天涯の夜明 6

 おくみやへ入り、途中とりふねの制御室で機械技術士のハドリを拾うと、そのままさらに深部へ向かう。隔壁を三度くぐり抜け、みやさいおう、硬化ケルサライトで作られた区画へ。いまだ明かりはうしなわれていない。これほど続く地震にあっても、動力はすべて生きているのだ。

 足元のゆれがおさまらない中、いく度も折れる無機質な通路を、先導するイビアスに続きただひたすらに走り抜ける。ひずんでいるのか、両手首の幅より広くひらかなくなった隔壁扉を、根のクスビたちが引きちぎった。数度それをくり返した先、壁と見紛う大きさの〈ぎんあしたばづえ神〉の刻印が縦に割れ開く。

 巨大な円蓋ドーム狀の空間に出た。四方から当たる光の下で、銀の輝きが目を射る。花萼うてなのような発射台で使われる時を待つ超長距離こうせいかん航宙船シェル、古記録通りに新造された〈ぎん〉が、待ちかねたときらめいている。

 かつて星々の海を渡り来た神々の乗物の写し。そして、今よりケルス四島大地いしずえとなるもの。「何度見てもすごいね」と、機械技術士として復元に一時携わったハドリが感嘆を口にする。思わず見とれるアズナの背を、イビアスが叩いた。

「ぼやぼやするな、急ぐぞ。ハドリ」

「動力を供給します」

 外部制御卓に取りついた機械技術士が指をすべらせ、次々と文字式を描いてゆく。

 ぎんの下部乗降口ゲートひらき、乗降階段タラップがおりた。

「イーリエ、月の柱神オドメサイアス、乗り込んだらすぐ〈鍵〉の解放を――」

 段差に足をかけた瞬間、アズナは異様なけはいを感じてうしろをふり返った。

 突風に殴り飛ばされる。巨人の手のような一撃だった。乗降階段タラップに胸から叩きつけられ、激しい衝撃に一瞬呼吸が止まる。

根の柱神クシドレンシス……!」

 イーリエを腕にかばい、こちらは背から叩きつけられた月の柱神オドメサイアスがうめいた。視線の先、あらゆるえんこごらせたような暗く濁った竜巻と、その中心で明滅する赤黒い人型の光がある。

『逃がさない』

 波をさかまく嵐のような声が響いた。いんいんといく重にも重なり響くの声だ。

ゆるすものか』

『我々を踏みにじった日の柱リトナジアたちよ』

『ゆるさないよ』

『おまえたちが栄えるなんて』

 乗降階段タラップにいるアズナたちをかばい、イビアスが前に出た。根の柱神クシドレンシスから視線をそらさぬまま、背後へと声を張り上げる。

「先に行け。ロゼニア、あとを頼む。リグリア、めいだ、おれの補助を」

受諾シマシタヤー

 根のクスビの声がふたつ重なる。肌色以外ロゼニアと同じクスビが、あさなわをほぐすようにとき解け、はっしゅはちで一体をなすあかがねの大蛇おろちがあらわれる。

「行け!」

 乗降階段タラップの途中で止まりちゅうちょしていたアズナたちを、男のしっり飛ばした。

「頼む!」

 イビアスなら生き残る。そう信じて駆け上がる。

 乗降口ゲートを潜りなだれこむや、乗員区画をつらぬく通路に次々とがともりゆく。導かれるまま艦橋ブリッジへ入った。並んでいるのは、アズナもイーリエもはじめて目にする機器ばかりだ。

「ッ、どうすれば――」

「わたしにつづいて、同じように」

 月の柱神オドメサイアスが操作卓の前に立ち、右手のひらを押しつけた。

「〈月の柱オドメサイアス〉の鍵を解放!」

 アズナ、イーリエと、つづいてその隣に右手のひらを押しつける。

「〈旭日の柱オルフレイア〉の鍵を解放!」

「〈日の柱オルメサイア〉の鍵を解放!」

 すべての〈鍵〉が解放される。三つの手のひらから読み込まれた動作指示言語コードが、またたく間に展開されてゆく。

 血流のごとく巡りはじめたしんりょくに、航宙船シェルが静かなうなりをあげた。それは新たな『水上のぎん』がこの地に生まれ出たうぶごえだった。


        *


 黄金の瞳を持つ太い輝きが八条、イビアスが引き出した白金プラチナの杖をはいあがる。根のクスビの本性であり、また凝縮されたしんりょくの塊であるあかがね色の大蛇おろちはっしゅはちで一体をなすそれが、巻きついた杖に同化する。

