第104話 そして、再会

 樹齢百年を超えるというこの桜木は、今も豊満に花をつけ、その花弁を飛ばしている。



 澄み渡る青空の下。


 爽やかな香りを充満させた木陰を作り、人の心に確かな春の到来を刻んでくれる。



 その姿を見ただけで、心がふわりと軽くなる。


 桜とはなんと特別な花なのだろう。



 この大木は見てきたのだろうか。


 百年前のこの場所を、歴史を。


 さとりを中心に栄えてきた朝比奈あさひな家の八卦見はっけみ家業を。



 そこに関わる全ての人々を。


 縋り付く人の心を。



紅葉もみじ! こっち、こっち!」



 少年が彼女の腕を引く。



 彼の勢いに引っ張られ、転びそうになりながらも辿りついた桜木の下には、懐かしい顔があった。


 といっても、紅葉が去ってから、まだ一週間しか経ってはいないのだけれど。



(流石、天下の朝比奈邸。敷地内でお花見ができるとは……)



 思わず紅葉は苦笑する。



 この桜木は、梅の茶室裏手に生えていた。


 紅葉が家政婦としてやってきた頃は五月だったため、すっかり青葉に覆われており、桜の木であるとは気がつかなかったのだ。



 木陰には大きな木製の机と椅子が設置され、豪華な昼食が並べられている。


 食事をしてデザートの花見団子を食べる頃には、梅がみんなに薄茶を点ててくれるという。



 公園で競うように青い敷物を敷いて場所を確保し、酒を飲んでカラオケを歌う……世に言う花見とは雲泥の差で上品だ。



 その集いへ、ひとりの老人が新しく加わった。



「すまなかったね、紅葉ちゃん」



 白髪白髭の老人は、寂しげに目を伏せる。


 口元にいた固い微笑は、何か後ろめたさを感じさせるもので――。



 彼が心の底から詫びているのは明白だった。

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