10通目 決心した恋愛盲者 津森祐樹の手紙

 前略 吉松へ


 お前に手紙を書くのは一ヶ月ぶりか。いやいや実に久しぶり。最初に質問をして、お前の代筆を引き受けるまで、俺の毎日にはお前との文通があった。こう言うとお前に恋い焦がれているみたいになって気持ち悪いな。すまん。けど楽しかったのは事実だ。


 吉松の代わりに恋愛神様の代筆を初めてからは毎日頭が痛かった。ビッキーさんから来る数々の質問。俺の許容を超えた高難易の質問に、脳みそは絵空事を口づさんで酩酊していく他なかったのだ。


 ビッキーさんからの手紙はいつも奇怪な男の行動の解説求ムという内容だった。俺が知るかい! と手紙につっこんだことは数知れず。俺は華麗に立ち回り、舌を巻くような詭弁で次々と誤魔化していった。世界平和のためだとか、彼は他者への自己犠牲に溢れている、心の中では『結局、あんたに惚れているだけじゃね?』と考えつつも、当たり障りのない、口触りのよい答えを彼女に提示することで、ぬらりくらりと回避していったのだ。彼がビッキーさんに惚れている、その事実を提示して二人がくっつくようなことがあれば猛烈に悔しいのでそんなことは死んでも言うつもりもなかったが。

 むしろビッキーさんの中で男性という虚像が膨らみ続け、いずれは男性を手放しに万歳三唱してくれればよい。男性を盲信した挙句、女友達へ流布してくれれば、回りまわって九条さんの男性苦手意識も軟化するかもしれない。であれば儲けものだと考えていた。結局は自分の為だ。


 しかし、彼女の返信にはいつも心が洗われる気持ちになった。

 俺がハッピーターンを齧りながら書いた、秘密の粉まみれの手紙にも誠心誠意彼女は考え自分が思ったこと、まだまだ知りたいことを俺にぶつけてきた。ひとつひとつ、自分の中に取り込んで、ろ過して、一文字一文字つづっているような、そんな澄んだ手紙だった。

 俺は気が付くと、彼女の手紙を心底大事に保管していることに気が付いた。一番下の引き出しにはビッキーさんの手紙が詰まっている。そして返信がない夜は、その手紙を読み返している自分がいたのだ。返事が届くまで「なんて返ってくるだろう」「俺なんて書いたっけな」と想像するのが本当に楽しかった。文通というのは案外悪くない。


 そこで俺は何を考えていたのか。

 もちろん申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 適当に返信していたことだとか利用しようとしていたこととか、そんなことより、大前提として俺は彼女に嘘をついているのだ。それが何より心苦しかった。俺は恋愛神様なんかじゃない。偽物だ。お前に成り変わって代筆を務めているだけの男なのだ。しかし彼女は俺を恋愛神様だと信じて俺に手紙を書いていた。

 それに気が付いたとき俺は初めて真摯に彼女に向き合おうと決心した。彼女の男心を知りたいという質問は俺にも経験があるような質問だった。俺なりの言葉を答えることにした。すると彼女がそれを返してきた。

 俺が思っていたより彼女は繊細で、けれどしっかりと芯が通っている女性だ。自分でなんでもしたがるタイプで、自分の行動をいちいち気に留めて、しっかりと考えているが怖がりで自信は少し足りない。人を傷つけることが大嫌いで、人が傷つくのはもっと嫌い。そんな自分の正義とジャイアンツの勝負には一歩も引かない、とても魅力的な女性だった。

 多分九条さんが居なかったら、俺は彼女に恋をしていたかもしれない。見たことも会ったこともない女性に心惹かれるなんて、そう思うが事実なのだ。ビッキーさんは世界に二番目に好きな女性なのかもしれない。そう思う俺は最低なのだろうか。


 ストーカーの一件があってまだ九条さんとは疎遠になっている。そんなときに思うんだ。九条さんはあきらめてビッキーさんならと。そんなことを考える自分を殴りたくなる。

 しかし。しかし、だ。何よりも最低だと思うことは、やはりビッキーさんに嘘を付き続けていることだと思う。正直これが心苦しくて俺は辛い。

 彼女は俺を恋愛神様だと思い込んでいる。実際は一通も吉松、恋愛神様と手紙をやり取りしたことがないのにだ。

 恋愛神様の代筆を請け負って、吉松から未開封の手紙を受け取ってから、本当に俺の毎日は華やいでいたのだと思う。

 だから、吉松よ。お前が言っていた『アドバイスその五、代筆とした相手と面と向かって話してみましょう』というアドバイスを実行しようと思っている。彼女に会って、すまない、と謝りたい。それを手紙ですましたらいけない気がする。あまりにも彼女に失礼なのだろう。失望されようが、手紙が止まろうが、俺は受け入れないといけない。それが彼女に対する誠意だと思う。決意を胸に今からお誘いの手紙を書こうと思う。


 追伸 俺へ送って来たこの日本シリーズのチケットは貰ってもいいのか?

 十月三一日の日本シリーズ第三戦チケット二枚。今年はジャイアンツ対ライオンズだよな。お前の魂胆は分かっている。クライマックスシリーズでホークスが負けたから余ったんだろ? ホークスが優勝するか分かってもいないのに決めつけで買うからこうなる。

 しかもなぜ一塁側のチケットなんだ?

 ホークスを応援しようと思ったら三塁側のチケットだろ?

 お前はいつも俺の予想の斜め上をいく。

 まあ、もし、ビッキーさんへの謝罪が万事うまくいけば、二人でお前の尻拭いがてらチケットを使ってやらないこともない。精々感謝したまえ。


                            親友よ、ありがとう

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る