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 静かになった体育館で、佐藤は一度周囲を見回した。

 服部の戦闘前と変わらず正面には壇上があり、その少し手前には服部が倒れている。右手には先ほどの戦闘機の機銃掃射で舞い上がった砂埃などで汚れた服を手で払っている膝立ち姿の黛が見えた。軍服姿の男の姿は何処にも見えなかった。


「黛さん、お怪我はありませんか?」


 佐藤は今だ痙攣している服部から視線は外さずにそう言うと、黛は埃を払うことを諦めたのかゆっくりと立ち上がると佐藤の横へと小走りで駆け寄ってくる。


「一寸膝を擦りむきましたけど大きな怪我はないです」

「そうですか。良かった」

「佐藤さんは……、その、怪我、無さそうですよね……」

「ええ、何とか無事です。良かったです」

「……私としては何故無事なのか同じ魔術師として知りたいところではあるのですが」

「まぁ、さほど難しいことはしていませんよ」

「難しいことをしないであんなこと出来るなら教えて頂きたいんですが……」

「ええと、自分の周りに魔術で発生した物理的な力をベクトル化して、それに反するベクトルを魔力で発生させることで相殺しました」

「ええと、良く分かりません」

「高校生の物理くらいの内容ですが」

「いや、何で魔術に物理が出てくるのか分かりません」

「あ、私工業系の学部を卒業しているので」

「全く魔術関係ないじゃないですか……」


 黛はそう言うと冷めた目で服部を眺めながら溜息を吐く。それを横目でちらりと見てから再び周囲を見回した後、佐藤は何事かをじっと考えていた。服部はまだ時折ぴくぴくと痙攣しており、起き上がる気配はない。再び体育館は静寂に包まれた。

 

「……加賀」


 暫くの間、呼吸をする音だけが静かに聞こえていたが不意に佐藤が声を上げた。その声色には少し焦りが滲んでいた。


「黛さん、私が電話で話した加賀と言う方はこちらに来ているんでしょうか」

「加賀、ですか?どなたでしょうか」

「認識阻害の魔術……!」


 佐藤が黛の言葉に思わず声を上げた次の瞬間、服部の体を青い炎で出来た尖塔が包み込む。激しく燃え上がる青い尖塔はその中心にいる服部の体を無慈悲に焼き焦がし、炭化を通り越しガス化させるとそれすらも一瞬で蒸発させた。


 それとほぼ同時に超高温で膨張した空気が体育館の中を吹き荒れ、佐藤と黛は声も出せずに荒れ狂う空気の波に翻弄される。

 黛は思わずきつく目を閉じ佐藤の白衣の端を掴んで堪えていたが、数秒後ふっと荒れ狂う風が止み恐る恐る目を開いた。


「大丈夫ですか?」

「何がなにやら……」


 いつの間にか二人を囲うように直径3メートルほど、高さ2メートルほどの鈍い銀色の何かが円柱状に建っていた。その先端は開いており、体育館の天井が見えている。

 その外側ではごうごうと言う荒れ狂う風の音が今だ聞こえている。

 黛はその狭い空間のなかで一先ず安心したのかきつく握り締めていた白衣の端を慌てて手放した。


「やはりもう一人居たようですね」

「もう一人?」

「先ほど服部さんを一瞬で燃やし尽くした魔術を使った人がこの体育館を作った張本人の様ですね」

「ええと、加賀、でしたっけ?」

「恐らくですが」

「お知り合いですか?」

「いえ、札幌支部白石区担当と名乗ってはいましたがそれすら怪しいですね」


 佐藤がそう言うとほぼ同時に外側から聞こえてくる風の音が弱まった。すると、丁度円柱に目線の高さのあたりに外を眺められるやや横に長い長方形の空間が開いた。そこから佐藤は周りを見渡すと小さく頷いた。


「外はもう大丈夫なようですね」


 佐藤がそう言うと鈍い銀色の円柱は風景に溶けるようにして消えていった。

 まだ少し黛の髪を揺らす程度に風が渦を巻いているが、先ほどと比べるとどうと言うことはない。


「さっきの壁は魔術ですか……?」


 その揺れる髪の毛を右手で軽く押さえながら黛が佐藤に尋ねた。少し俯き加減なのは、その先に見える床の黒ずみを思ってのことだろう。


「ええ、ステンレス製の防護壁です。こう、3DCADで作成するみたいな感じで」

「はぁ。何言ってるのか良く分かりませんが」

「魔術って便利ですよね。学生時代の勉強が生かせるとは思ってもいなかったです」

「はぁ」


 返事をする気も起きないのか黛は生返事を返すと長い溜息を吐く。

 佐藤ただじっと目の前の床の黒ずみを眺めていた。


「さて、そろそろご対面といこうか」


 そこに、男の声が聞こえてきた。

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理系男子と文系女子 @yoll

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