9通目 恋愛生還者 津森祐樹の手紙
前略 吉松へ
我に返った。
生還を果たした俺は、命を繋ぎとめたことにとてもハイになっていたようだ。
そのハイなまま帰宅したばかりの妹へ俺は抱き付いた。細身の妹は俺が抱きしめただけで折れそうなほど華奢だった。それにしても、女の子っていい匂いがするんだな。なんだか粉ミルクみたいな甘い匂いだ。それを妹で覚える俺って幸せものだな。
けれど俺は忘れていた。妹は空手の有段者だったことを。元々釣った目をさらに目を吊り上がらせて、俺の足の小指をガンッ、怯んだ俺の顔に裏拳ドンッ! 最後に鳩尾に肘をメリッ。そして妹は一言吐き捨てた。「は? まじ死ね」だと。ついこの間までリアル生死を彷徨っていた俺に投げかける言葉ではないと思うのだか。お前はどう思う? これで完全に目が醒めた。俺の妹マジで可愛い。
ちなみに連続でもう一通手紙がいくかもしれない。いや気のせいかもしれない。生還したとき、警察署で手紙を書いたような書いていないような気がするのだ。むしろここ二、三日の記憶が曖昧でよく覚えていない。
それにしても、なぜお前は樹海で絶賛遭難中だった俺に手紙が届けられたんだ?
凄いを通り越して怖いぞ。いや、ホント凄い。おかげで、遭難していた俺を郵便局員が出口まで誘導してくれた。飲まず食わずで六日遭難した俺は、郵便局員への第一声として「飲み物下さい」と言った。そして、俺は六日ぶりの飲み物を飲んだ。その時のお茶は、俺が飲んできたお茶の中で一番うまい『うっほほーいお茶』だった。
もう一度、お前からの手紙を読んだ。「ま、お前は死ねないってw」にはちょっとイラッとしたぞ。そして、お前からの「だから黙って代筆しろ」という言葉について、実は俺も生死を彷徨っている間、考えたことがある。
彼女はなぜ怒ったんだ?
彼女は何を考えている?
分からん。分からないことが多すぎる。俺は自分の勝手な解釈で、彼女のことを自分の都合のよいように理解していないか? そんなことが後悔となって、ぐるぐると頭を巡った。いつの間にか、もっと彼女を理解したい、と思うようになった。そして、分かり合えたなら、あの事件の真相を二人で話したい。俺の行動の何が彼女の心を傷つけたのか。そして、理解できたのなら俺は心の底から彼女に謝ろうと思った。そうすべきなのだろうとも思った。
それにはまず女心を理解しろ、ということなんだな。
だからだな。お前の片棒を担ぐようで本当に癪なのだが、分かったらさっさと代筆する手紙を転送しやがれ。べ、べつに、お前の為に代筆してやるんじゃないんだからな。そう俺は至って利己的な理由でお前の代筆を買って出るのだ。
追伸
お前マジぶっ殺すぞ!
一番下の引き出しから蔵書を取り出してみたら、なんだか蔵書たちが少し厚くなっているじゃないか。そして捲ってみると蔵書に収録されたお姉さん方々の顔がすべて九条さんになっている! 一番後ろの通販広告に乗ったマッチョにも九条さんの顔を貼りやがって。怒りに震える俺は、まさか、と思って、九条さんの写真を確認すると、全部顔が切り抜かれているじゃないか!
へいへいへい、吉松さんよ。やっていいことと悪いことがあるんじゃないのか!
訴えるぞ! 訴えた結果、一審で即刻俺が敗訴するぞ!
俺が怒っていることは三つある。一つは、神聖なる九条さんの写真にハサミを入れたこと。二つは荘厳なる九条さんを辱めたこと。最後になぜこのアイデアを思いつかなかったのかという自分への怒りだ!
草々
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