第105話 桜舞い散る空の下で

 ふるふると小さく首を振り、紅葉もみじはそっと守蔵もりぞうの手を取る。


 彼の手は大きく、そして温かかった。



「保育園の結衣ゆいちゃんが、『サンタクロースはサトリなんだよ』と教えてくれたんです。それはそれは素敵な妖怪で、みんなの願いが分かるんだって嬉しそうに話してくれました。わたしもそう思います。あの子たちの笑顔が全てです。だから――」




 ――今度はあなたが、幸せになってください。




 皺深い守蔵の双眸からは涙が溢れた。



 どれくらい堪えてきた涙なのだろう。


 止めどなく流れる涙は真珠のような粒となり、芝生へと落ちていく。



 風に飛ばされる花びらに紛れ、罪に苛まれた心さえも薄められていくように。



「紅葉、今日はうちに泊まるんだろっ」



 悠弥ゆうやが何故か怒ったように訊いてきた。


 顔が僅かに赤い。



 向こうで廉弥れんや千弥せんやが目配せをしているのに気がついた。


 二人は悠弥の心を読んで、何やら危惧してくれているようだ。



「う……うん。そうだね、今日は泊まりでお手伝いをする約束だから。えっと――何か用事があったっけ?」



 紅葉はわざと忘れた振りをした。



 千弥の言う通り悠弥はもう小学五年生なのだから、少しは警戒した方がいいだろう。


 卑怯だとは思ったが、背に腹はかえられない。



 ここは、彼らの警告に素直に従っておいた方が無難だろう。



「ひどい! 約束忘れたのかよ、おばさん!」



 紅葉の顔はぴくぴくと引き攣った。


 そして敢えなくキレた。



 しかし今回は、いつもとは違って逆襲するつもりだ。



「きーーーぃ、おばさんじゃないわ! 覚えてるわよ、一緒に寝て、一緒にお風呂に入ればいいんでしょ! 悠弥こそ、覚えてるわよね。ちゃんと用意して来たんだから!」



 今度は悠弥が顔を引き攣らせる番だった。



 紅葉がカバンをごそごそと漁り出すと、さらに悠弥の顔は恐怖に染まった。



 そしてとうとう、らくだ色のそれが取り出されると――。



「ばかやろうぅぅぅ!」



 叫んだ悠弥は全力疾走して行ってしまった。




 桜舞い散る空の下に、いつまでも楽しい笑い声が響いていた。





 了


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覚《さとり》トリ コノハナサクヤ @konohana_sakuya

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