恋愛神様の代筆
志馬なにがし
1通目 迷える恋愛亡者 津森祐樹の手紙
前略 心の友、
こう呼んだ方が良いか? 吉松こと『恋愛神様』よ。
手紙で恋愛相談をすると的確なアドバイスをくれる『恋愛神様』という噂を、恋愛という一時の気の迷いに惑わされるなく生きてきた俺ですら耳にしたことがある。
なんでも、手紙がその神に届くまでいくつもの私書箱を経由するため、正体を知る者は誰もいない正体不明の神らしい。なんとも怪しく、信じるに値するとは到底思えない『神様』なのだが、それでもその神とやらのアドバイスに従えば、苦手教科の成績は上がり、低身長、ニキビ、肥満、貧乳、あらゆるコンプレックスは解消され、SNSのフォロワーは一万人を超えるなど万能の効果を表し、恋慕を抱く相手に想いを伝えれば二つ返事で恋が成就すると言うじゃないか。
それを
お前はいつからそんな神通力を使えるようになったんだ?
中学のとき、受験前に謎の山籠もりをしていたな。そこで得た力は、学力ではなく、奇々怪々なる妙なる力だったという訳か。お前はいつも俺の予想の斜め上をいく。
まあそんなことはいい。それより、なぜ俺がお前に一筆したためているかという話だ。
実は、俺には気になる女性がいる。
率直に言えばお近付きになりたい。けれどどうしても保身に走る俺もいる。距離を置かれたら、嫌われたら、ゴミと罵られたら。そんなことを考えたら怖いのだ。
これでも俺は俺でいろいろ試したぞ。恋愛成就で有名な神社を北は岩手から南は熊本まで参拝し、必ず結ばれるという恋愛成就の黒魔術も試した。しかし何も効果がない。
だからお前の力にあやからせてもらうことにした。
直接会ったり、電話したり、LINEだったりと、お前に相談する方法はいくらでもある。なんで手紙やねん、とお前も思うだろう。しかし妙なもので親友という関係は言葉を飲み込んでしまうこともある。長く付き合ったからこそ、言わなくても分かる。言わなくても分かるから、言葉にしない。そんな関係だからこそ、なんでも言い合える関係だからこそ、言葉に出来ない。そういうものなのかもしれない。
だからこそ『恋愛神様』の流儀に従い手紙で相談することにした。
本題に入ろう。
彼女の名前は、
真っ直ぐに伸ばした黒髪が風が吹く度になびき、花の香りがする。唇は薄く、鼻筋が通り、目元は垂れて優しい表情をしている。背は一五八センチのO型。靴のサイズは二二.五。スリーサイズは上から、九〇、五八、八二。教室の花瓶に活けてある花が枯れそうなときは、朝一番に登校し花を代える。駅ビルで買っていたレースの付いたハンカチには皺ひとつなく、いつも自分でアイロンをかけているそうだ。その割に抜けている部分もあり、ゆっくりとした話し方をし、消しゴムをよく落とす。物静かな方で、クラスに数人友人を持ち、教室の端で鈴の音のような笑い声を転がしている。それがまた可愛いのだ。家族構成としては祖母と両親と弟の五人家族。彼女の下校を見守っていると、毎週月曜日以外は決まって、弟のために道端の自販機でコーラを買っている。弟想いだろ? 寄り道もせず、必ず門限の六時までには帰宅する。
彼女の魅力を余すことなく詳細に記載していきたいのだが便箋が足りないので、一割程度に留めておこう。
どうだ。想像するだけで大和撫子とは彼女のことだと思わないか?
将来、
きっと彼女は書道か華道か日本舞踊、または全てに精通しているに違いない。そんな彼女を毎日眺めていたら、いつの間にか俺は彼女に惹かれていた。鷲に捕らえられた鼠のごとく、その鍵爪に掴まれたまま大空高く舞い上がってしまっていたのだ。
そんな魅力満載の彼女だからこそ、当然、彼女を我が物にしようとする独占欲の強い自己陶酔型のけしからんクズは多い。
俺の統計では、一ヵ月に一回のペースで彼女は恋文を貰うか、告白を受けている。しかし、彼女はどんな相手だろうが首を縦に振らない。告白をした相手は藁にも縋る思いで「友達からお願いします」と常套句を口にするのだが、彼女はそれすら首を横に振る。理由は「男性が苦手なんです」だそうだ。
このような難攻不落な彼女さえも恋愛神様のお前はどうにかしてくれるのだろうか。
それとも俺は今まで通り彼女を影から見守ることしか出来ないのだろうか。
朝、駅の前で彼女の下車を待ち、帰り道は身辺警備も兼ね彼女を見送る。学校では机に突っ伏したふりをして、彼女の足音や吐息、衣服の擦れる音に耳を立てる。土日は彼女のSNSをひたすらチェックし、写真に写り込んでいた断片情報からばったり出くわさないかただひたすら徘徊し無駄骨を折る。それをダイエットのためのウォーキングだと
このままだと俺の体脂肪は燃焼され続け、誰もが羨む細マッチョボディを手に入れてしまうだろう。否、俺が手にしたいものは彼女自身なのだ。
お前の斜め上をいくアドバイスを心待ちにしている。
草々
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