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服部がその手に持った<ヨミカタ>を数ページ捲るとどこからともなく幼い子供達の声が聞こえてくる。その声は幼いながらもしっかりと発音され、乱れは無く、どこか規律を感じさせるものだった。
「アカイ、アカイ、アサヒ、アサヒ」
ごう、と突然強い風が吹き付けると土埃が舞い上がり、佐藤は埃が目に入らないよう腕で顔の辺りを覆ってそれをやり過ごそうとする。狭くなった視界の先には此方をゆったりとした格好で眺めている服部の姿が映っていた。
「ハト、コイ、コイ」「コマイヌサン、ア、コマイヌサン、ウン」「ヒノマルノ、ハタ、バンザイ、バンザイ」「ヘイタイサン、ススメ、ススメ、チテ、チテ、タ、トタ、テテ、タテ、タ」
風がやや収まった頃、幼い子供達の声はまだ顔を覆う佐藤の周りでその声量を増し、四方八方から幾つもの声が重なって聞こえてくる。
服部が手に持つ<ヨミカタ>は戦前の大日本帝国時代に国民学校初等科で使用された国語読本である。詳しい説明は割愛するが、今では日本魔術師協会では<禁書>として指定され一般の魔術師には研究することを許されていない強力な魔術書のひとつであった。それを手にしている服部はやはり一角の魔術師ということなのだろう。
<禁書>と指定されている魔術所の中でも<ヨミカタ>は現存する数も少ないため、簡単には持ち出すことなど出来ない代物ではあるが、どうやら魔術師協会はその写本を作り出しているようだ。佐藤は思わず服部の手に収まっている<ヨミカタ>を睨みつけた。明らかに手に収まるその大きさになったそれは、今使用されている一般的な教科書よりもかなり小型化されており、その時代に使われていた物ではないだろう。
「魔術書も今ではコピーで作られるって時代とはねぇ」
佐藤はそう呟くとゆっくりと顔を覆う腕を下ろした。
「使える物は何でも使う。それが魔術師ってヤツさ」
その呟きが聞こえたのか服部はそれに答えると<ヨミカタ>を持っていないほうの腕をあげると掌を佐藤に向ける。その掌はうっすらと青い光に包まれていた。
「魔術師相手にこれだけ黙って時間を与えるのはどうかなって思うよ。佐藤さん」
「これはこれはご丁寧にどうもありがとう御座います。でも構いませんよ。あなたの心を圧し折るまでは此方からは手を出さないつもりですから」
「<ヨミカタ>相手に随分と傲慢ですね。その思い違いをしっかりと正してあげます」
「<ヨミカタ>に傲慢と言われるようになるとは私も努力した甲斐があったってもんです。その言葉すっかり返してあげますよ」
「それは楽しみだ!」
服部がそう言うと同時に佐藤に向けた掌の周りに長さ1メートル程の木の棒が9本現れると、格子状に服部の前に整列をした。佐藤はそれを見て以前戦ったことがある魔術師が同じような魔術を使用していたことを思い出す。タロットカードを触媒にした魔術でその暗示はワンドの9。防衛や抵抗を意味し、その時は環境などの外的要因も絡んで梃子摺らされた思い出があった。
威勢の良い言葉に反してまだ攻撃を仕掛けず、防衛の魔術を操る服部は流石だと言えるだろう。いつもの相手たちであれば佐藤を見下し、防衛などには目を向けず初撃を以って制圧をしようとする者ばかりであった。
黛からの情報もあるのだろうが、こちらに対しての防衛手段を用意する服部はやはり油断ならないと佐藤は改めてそう感じていた。
現在、目の前の服部は<世界>と<タロット魔術>の2つを同時に使用している。佐藤が所属する<PTA>の魔術師分類の上ではそれだけで中級以上の魔術師ということになる。
佐藤は白衣の襟につけているピンバッジを一撫でするとその体に魔力を巡らせ、小さな声で何事かを呟く。それは<力>の方向を表す方程式に酷似し、所謂ベクトルを表す方程式に何処か似通っていた。そしてそれにおけるスカラー量は魔力で示されている。
「ヒカウキ、ヒカウキ、アヲイ、ソラニ、ギンノ、ツバサ。ヒカウキ、ハヤイナ」
それとほぼ同時に何時の間にか止んでいた幼い子供達の声が再び響き渡る。すると佐藤の左前方の青空からまるで白黒映画から切り抜かれたような色彩のプロペラ式の戦闘機が、レシプロエンジンの大きな唸り音を響かせながら編隊を組んで向かってきた。
見る者が見ればどのような戦闘機なのかわかったのだろうが、生憎佐藤にはその知識は持ち合わせては居なかった。
先頭を飛ぶ戦闘機は、恐るべき速さで佐藤に向かい急降下をしながら機首に取り付けられた機銃を発射した。
連続的な発砲音が響き渡り、佐藤の直ぐ前方10メートル程からこちらに向かい地面は銃弾によって抉られていく。その銃弾は一瞬にして棒立ちの佐藤の横を土煙を上げ続けながら通り過ぎていった。
恐らくは最初の一撃は此方の対応を見たのだろう、戦闘機の編隊は佐藤の右前方でシャンデルを決めると再びこちらに機首を向けていた。
「空にだけ注意を向けていても良いのかい!?」
服部の声が響き渡るエンジン音のに混ざって聞こえてくる。編隊に目を向けていた佐藤が思わず服部に視線を戻すと、土煙の向こう側には10cm程の真紅の火の玉が3つ浮かんでいる。魔術師といえば<火球>とも言われるほど有名な魔術だ。その効果は爆発と継続的な延焼。魔術に対しての適性さえ持っていれば比較的簡単に習得が出来ると言われている。
但しその効果や規模は魔術師の技術に大きく左右されるため、服部が使用するこの<火球>は安易に油断することが出来ない。そして同時に3つの魔術を扱う魔術師の分類は上級だ。<PTA>では単独での戦闘は回避すべき相手だと教えられる。
佐藤は土煙の中、火球と戦闘機の編隊を視界に納めながら更に何事かを呟き始めた。
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