天涯の夜明 7
消失を感じ、ロゼニアはハッと顔色を変えた。
同じく気づいたのだろう、やはり顔色を変えた根のクスビたちが、互いに顔を見合わせる。根のクスビは、もともとなかば自立した生き物だ。契約者不在の
「だいじょうぶ、またあえる、とおい未来にかならず」
自らに言い聞かせるようにロゼニアはつぶやく。最も長く存在してきた〈一の首〉の
「だいじょうぶ、みんなこの時間
つぶやいた
* * *
「わたしがやろう。地殻をつり上げる機能を起動する。それをそのまま維持するように動作指示を書き変える」
必要な文字式を入力画面に。次々と開く画面にしたがい、血の色の薄い唇を固く引き結んだ
ふと
「これは……」
あらわれた画面で点滅する文字式を凝視する。
「意図的に機構が抜かれてる。この船では、ダメだ」
血の気の失せた顔でうめいた。
「マナリア、ナーシュナ、きみたちはそこまで――」
「
アズナが声をかけた。
「ああ、すまない。……必要な仕組みそのものが削除されている。この状態で動作指示を書き変えても無意味だ」
とまどう
かつてリトナジアが転用した、海中の
「ここまで来てッ!」
アズナは操作卓の端に両
考えろ。どうすれば良い。どうすれば
「……飛び立つ」
「え?」
あげた顔と視線が合ったイーリエが、ギョッと目を剥いた。
「この船で向かうんだ、神々のやってきた〈
「なっ……無理よ! 〈
それよりも別の陸を探して
「この
「じゃあどうするのよ! どうやってすべての民を乗せるの!? どうやってそんな遠くまで、天の
「わたしが……
「めちゃくちゃだわ」
イーリエが頭を抱えた。
「〈
「体だけ戻った、じゃ死んだのと同じよ。それじゃなんの意味もありやしないわ」
「だいじょうぶ。あたらしいばしょにつけば〈種子〉は
割り入ったのは、これまでひっそりと彼らのうしろでけはいを殺していたロゼニアだった。
「〈種子〉の記憶はアズナがつれていく。アズナは〈
そして、
それは。
それはかの神のみがもつ特性、
「〈
「ああ……そうだ……そうだったね……」
なにかを理解した面持ちで、
「
心優しき
「〈
「
「ハステアが」
ロゼニアとよく似た、瞳だけが
「ハステアがいく。かのうなかぎりの
強く輝くまなざしへ
「わたしの持ちうる最大の感謝を、根のハステア。セアト、
ハッと目を瞠ったイーリエが、この上もなくうろたえたようすで
「わたしからのお願いだよ」
「こんなの……ひどいお願いだわ」
バカばかりよ。少女神は目の縁を赤くし、
「さあ飛ばして」
「
「ネイジアがむかった。わたしとネイジアがりょうほうをつなぐ」
ロゼニアの言葉にアズナはうなずく。
「つなげる」
あかがね色の髪がうごめき、
ほどなく
『アズナくん?』
「
どこからともなく声だけが
『ああ……うん、イビアスさんが……いや、だいじょうぶだよ、
あの古い
『ネイジアさんから聞いたよ。ずいぶんと思い切るね?』
「はい。でもほかに方法が……」
『うん、わかってる。反対はしないよ。勝算はあると思っていいんだよね?』
「あるわ」
「〈
そういう約束でしょう、と視線をアズナへよこす。
「やるさ」
うなずく。大人に手を引かれる子どもでいるのは終わりだ。絶対に、絶対にやりとげてやる。全身全霊の決意を込めて回答する。
「必ず、たどり着きます。
『了解。すぐに開くよ』
アズナは操作卓に向き直る。
贈られた知識から必要な文字式を引き出し、卓上に指をすべらせる。指示を受けつけた
「平気だ」
「集中する」
こわばった顔で見守るイーリエの視線を受けながら、
*
玉座に腰掛け、増幅した
イーリエを受け止め
あるいはセアトたちとともに飛び立ち、〈
けれどもしかするとこの決断は感傷に過ぎないのかもしれない。サイアスは思う。仮にこれが感傷だとすれば、自分の最期にまで付き合わせるのは、関係のない根のクスビへの仕打ちとして、あまりにも心ない。
「ハステア」と、〈
「わたしが力尽きたら、あなたは
あかがね色の
『ムカシ、〈らなてぃあな〉ト、スコシダケイッショニイタコトガアリマス。〈はすてあ〉ガ、コノ時間
ソノコロノ
アナタハ……〈らなてぃあな〉ガ待チ望ンダ通リノトテモヤサシイ神デス』
『命令ヲ、〈暗キ
この上ない厚情を差し出された神は、よぎる感情にそっと目を伏せる。
――やさしいのは、わたしではなく……。
「〈
「
供給する
*
「来た」
天からさしかかった光の帯の一部が、虹のように
『あ』と、
「ハドリさん?」
『
言う間に機械技術士の声が幼い子どもの声へと変わりゆき、ふつりととぎれる。
光の帯に運ばれ、夜空より薄紅色の雲が押し寄せる。おのおの透明な
――そうだ、クラトとともにあの
たどり着くべき
〈
「
「このまま行くのよ」
「なに?」
「この
固い顔の少女神は、視線を合わせたままゆるゆると首をふった。
「
ケルス四島を支えながら、すべての民に
ひときわ大きなゆれが、
イーリエが素早く操作卓へ身を乗り出し、
「わたくしは、わたくしの民を守るわ。約束を
ふり返ることなく、うら若き〈
「
まだ少女の薄さの肩が震えていた。
アズナは自身の腕に置かれただれかの手にふり返る。いたのはこの旅のはじまりからずっとともにあった根のクスビ、ロゼニアだった。
あかがね色の髪のクスビに、黒い髪と瞳の少年が重なる。
『だいじょうぶ、約束はまもられたから。みなまたあえる、とおい未来にかならず』
必ず、また交じり合う。この時間
「ばかクラト……」
鼻の奥の熱をこらえ、
――そんなので、納得できるわけないじゃないか。
〈
――どうか、その行く道は、平らかであるように。
銀色に輝く
青く沈む
夜が明けてゆく……。
End
DAWN~天涯之夜明~ 若生竜夜 @kusfune
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