シンリョク供給ヲ開始シマス」

 莫大なしんりょくがイビアスと杖へ流れはじめた。杖の力が風を生む。足元から立ち上げた小型の竜巻を身にまとい、根のつぎしろである青年は荒ぶる神とたいした。

『アァァァアりィィィトなジィィアァァァア』

せろ、亡霊め」

 もうしゅうに染まった多重魂核神々の塊が、硬化ケルサライトの床を削る。イビアスを――いや、イビアスがかばうぎんをめがけ、轟音をき迫り来る。

 ぶつかる。

 えんと守護の嵐が、互いにせり合いすぐに離れる。風の武具のせんぷうは、どちらもこぼれぬ強いやいばだ。ふたたび二合。はじかれたのは、えんの黒い嵐のほう。

 荒ぶる神の竜巻が、はじかれた先の壁をえぐる。硬化ケルサライトの破片を取り込み、標的をめがけ撃ち出した。

 ぎんを背中に、守るイビアス。飛び来る破片をうずらえ、そのまま逆に撃ち返す。

 同じ力。同じ威力。まがねの板も穿つつぶては、当たれば骨ごと吹き飛ぶだろう。

 多重魂核クシドレンシスを取り巻くうずが、つぶてをはじき主を守った。つぶては周囲に飛び散って、壁のあちこちにめり込んでゆく。あがる悲鳴。いちべつして、イビアスは大きく舌打ちする。ハドリだ。破片が突き刺さるのは、ぎんの外部制御卓。かげに隠れた技術士が、恐怖に耐えてふるえている。

 暗く濁った竜巻が、ふたたびこちらへ迫り来る。

『アァァァア憎イィィイイ』

「黙れ亡霊ども。たまけた女をただしく追え!」

 多重魂核クシドレンシスの発するえんは、まるで鋼鉄のかぎ爪だ。あらゆるものを引き裂いて、滅ぼし尽くすまで止まらぬと見える。

 せんぷうを強め、イビアスは荒ぶる神へ向け踏み出した。

 守護とえんが。人と神が。意志とざんが。ぶつかり合う。

 拮抗する。二呼吸後、守護の嵐が暗い嵐へギリギリと削ぎ入った。混ざりあい肥大した嵐の、吹く風の無い中心で、人間の男イビアスは多重魂核根の柱神クシドレンシスをつかまえ、やいばに形を変えた杖をこんしんの力で突き立てる。激しいもんの声があがった。

 きっさきが胸に沈み込むにつれ、〈根の柱神の器エンシス〉の顔立ちの上にかさなっていたいびつな顔が、紙束をるように次々と入れ替わってゆく。

 抵抗する〈根の柱神の器エンシス〉の指が、イビアスの肩に食いこんだ。布ごしに突き立った爪が、肌をえぐり血をにじませる。〈根の柱神の器エンシス〉の内にたくわえられていたえんが、じゅとなって傷口へもぐり、男の肌をどす黒くあみの目に染めはじめた。ぐう、とのどが鳴る。全身を内から焼かれてゆく、灼熱の苦痛に侵食される。蒸気とも肉の焦げる煙ともつかないものが、イビアスの体からあがりはじめた。耐えてさらにやいばをねじ込む。肉の器を輝く刃で。滅ぶべきこんかくの変質した定義式を、研ぎ澄ませたしんりょくで。確実に、切り裂いてゆく!

 ゆがみ重なり合ったこんかくたちの抵抗が強まった。じゅあみが、イビアスの持つやいば――彼の振るう力の源白金プラチナの杖へも伸びる。しんりょくを供給するあかがね色の大蛇おろちが、文字通り燃え上がった。

「リグリア、最大出力だ」

受諾シマシタヤー

 ほのお越しに応じる大蛇リグリア。最後まで支えきる。それが意志、このクスビの。激流となったしんりょくが、杖とイビアスへ流れ込む。

 きっさき根の柱神クシドレンシスの背まで突き通った。同時、強烈な負荷を受け止め続けた白金プラチナの杖にれつが走る。ほとんどだけとなった多重こんかくが、逃がれようと伸び上がる。彼らを宿した根の柱神クシドレンシスの嵐が同様に長く縦に伸び、イビアスも抱え込んだまま円蓋ドームへと昇りはじめる。昇るにつれて暗い嵐は、ゆるやかに解け消えてゆく。

 いまだ〈根の柱神の器エンシス〉をらえたままで、じゅに蝕まれきったイビアスの体が、爪先から灰と崩れはじめた。真珠色の輝きが身の内より浮かびあがる。翼ある形へと、こんかくがゆるり変わってゆく。

 かろうじてまだ人の形を保ちながら、イビアスはふ、と笑った。このゆがみきったこんかくたちを連れてゆく。ここが自らの終わる場所だと納得した、その笑いだった。

「ひとつだけ聞きたいことがある」

 へ向け、答えを求める。

おれは、おまえの息子か?」

 返る言葉は無かった。

 嵐がわずかな吐息を残し完全に消滅する。灰が風にくずれた。硬化ケルサライトの床が、り落ちる名残を受け止めて優しくきらめく。

 白い鳥の姿へと形を変えた真珠色の魂核イビアスは、赤黒い光をまとう多重こんかくをつかみ、強くはばたく。

 いまだ暗いそらへ。

 〈ぎん〉を閉じ込めるおくみや円蓋ドームが、間もなく開こうとしている。

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