第20話

「直後、先導課の死神がやってきた。いつもよりも断然早い。そばで待ってたかのように、いやそうなのかもしれない。とにかく、あっという間だったんだ」


 私の話に耳を傾けているようで、死神は沈黙を続けていた。


「まあかといって何かあったわけではない。話を聞くと、早め早めの行動を心がけている真面目な死神だっただけで、特出するような異常が起きていたわけではないらしい。だから、いつも通りに引き継ぎをし、役目を終えた。にしても、冥界へと導く彼彼女らがやってくるというのは、やはり確固たる証拠となる。まだまだ話したいことがあったのだが、辞めるきっかけになった。諦めがつく、という表現が適しているのか分からないがそんな感じだ。ともかく、もうこの死確者は死んだことを、刑事としての一生を終えたことを確信できた」


「ん?」


「どうした」


 死神が微かに眉をひそめたのを私は見逃さなかった。


「元刑事としての一生、だろ?」


「そこにこだわるか」


 天文学的確率で扮したミスター・アライに殺されてしまったことについて言及されるとばかり思っていた。拍子抜けではあるが、彼にしては珍しく細かなところを突いてきたものだ。


「けど……な?」


「確かに私が接触した時にはもう、警察を辞めていた」


「ほらほら。だったら、元刑事が正し……」


「いや、違う」


 私は遮った。今回ばかりは何故か譲りたくなかった。私にしても珍しく頑固に言葉を詰める。


「犯人を探し出し、追い詰めた。身を粉にして、信念を持って動いていた。辞めていようがなんだろうが、やはり彼は刑事だ。立派な刑事だったんだ」


 死神は何も言わず、黙っていた。不意かつ予想外な沈黙に私は少し緊張した。強く言い過ぎてしまったのではないか、と思わず目が泳いでしまった。


「なんか……」だが結局口を開いたのは死神からだった。「分かるようで分からないな」


「別にそれで構わない」


 自分の意思を表すことができた今、完全なる自己満足だが、確かにそこに刑事として生きていた彼がいたことを伝えられて、充分だった。体が、ないはずの心が、とても清々しかった。


「質問は?」


「ない」


「よし」私は土管から跳ねた。地面に着地する。「なら、私はそろそろ帰ることにするよ」


「えっ、これだけのために来たの?」


 妙に引っかかりのある言い方だ。


「そうだが、なんでそんな……」


 私が振り返ると、死神は既にこちらを凝視していた。


「……なんだ?」


「いや」固まっていた目を動かすと「相変わらず律儀だなーって思って」と口にした。


「そうか?」私は首を傾げた。


「俺の休み明けはいつか聞いたろ、わざわざ仕事場に連絡入れて」


 配達課にいる彼の上司が丁寧に教えてくれたおかげで、私は休みが明けて3日経過した今日の昼休みに、彼に話そうと決めたのだ。


「それにお前」死神は姿勢を前に倒す。「今、休暇中のはずだよな?」


「ああ。一昨日から有給を消化している」


「それだよ」死神は人差し指でさしてくる。


「どうせ次の死確者の資料を配達する時に会えるのにさ、せっかくの貴重な休みを冥界の、しかもいつもの、何ら代わり映えのしない空き地で潰しちまうなんて、もう勿体ないを超えて意味不明だよ」


 お手上げ、とでも言いたいのか、死神はひらを上に向けた手と肩を呆れ顔で挙げた。だが、私には意味を十分に理解していた。


「約束していただろ、話を聞かせてくれって。だから、なるべく早くに伝えようと思ったんだ」


 死神は目を丸くしていた。突然の大きな音に驚いたかのよう。だが、少し静止すると、吹き出すように笑い始めた。


「どうした?」


「やっぱりお前は変だ」


 突然の愚弄。


「だけど、そこらの天使よりずっと面白い」


 からの褒め言葉。


 いつもは見せない死神の優しげのある笑みに、どうも小っ恥ずかしくなった。私は「そ、それに刑事ドラマ好きだから、早く聞きたいかと思ったんだ」とまくし立てるように慌てて言い訳を発した。


「あぁ……なるほど……」


「何だ、その反応は?」


 どうも妙な引っかかりを感じた。意味ありげな言い方とバツの悪そうな、諦めたような表情もより強調してくる。


「いや、好きなんだよ。好きなんだけど、一時期ほどよりかは……みたいな感じでさ」


「なんだ」


「いやさ、言いづらかったんだよ。せっかくのご厚意を無下にするのもよくないって思ったし。俺なりの配慮なのよ、これが」


 私は軽くため息をつき、「なら、今はなんなんだ?」


「今はアクションだ」意気揚々とした声で死神は土管から飛び降りると、空手のような構えをする。


「見てろ」


 死神はシュッシュと口で言いながら、足を振り上げた。他にも、速度を持った手の甲を真横に振る動作を前後に隙間なく行う。はたまた、何か持っているていで肩から脇、肩から脇に腕を移動させていく。


 要するに、ゾンビ映画から刑事ドラマに、そして今度はアクション映画へと変化したというわけなのである。


「こんな感じで敵をなぎ倒していくんだ。分かるか?」


「分からない」


「何故?」


「敵がいないからだよ。イメージがよく湧かないんだ」


「考えるな。感じろ」


 背を伸ばし、目を薄めにして、まるでどこかの怪しげな教祖のように片腕を横に動かした。気持ち良さそうに、それこそ感じるように、である。


「映画のセリフか?」


「おっ、その感じ知ってたな?」


 死神は頬に喜びを集めた。なんとも嬉しそう。


「水を差すようで悪いが、違う」


「なら、なんで分かったんだよ」


「そんなの簡単なことだ」


 私も頬を緩めた。一度言ってみたかった。


「天使の勘だよ」

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天使と刑事〜天使と〇〇番外編〜 片宮 椋楽 @kmtk

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