目の離せない彼女
朝山なの
目の離せない彼女
僕は、いつも彼女から目が離せない。
結婚はしてないが、彼女とは一緒に住み始めて三年になる。
やっと今日の仕事が終わり。早く早くと、自分を急かしながら帰宅する。
玄関を開ければ、そこにはもう彼女の姿が。愛おしい気持ちで、疲れた心が満たされる。
「ただいま」
そう僕は声をかける。
おかえり、とばかりに顔をほころばせ近づく彼女。
そしてスーツをチェックされる。彼女の恒例行事。
大丈夫。外に女の人なんか作っていないよ。なんてさ。
彼女は確認が終わり、満足気だ。思わず抱きつきたくなるけれど、今はぐっと我慢する。
真っ黒で綺麗な瞳が、きらきらと輝いて見えた。
「着替えたら、さっそく夜ご飯にしようか」
僕は彼女を促しリビングへと移動する。
ちゃっちゃと着替え、簡易なものだけど料理をつくった。よほど疲れてない場合、だいたい、つくってるんだ。
一緒に食べ始めるが、せっかちな彼女は僕より先に食べ終える。僕が食べ終わるのをじっと待つ彼女。
あはは。あんまり見られると、食べづらいよ。すぐ食べるからさ。
食べ終わった後は、まったりタイムだ。
仕事の持ち帰りなんかは無い。というよりも、できない。
パソコンやスマホばかりを長時間見つめていると、彼女が拗ねちゃうからさ。
僕はごろりと、ソファに横になる。すかさず彼女がやってきて、お世話してくれる。綺麗好きでね。
家だから汚れてもいいような、ラフな格好の僕。外の汚れは落として綺麗にってさ。
ご飯は僕が用意するが、彼女は結構、献身的に尽くしてくれるんだ。そこも彼女の魅力の一つ。
お返しにと、彼女に手を伸ばす。頭を撫でると、嬉しそうに笑ってくれた。
明るい茶色で、シルクのような、すべすべとした触り心地だ。天使の輪っかができている。世の女性が羨むキューティクルってやつなんじゃなかろうか。
幸せな時間。こんな時間がいつまでも続くといいな、と心から思う。
けれど時々不安になる。
彼女は、いつまで一緒にいてくれるだろうか。永遠に、いつまでもこうしていられる訳ではない。
彼女は……あと十年程で亡くなってしまう。
まだ細かくは分からないが、もしかしたらそれよりも早いかもしれない。
だからこそ、今の尊い、この時間を大切にしなければいけないんだ。
一分一秒だって、目が離せない。
楽しく遊んで、笑いあう。
僕が好きだと示してくれる君に。
かわいいよ、大好きだよと。当たり前のことでも声に出して伝えてゆく。
写真だってたくさん撮ろう。
いつまでも、いつまでも残るように。笑顔の君をたくさんつくろう。
明日は休日。
晴れたら、一緒に外にいこうか。もし雨だとしても、こうしてのんびりすればいいさ。
君と過ごす、どんな時間も好きだから。
うつらうつら、と。船をこぎ始めた彼女。
彼女は、いつも早寝早起きをかかさない。朝陽とともに目覚める生活。
だけど、夏の四時は早いよ。仕方のないことだけれど、つい、もう少しだけ寝かせてと思ってしまう僕を許してほしい。
勿論、彼女が起こしてくれるから、起きるけれどね。カーテンの隙間から差し込む朝陽に照らされる彼女は、天使と見間違えることがある。
寝入った彼女を確認し、少しの間は自分だけの時間を過ごす。
スマホをいじったりもするが、やはり彼女に目が移る。
そうだ、この寝顔も撮っておこうか。常にフラッシュは消してあるから問題ない。
あまりベストショットは探せない。すぐに気づかれてしまうから、こっそりとだ。
腕の上に置いた頬が、やんわりと持ち上がっている。
僕はくすりと笑い、シャッターボタンを押す。うん、中々良い写真が撮れた。
すやすやと、なんの憂いも無さそうに眠っている。
常に無邪気に笑う彼女に、僕がどれだけ救われているか。
僕がいないと生きていけないとばかりに、慕ってくれる彼女。
僕は、君がいない未来が考えられない。
……僕もそろそろ寝よう。
寝る前にと、優しく頬をつついたり、キスを落とすと寝ながら怒られた。いたた。
翌日。
今日は残念ながら雨だ。外は諦めて、家で過ごそう。
朝食も食べてご機嫌な彼女。
僕は彼女の前にしゃがみ、その大きな瞳を見ると、僕が映っていた。この幸せな気持ちが伝わるようにと話しかける。
「晴れの日も、雨の日も。平日も、休日も。
どんな時でも、僕がいると喜んでくれる。
帰ってきた時に駆けよってくれるのが嬉しいよ。
ご飯の時はもう少し、ゆっくり食べてほしいけどさ。
ちゃんと噛んで食べて、お腹を壊さないように。
たまに舐めてくるのは、くすぐったい。
でもお世話してくれているんだって、知っているよ。
いつもありがとう」
彼女はきょとんと、首をかしげる。はは、やっぱり伝わらなかったかな?
おもむろに駆け出した彼女。
長い尻尾を元気よくふって、振り返り口を開く。
「わん!」
置かれた座布団を、力いっぱい噛んで遊び始める。
うーん、専用のおもちゃもあるんだけれど。そっちの方が僕が困るのを、知っててやっている節がある。
いつだって、僕は彼女から目が離せない。
なんたって彼女は、いたずら好きだからさ。
終
目の離せない彼女 朝山なの @asayama_nano_90
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