ」

「美冬さん、科学館に来ても面白くなかっただろうし、良かったんじゃない?」

「そうかもね……。土産にシュークリームでも買って帰ろうかな」

「今頃、ヤキモチやいてるんじゃない?」

「さぁどうだろ。はい。これでよし。もう痛くない?」

「うん、痛くない」

 

 一瞬、霞がこちらの方を見た。間違いなく、美冬と目が合う。何の意図があるのか、霞は進の腕に纏わりついて、そのまま人混みに紛れるように歩き去っていった。

 

「おい、追わなくていいのか?」

 菊花が美冬の肩を軽く揺するが、美冬は首を横に振る。

「もういいです」

 先ほどまでの絶望感はどこへやら。至って凪いだ気分で、真顔になって言った。

「1日だけなら貸してやろうという気分になりました」

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