第4話
私に負けてられない。杉内くんその言葉の意味をすぐには説明せず、ゆっくりと窓の近くに寄っていった。
私がいつも座っていた、あの席に。
窓の向こう、彼の視線の先にあるのは野球部の練習風景だ。それを見て、私がそこからいつも彼の姿を見ていたのがバレるんじゃないかと思い、ドキリとする。
だけど杉内くんが言ったのは、それとは真逆の事だった。
「知ってるか?校庭で練習してると、ここがよく見えるんだ」
「えっ……」
それを聞いて驚いたけれど、こっちからもよく見えたのだから、考えてみれば当然だ。
「それで、いつもここにいる藤宮を見てた」
「えっ……?」
見てた?杉内くんが私を?なんで、どうして?
急に告げられたそれに理解が追い付かず、軽いパニックになる。私だってずっと杉内くんを見てたんだから人の事は言えないんだけど、なんと言うか……恥ずかしい。
動揺は杉内くんにもすぐに伝わったみたいで彼もまた焦ったような顔をする。
「ごめん。もしかして、引いた?」
「ううん、そう言う訳じゃないけど……でもなんで?」
私なんか見ても、面白い事なんて何一つ無さそうなのに。
すると杉内くん、なぜか照れたように口元を押さえて聞いてきた。
「えーっと、それ説明するには少し話が逸れるかもしれないけど、いい?」
「……うん」
こんな風に改められたら何だか聞くのが怖いんだけど、だからってじゃあ話さなくていいですとはならない。むしろ余計に気になった。
小さく頷いたのを見て、杉内くんはほんの少しの間を置いて語り出す。
「俺さ、今はエースナンバー背負わせてもらってるけど、野球部入ってすぐは全然ダメだったんだ。中学の終わりくらいから背は一気に伸びたけど、むしろそのせいで体が思ったように動かせずに、前より下手になったくらいだった。正直、本気で野球止めようかとも思ったんだ」
知ってる。杉内くんだって、初めから今みたいに活躍していた訳じゃない。動かしにくい体に苦労しながら、他の人達についていくのでやっとだった。
上手くいってない頃の自分を語るのが嫌なのか、杉内くんの表情は何だか複雑だ。
だけど私はそれが、恥ずかしい事だとは思わない。だって私は、そんな杉内くんに惹かれたんだから。
明らかに周りより遅れていて、だけど決してそれに屈する事なく頑張っていた。この窓からずっと眺めていた私は、それを知っている。そしてその時初めて、私は彼に灯る熱を感じたんだ。
「でも、それから凄く頑張ったんじゃない。上手くいかなくても、その分他の誰よりも、ずっと……」
抱いていた思いが、つい声となって出てしまった。何を言ってるんだろう、急にこんな事言って、変な奴って思われないだろうか。
だけどそれは杞憂だった。杉内くんは最初驚いた顔をして、それからすぐに笑顔でありがとうと言ってくれた。
そして、さらに告げる。
「それで、どうしようかって悩んでた時、ここにいる藤宮が見えたんだ」
「私が?」
「ああ。最初はただ目に止まっただけだったけど、誰に言われてる訳でもないのに一人で毎日机に向かってるのを見て、凄く頑張っる奴なんだなって思った。それで、ちょっと上手くいかないだけで投げ出しそうになってる自分が情けなくなって、もっと頑張らなきゃって思って……だから藤宮には負けてられないなって……」
そう言う事か。ここにきて、ようやく疑問の答えが返ってきた。
話しているうちに恥ずかしくなったのか、いつの間にか杉内くんの顔は赤くなっている。だけど顔が赤いのは、多分私も同じだ。
ずっと私を見ていて、それで頑張ろうと思ったなんて、いきなりそんなこと言われてもすぐには受け止めきれない。
「私はただ、やりたい事なんて何もなくて、だから成り行きでやってただけだよ。杉内くんみたいに何かに夢中になれるような人から、凄いと思われるような事じゃない」
よほど動揺してたんだろう。今まで誰にも言ったことの無い思いが、気がついたら口から出てしまっていた。
「成り行きって……そんなんであんなに毎日続けられるなんて、十分凄いだろ。そんな藤宮を見て、俺は頑張ろうって思えたんだ」
そう言った杉内くんの笑顔が眩しかった。
私が彼の持つ熱を灯すきっかけになった。そう思うと、胸の奥がドクンと高鳴り、何だか自分まで熱を帯びたような気がした。
「――っと、そろそろ部活いかないとな。本当はまだ言いたい事があるんだけど……いや、それはまた今度でいいや」
言われてみれば、杉内くんがここにきてから結構時間がたっている。だけど引き留めたら悪いと思いながらも、最後の発言が引っ掛かってしまう。
「言いたい事ってなに?気になるんだけど」
「いや、それを言うには心の準備がいるんだよ。今の話するだけでも精一杯だったんだ。これ以上は身が持たねえって言うか……」
一体なんだと言うのだろう。なるほど、確かに杉内くんは、さっきまでより更に焦った様子だ。よほど言いにくい事なのだろうか?
だけどその時、彼は叫んだ。
「そうだ!甲子園に行けたら話す。それでいいか?って言うか、そんな勢いでも無いと言える気がしねえんだ!」
そこまでしないと言えないような事なのか。
こんな風に言われたら余計に気になるけど、これは今聞いても絶対に教えてはくれないだろう。
このモヤモヤを取り払うためにも、彼にはぜひ甲子園に行ってもらいたい。
そう思ったら、いつの間にかこんな事を言っていた。
「ねえ。大会って、もうすぐだよね」
「ああ」
「応援、行ってもいいかな?」
グラウンドに並んだ選手達が、それぞれ自分のいるべき場所へと散っていく。
今日は高校野球夏の地方予選、その一回戦だ。
小高く盛り上がったマウンドに立つのは杉内くん。私にとっては、苦手で、それでいて目が離せない人。
それほどまでに、彼の持つ熱は私にとって眩しすぎた。
なのにどうしてだろう?今は私の中にも、微かにその熱が灯っている気がする。
やりたいことが見つかった訳じゃない。毎日やっている事が劇的に変化したわけでもない。
だけど私の中で、なにかが変わった気がした。
そしてそのきっかけくれたのは、きっと彼だ。
「頑張れーっ!」
熱くなった思いを、声にして叫んぶ。
マウンド上で振りかぶっている、誰よりも熱を持ったあの人に向かって。
完
その熱に焦がれて 無月兄 @tukuyomimutuki
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