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 服部は掌の周りにたゆたう<火球>を視界の端に見ながら、佐藤の体の回りに展開されている不思議な魔術を観察していた。

 <障壁>や<防御>、<耐火>等の良く知られる守りの魔術等とはどれも違うようだ。協会からは<PTA>の魔術師は協会の知らない魔術を使うと一応伝達をされているが、服部は実際にそれを見るのは初めてだった。本来は<世界>の魔術の中では、力の足りない者が魔術を使用することすら出来ない筈なのだがこの際それは考えの中からは外しておくことにした。

 だが、一角の魔術師として弟子を取るまでにもなった自分の魔術が、協会の魔術師でもない者に防がれるなどということはないと言う自負も持っている。空を飛ぶ編隊を組んだ戦闘機がその機銃を発射したと同時に、迷いなく三つの<火球>を佐藤に向かい投げつける。


 連続的な発砲音と同時に砂埃が舞い上がり佐藤の姿が見えなくなるが、少し後に続いて三つの青白い<火球>が予測どおりの場所へと炸裂をした。その瞬間<火球>は人一人を丸々飲み込めるほどの紅蓮の火柱へとその姿を変える。その火柱の高さは10メートルほどの高さにまで伸び上がり、煌々とあたりを照らし出している。

 空を見れば戦闘機達は既に50m程は移動しており再度突入を行おうとしているのか、編隊を組んだまま再びシャンデルを行っている。


「まだ、生きていると言う事か……?」


 ぽつりと服部が呟いた。

 今度は間違いなく機銃掃射をその身に受け、はっきりとは見えなかったが自分の<火球>も恐らくは直撃しているだろう。先程より随分と砂埃は薄くなり晴れてきた視界の中でも火勢は弱まってはいるが、今だ火柱は燃え上がっている。その中で佐藤は本当に生き残っているのだろうか。


 そう服部が思い浮かべていると、突然響き渡る轟音と同時に火柱の中から青白い光が一瞬にして足元に突き刺さり、地面にリヒテンベルグ図形を地面に残して跡形もなくその姿を消す。服部の前に浮かんでいた9本の木の棒は、まるで暴風に吹き飛ばされる小枝のように何処かに吹き飛び消えていった。

 服部は引きつるような痛みと同時に全身が拘縮し、まるで母親の子宮の中に居る胎児のように身体を丸めるとその場にどさりと倒れこんだ。地面に倒れこんだ身体は痙攣を起こし、呼吸をすることもままならず徐々に意識が薄れていくのを感じていた。


「ああ、すみませんね。手を出さないなんて言っていたんですけど、あれ嘘です」


 炎の中から佐藤の声が聞こえてくる。途切れそうになる意識の中で服部は思いつく限りの罵詈雑言を叫んでいた。


「絶対にあなたを逃がすわけにいかない訳でしてこういう手段をとらせていただきました。少しくらいは油断してくれたんじゃないですか?まぁ、魔術師なんて生き物は魔術師以外を家畜程度にしか考えていないのでしょうから聞くまでもないでしょうが」


 何時の間にか周りの風景は体育館に戻っていた。佐藤を包んでいた火柱も消え、少し離れた場所にいる黛の首に腕を回していた軍服姿の男の姿も同じように消えている。黛は呆然とした顔つきで白目をむいて痙攣をしている服部と佐藤を何度も見比べていた。


「……体育館のまま?」


 佐藤はそう呟くと緊張をした顔つきで辺りを見回している。来ていた白衣には焦げ跡一つすら見られない。


「佐藤先生、本当に師匠を倒しちゃうんだ……」

「あ、それが仕事なもんで」


 思わず口を付いて出た黛の言葉に佐藤は軽い口調でそう返した。

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