第16章 夏は長し這いずれ狐

第238話 そんなんだから貧乳なんだよ

 修学旅行の余韻は期末テストによって即座に打ち砕かれた。

 こんなもんだろう、という、親に嫌味を言われるかどうかのギリギリな成績と順位が返ってきて、あとは間もなく始まる夏休みを待つばかりとなった。

 

 少しばかり暇になろうか、というところで、以前より頼まれていた教授の手伝いとか、ケントの手伝いなどの予定を順次入れていく。

 

「はあ? え? はあ? なるほど。それで、ご主人様?」

「はい」

「美冬の方から誘った時に限って先約があるの、なぁぜなぁぜ?」

 

 小首をかしげるが、目は笑っていない。一切の光がない目が、ただただ、進の顔を見上げている。

 

「しかも、今日、ご主人様の代わりに教授のところに行って、なんかピーマンの収穫を手伝わされるし、チンジャオロース作らされるしで? 一体何の実験なんです?」

「津田越前守助広の村雨の抜刀で、魔法が作物に与える影響を調べるための実験です」

「修学旅行で居なくなるし、テスト期間で放置されるし、そしたらまた放置。これもう、教授と高千穂のほうが大事という解釈であってます?」

「いえ、解釈不一致です」

「ご主人様の見解をお聞きしたい」

「拒否権の無いしがらみ案件です」

「美冬のお誘いには拒否権があると思ってたんですね」

「何卒御慈悲を……」

 

 美冬が溜息を吐いて「もういいです」と諦めた。美冬なりに、それとなく進の立場やら付き合いやらを尊重した結果だ。だが、やはり納得は行かないし、それはそれとして無下にされた気分は拭えるものではないので、機嫌は決して良いものではない。

 

「それで、ちょっと相談があるんですけれども」

「相談?」

「この日、ケントのところの、霞、って子、居るでしょう? 来週の木曜日、預かるように頼まれてて」

「今すぐ、美冬とここで死ぬか、高千穂に断りの電話をするか、選んでください」

「みふにも、付いて来て頂けたら非常に助かるんですが如何でしょうか。みふ以外の女子の趣味嗜好が一切わからないんです」

「ええ……? んーにゃぁ……そう言うことなら……来週の木曜日……ぁ゛」

 

 美冬が先約を思い出し、顔が暗くなっていく。

 

「その日、井上さんと菊花と出かける予定が……」

「あ、そこ、いつの間に知り合ってたんだ」

 

 †

 

「と、いう事がありまして、いま、ご主人様が、浮気中なわけなんです」

 折角のコラボカフェに来たというのに、美冬は終始スマホで進の位置情報を確認している。とうとう見兼ねた菊花と芙蓉が事情を聞いたが

「なるほど奴は今何処に」

「こんな所で腐ってる場合じゃないよ!」

「いや、美冬は腐ってませんが……。ご主人様たち、今は上野に居るみたいです」

 美冬より先に、菊花と芙蓉が立ち上がった。

「行くぞ!」

「銀座線で30分弱!」

 

 そして足早に埼玉県民で溢れた人混みをかき分け、ICカードを自動改札に叩きつけ地下鉄に乗り込み、長い30分を経て上野に到着する。

 

「ここが奴の浮気現場だな」

「よし、乗り込もう」

 3人の目の前には、巨大な鯨のオブジェクトと蒸気機関車。

 つまりは、科学博物館。

 妖とは言え幼い少女を連れて行くのに何故この場所を選んだのか、かなり理解に苦しんでいるが、そんなことはどうでもよかった。当事者たる美冬を余所に、やる気になっているのは菊花と芙蓉の方だ。

「ま、え、二人共少し待って……心の準備が」

「お前さっきからずっとそれ言ってるな」

「だって、もし、ご主人様があのメス猫と楽しそうにしてるの見たら、立ち直れない気がするんです。だから、ちょっと、あと5分……」

「おまえそんなんだから貧乳なんだよ」

「ひん!?」

 

 美冬が渋るのを菊花と芙蓉が腕を引っ張り、無理やり館内へ入る。

 位置情報はあくまで2次元的にしか示さない。何階に居るのかは虱潰しに探すしかない……かと思われた。

 美冬の狐譲りの嗅覚と聴覚が、残酷にも進の残り香と、微かな声を拾ってしまう。


「重力は力じゃなくて空間の歪みだから、その歪んだ空間を光が直進していて、それで重力レンズ効果で天体の向こう側にある光が届いて見えて……」

 

 いかにも進が話していそうな内容だが、進の声ではない。むしろ、うん、うん、と猫なで声で頷く声の方が進の声だ。半ば興奮気味に脈絡もなく早口で喋るのは、間違いない、霞の方だ。

 

 恐る恐る、角から顔を覗かせてみる。

 そこには、やはり、居た。進と霞の2人が。

 薄暗い宇宙系の展示物に囲まれ、人一倍に目を輝かせている猫耳娘は、あろうことか、進の腕に纏わりついているではないか。

 

 美冬は、目の前が真っ暗になった。

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